小売のIoTというと、ディベロッパー向けのものが多く、建物にカメラを取り付けることで来場者の数や属性、顧客の動線がわかるといったものが多い。小売りのマーケティングにおいて、顧客を知ることが重要だといわれるからだ。
しかし、考えてみれば、導線だけ知ったところで売り上げが上がるわけではない。
本質的なマーケティングの論理を無視して、断片的にとらえられたソリューションを導入しても、そこから得られる情報は、「ふーん」とうなづけるものであっても、それ以上にはならない。
これまでも、多くのデジタルマーケティングのツールが登場しているが、販促のためのマーケティングツール以外がなかなか小売り業に受け入れられない理由は、そもそもその本質的な必要性と効果を定義していないからといえる。
ビジネスの環境が異なれば、やるべき施策も違うのは誰でもわかることだが、こういったことに気を向けないで、「某店舗がとあるソリューションをつかってできたこと」を妄信的に活用するほど危ないことはない。
では、小売りのIoTを考えるとき、どういったことから取り組むのがよいというのだろうか。
個別の課題に対応するのか、顧客との向き合い方自体を見直したいのか
IoTは言うまでもなくツールである。ツールである以上、課題がないところに導入しても効果は得られない。
逆に、きちんとした課題があるのであればそれぞれの課題に対応したソリューションを使うことで大きな果実を得ることができる。
では、小売りにおける課題にはどういうものがあるのだろうか。
まず、言うまでもなく、売り上げを上げたいわけなので、「売り上げ=客数x客単価」でいうところの、「客数を増やすにはどういうことをしたらよいのか」「客単価を上げるにはどういうことをしたらよいのか」ということについて考える。
客数を増やすための取り組み
客数を増やすには、店舗との接点を増やす必要がある。立地をよくするとか、チラシを配るとか、最近であればスマートフォンに向けてクーポンを配るといったことも行われるだろう。
デジタルの施策としてはスマートフォン向けの情報発信が有効となるのだが、この取り組みは十分気を付けてやる必要がある。
なぜなら、「スマートフォン断捨離」が進んでいるからだ。
皆さんのスマートフォンの画面に配置されているアイコンは整理をされているだろうか。
最近、この画面をなるべく2画面くらいで収めようとする生活者が増えてきているというのだ。
ここ数年、メールが届かなくなり、個人のスマートフォンへのプッシュでの通知が機能しずらくなってきているということは知っている人も多いと思うが、その結果、店舗のポイントやクーポンを配信するアプリを提供し、会員組織化を進める動きが盛んだ。
一旦、メリットを訴求して「アプリをダウンロードしてくれれば、特典がありますよ」と誘引したところで、あまり使わないポイントアプリや、必要と感じられないメッセージが多いアプリはいち早く断捨離の対象となる。
それで、損をするのかというと、「必要になれば再度ダウンロードすればよい」と考えている傾向が強いというのだ。
つまり、デジタル施策において、メッセージを配信したり、会員アプリを提供していくこと自体は、客数を増やすための施策としてやるべきことなのかもしれないが、実際にやる内容に気を使わないと、せっかく作ったアプリも無駄になることがあるということなのだ。
では、集客に使えるアプリやメッセージングとはどういうものになるのだろうか。
カスタマージャーニーを定義
顧客がお店やお店で販売している商品を認識してから購入して、再購入を行い、知り合いに口コミをするといった、一連の流れを「カスタマ―ジャーニー」と呼ぶ。
この流れをどう定義するかによって、(見込み)顧客とのコミュニケーションの内容は決定づけられるのだ。
例えば、先日の当社セミナーで登壇した、パルコの林氏によると、パルコでは来店前からのコミュニケーションも意識しているのだという。
来店前、つまり、パルコに行きたいとか、洋服が欲しいとか、あまり意識がない時に、どういうコミュニケーションがあるとよいだろうか。
パルコの場合、アパレル店が多いので、店舗スタッフがパルコのアプリ上でブログを書くのだという。
なじみのお店の店員や、カリスマ店員が書くブログは読み物として面白いと感じる利用者も多く、そこで需要喚起と、継続的なコミュニケーションをとっているのだ。
また、ブログは商品紹介ばかりではないのだが、商品を紹介した場合はその商品をクリップしたり買うことができるのだという。
そうして、認知促進から即購買の流れも作りつつ、来店への動機づけも行うことで、デジタルを活用した来店誘引の仕掛けを行っている。
DMPと来店誘引
DMP(Data Management Platform)とは、社内にある顧客情報や購買履歴だけでなく、社外のソーシャルメディアや、様々なデジタル広告から関連情報を見たという履歴を活用して、顧客にマッチしたコミュニケーションを行う手法のことだ。最近では、DMやメッセージなどの単純な販促行為が作用しないこともあって、様々な企業で導入が検討されている。
しかし、このDMPにしても、カスタマ―ジャーニーがあらかじめ定義されていなければ、どのタイミングでどういう情報を見てもらうのか、という手を打つことができない。
例えば、靴店が新しい靴を売りたいと考えたとき、初めに行うバナー広告の施策としては、全品20%オフなどの目を引く広告を打つのかもしれない。
その広告を踏んだあと、ウェブサイト上に表示された新商品の情報へのリンクをクリックしたとすると、その人は新商品に興味があるとわかるので、次のバナー広告は割引のバナーではなく、その商品の写真が掲載されているバナーを表示するということになる。
こうやって、いわゆる属性だけではなく、行動にも着目してカスタマ―ジャーニーを考えていくのだ。
オムニチャネルとIoT
小売りにおける顧客誘引といっても、リアルなものもデジタルなものもあるが、昨今のオムニチャネルの流れは、双方をうまく組み合わせていかなければいけない状況を生み出している。
先ほどのパルコの例でもあるように、ウェブサイトでみたスタイリストのブログから即購入するという流れもあれば、ウェブ上で認識はしつつも、偶然パルコの近くを通りがかって思い出して購入するという流れもあるだろう。
今後の、客数増加のための施策は、より複雑になり、カスタマ―ジャーニーもデジタル上だけの施策にとどまらずリアルでの施策とミックスしていく必要がある。
これは、コンセプトレベルでいうと理解されていることだが、実際にやるのは大変だ。
しかし、ここでもパルコのアプリは非常に有用だ。というのも、アプリにGPS機能がついていて、アプリを起動するとその位置情報をクラウド上にアップロードしているというのだ。
その結果、どこでアプリを立ち上げた人が実際に来店しているのかといったこともわかるという。
この取り組みのように、リアルでの活動とバーチャルな活動をかけ合わせて効果測定するような仕掛けを作ることも重要だといえるだろう。
IoTの目線で見た小売りの顧客誘引施策
IoTの目線で小売りの顧客誘引施策を見ると、スマートフォンが極めて有用なデバイスであるということは言うまでもない。
アプリが簡単に展開でき、GPS機能と通信機能、それもセルラーだけでなくBluetoothやWifiといった通信機能も搭載しているのだから。
昨今簡単にアプリをつくることができるようなサービスも多くみられるが、自社のカスタマ―ジャーニーにマッチしているかをよく考えたうえで、どういう情報を「センシング」していくべきなのかを慎重に考えることが重要なのだ。
客単価を上げる施策、すなわち、来店後の施策については後日解説する。
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IoTNEWS代表
1973年生まれ。株式会社アールジーン代表取締役。
フジテレビ Live News α コメンテーター。J-WAVE TOKYO MORNING RADIO 記事解説。など。
大阪大学でニューロコンピューティングを学び、アクセンチュアなどのグローバルコンサルティングファームより現職。
著書に、「2時間でわかる図解IoTビジネス入門(あさ出版)」「顧客ともっとつながる(日経BP)」、YouTubeチャンネルに「小泉耕二の未来大学」がある。