ELTRESの3つの特徴
小泉: ELTRESの特徴をあらためてお聞かせいただけますか。
ソニーセミコンダクタソリューションズ 北園真一氏(以下、北園): 最大の特徴は、「長距離安定通信」です。見通しがよければ100 km程度の通信距離が出せます。
そもそも通信の距離云々というものは、お客さんとっては関係のないことですよね。きちんとつながっていればいいのですから。私たちは、その「きちんとつながる」ことを担保するために、受信感度を高めています。その結果として通信環境のいい状態では遠くまで届くので、わかりやすく「長距離通信」とうたっています。また、電波が混雑している都市部などの環境でも安心してつなげられます。

二つ目は、クルマなどの「高速移動体」でも通信できるという点です。物流分野などへの応用が考えられます。これは他の通信規格と大きく違うところです。
最後に、低消費電力です。これはLPWAですからあたりまえのことです。しかし、ELTRESの場合はGNSS(グローバル衛星測位システム)を活用して送受信の同期を取ることが特徴です。
GNSSと同期すると、精度の高い時刻情報を用いることができ、送信ノードと受信局の周波数とタイミングをきっちり合わせられます。そのため、通信の効率や信頼性がよくなりますが、その分、電力は消費します。
しかし、ELTRESの場合はソニー社内でウェアラブル用に開発された低消費電力のGNSS LSIを使うことで、トータルの消費電力をおさえています。
また、ELTRESはデータを集める方(上り通信)に特化しており、一方向なのでデバイスが電波を出す時だけ動けばいいので、低消費電力となります。

続けて、技術的な特徴をいくつか紹介していきます。一つは、「時間ダイバーシティ」(Time Diversity)です。これは他の通信規格でも使われている技術ですが、ELTRESの場合は「最大比合成」タイプのTime Diversityであることがポイントです。
他の通信規格の場合は、データを3回ほど送り、「そのうち少なくとも1回は受信できれば良し」ということがTime Diversityとされています。私たちの場合も複数回に分けてデータを送ることは同じですが、異なる点は、すべてのデータを活用し、最後に受信側で合成するということです。これにより、電波が減衰して信号が弱くなることを補っています。
ソニーセミコンダクタソリューションズ 井田亮太氏(以下、井田):先日、海上での救助のユースケースを想定した実証実験として、海上にいるダイバーに付けた端末から通信ができるかどうかを確認しました。
海の場合、電波を複数回送っても、波に蹴られてデータが届かないということが起こります。しかし、ELTRESは受信側で合成することで位置情報がきちんと取り出せるために、ダイバーの位置がしっかり見えたのです。
小泉: それはすごいですね。

北園: もう一つの特徴が、「Space Diversity」です。1個のノード(送信端末)に対して、複数の基地局で受信するという、他の通信規格でも使われる技術ですが、ELTRESの場合は少しインテリジェントにしています。1個の送信ノードに対して、すべての受信局で受信するのではなく、将来、送信ノードが増えたとしても受信機の処理能力を圧迫しないように、受信機の負荷状況によって受け持つ受信局を決めるようにしています。
そして、「高速移動体」にも強いので、端末が移動してきたら順次、受信局がバトンタッチして受け持っていくというしくみを取り入れています。
小泉: 高速移動体を複数の基地局で追いかけるというのは、技術的にとても難しそうだという印象があります。
北園: そうですね。ただ、ELTRESではそれができるしくみをつくりました。
小泉: ある程度の基地局の数がないと難しいですか?
北園: いえ、数というよりは基地局の処理能力の問題です。さきほどご説明した、最大比合成タイプのTime Diversityを取り入れていることから、受信機ではとても複雑な信号処理を行っています。信号処理の能力が高くないとさばききれません。しかし、サーバの能力が高ければ処理数は上げられますし、複数の受信機を一つのセル内に置くことによって、処理数を上げることもできます。
小泉: ELTRESは通信距離が長い分、色々な電波を引っ張ってしまいます。そうすると、1つの基地局にかかる負担が通常のネットワークに比べると大きいですね。
北園: おっしゃるとおりです。
小泉: かなりインテリジェントな設計をされているので、受信機の負担はけっこう重いのだろうなと想像していました。そこがELTRESでは解消されているということですね。
北園: ええ、商用ベースで使えるレベルです。
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技術・科学系ライター。修士(応用化学)。石油メーカー勤務を経て、2017年よりライターとして活動。科学雑誌などにも寄稿している。