製造業のデジタルトランスフォーメーションは、現場から経営層まで、さまざまなレイヤーで進んでいる。しかし、現実的には、社会全体でいろんな解決しなければいけない問題があり、それにはかなり具体的な施策が重要になる。
そこで、法政大学デザイン工学部システムデザイン学科教授、IVI理事長の西岡靖之氏に、IVIで進めているいろんな取り組みやお考えについてお話を伺った。
第三回目は、製造業をつなげるため、IVIが提唱しているフレームワーク「CIOF」についてだ。
西岡靖之氏は、1985年に早稲田大学理工学部機械工学科を卒業。大学卒業後は、国内のソフトウエアベンチャー企業でSEに従事し、1996年に東京大学大学院・博士課程を修了。東京理科大学理工学部経営工学科助手、法政大学工学部経営工学科専任講師、米国マサチューセッツ工科大学客員研究員などを経て、2007年から法政大学デザイン工学部システムデザイン学科教授。
専門分野は、知能工学、経営情報工学、情報マネジメントシステムの標準モデルの研究。一般社団法人IVI(インダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ)理事長も務める。IVIは、モノづくりとITの融合で可能になる「つながるモノづくり」を「ゆるやかな標準」というコンセプトでの実現を目的に設立された製造業を中心としたフォーラム。
企業間でつながるための課題解決からスタート
IoTNEWS 小泉耕二(以下、小泉): 三つ目のテーマは、IVIが提唱する「Connected Industries Open Framework(コネクテッドインダストリーズオープンフレームワーク(CIOF)」についてです。まずはCIOFはどういうものなのかを教えてください。
西岡靖之 法政大学教授(以下、西岡): コネクテッドインダストリー自体は、「主に製造業における機械や技術、人など、様々なものがデータを介してつながることでイノベーションを起こす産業のあり方」という、ずいぶん前に経済産業省が提唱した、ひとつのシンボリックなキーワードでした。そして、そのコネクテッドインダストリーが、当時IVIがやろうとしていたこととすごくマッチしていた考え方だったのです。
「つながる工場」「つながるモノづくり」が、IVIを設立の理念で一番重要なことでした。個々がどんなに優秀でも、サプライヤーやエンジニアリングの人と、パートナーとしてつながる、企業間でつながることに意味があるからです。

これまで、各企業では、社内で密に阿吽(あうん)の呼吸で物事を進めてきました。一部系列会社や近い会社とは、その延長で擦り合わせを行ってきましたが、取引先の年数が浅い会社には、手の内をなかなか見せないという風潮でした。そして、仮に取り引きを始めても、出荷するときに検品、入荷するときにまた検品、何か問題があればペナルティを課すというように、二重三重に確認作業で手間をかけていました。
企業は、つながるためのオーバーヘッドがあればあるほど、自分の中で囲い込もうとします。しかし、つながるためのコストが減れば、新しいニーズにどんどん対応ができます。そうなると、自分で囲い込まなくても利益を上げるという体質のビジネスモデルに変わることができるはずなのです。
そのつなぎ目の仕掛けがポイントです。つなぎ目のハードルのひとつはIT技術的なものになります。ソフトウエアをつなげることはとても大変なことなのです。これは多くの人たちが体験しています。
しかし、それを解決しても、さらに解決しなくてはいけないことが、まだまだたくさんあります。ITだけではなく、OT(オペレーション・テクノロジー、制御・運用技術)や経営的な部分も含めて、どのようにつないでいくのか。この問いが「CIOF」のスタートになっています。

まず、最初の課題は、「言葉の違い」です。受発注でもそうですし、現場の話になると、同じ会社の中でさえも事業部が違うと、違う言葉をしゃべっていたりします。すると、同じ設備を、事業をまたいで移管したり、人が移動したりするときに、同じ日本語のはずなのに言葉が通じない、考え方が違うということが起きます。
もうひとつの課題は、外部に出すときに「ノウハウが盗まれてしまうのではないか」という、知財の問題です。特に、取引先に出すときには、図面やプログラムなどのデータは送ったら一方向で戻ってはきません。情報を守るための契約は交わしますが、包括的な契約のため、契約を結ぶ前や、それに派生する部分は曖昧(あいまい)です。
こうした様々なオーバーヘッドを、「フレームワーク」として、全てこの中で解決しましょうというのがCIOFです。3、4年くらい前からスタートして、今回、ようやく「第1バージョン」が完成しました。
CIOFが提案する、つながるための「フレームワーク」とは?
小泉: 「フレームワーク」という言葉は難しいと思うのですが、「何」といえばよいですか?
西岡: 今風にいうと「プラットフォーム」です。プラットフォームは、ひとつのでき上がった仕組みになります。そこで、プラットフォームを作る基本的な仕掛け、あるいはルールをイメージして、「フレームワーク」としています。

CIFOでは、「契約」「辞書」「認証」という3つのキーファクターがあり、それぞれの機能をしっかりと担保しています。この考え方が、フレームワークの基礎です。ITの世界で使われる「フレームワーク」とは異なります。
小泉: このフレームワークを使う人は、自分の会社に1個のフレームワークを使うのか、業界全体で1個のフレームワークを使うのか、どのような単位で使うものだと思えばよいですか。
西岡: CIFOのフレームワークを使う立場の人は企業ではなく、いろいろな企業をつなげるプラットフォーム事業者になります。プラットフォームで複数の系列や同業、取引先などをつなぐときには、いろいろなつなぎ方があります。そして、CIFOのフレームワークの考え方や、必要に応じたコンポーネントなどを活用すれば、よりオープンにつなぐことができます。
クローズの場合は、セキュリティなどのメリットもあります。しかし、私はオープンにつなぐことでそれを超えるメリットが生まれると思っています。CIFOのフレームワークは「このメリットを享受するために、この仕掛けをどんどん活用してください」という、プラットフォーマーに向けたメッセージなのです。
小泉: それは、ある業界の中での会社間連携や、共通で使える資源の共有、会社同士の営業活動などのコミュニケーションができる場作りを行うときに、CIFOのフレームワークを活用するということですね。

ただ、「オープンにつながった方がいい」と頭では分かっていても、「情報を共有したところで誰も興味を持たない」、逆に「情報を表に出したくない」と考える企業も多いと思います。うまく協調していくという発想は、製造業で浸透していきますか。それともやらざるを得ないところにきているのでしょうか?
西岡: 確かにそこはとても難しい問題です。一方で、重要なポイントだと思っています。ある複数のコミュニティの中で、情報やデータを共有しようという考え方は以前からありました。共通のデータサーバーを構築し、そこにデータを蓄積していくことで、1が10になり、100になるという発想です。企業グループやクラスターの中で行うイメージです。
ただ、ストーリーは美しいのですが、なかなかうまくいきません。その背景には、経済原理としての競争があります。また、「手のうちを見られたくない」という心理も働きます。そのため、簡単なことではないと、多くの人が理解しています。
そこで、CIOFでは基本として「ピア・ツー・ピアでのやりとり」を想定しています。これによって相対取り引きをセキュアにして、トレーサビリティを確保するのです。
要は、第3者にエビデンスを残す形で、不当なやり方をせず、ルール違反をしないということを担保された2者間でまずは始めるわけです。その2社間が発展すれば、1対2になり、1対Nになり、その2社間の1人がノードとなり、メッシュ状になっていくイメージです。

これは生態系なので、最初からでき上がったものはありえません。そこで、まずは2人から始めて、3人になればコミュニティができますし、さらに増えると1つの塊ができます。すると、そこに「辞書」ができたり、「契約」の雛形(ひながた)ができたりと、自律的・自己増殖的に増えることができる仕掛けになっています。
小泉: 一番初めは、キープレーヤーではない第3者、例えば、グーグルのような会社があって、その人たちがいろいろな製造業をつなごうという気持ちで始める。しかし、いきなり「つなごう」と声をかけても実現は難しいので、まずは、ある会社と、ある会社の受発注など絶対に必要な情報を使って、気軽につなぐ仕組みということですね。
一度つながれば、どういう受発注があったかなどの履歴もきちんと残せます。そして「辞書」や「認証」の機能を提供し、使ってくださいといってスタートする。そうやって回していくうちに、取引先管理システムがひとつ入ったら、取引先全部に対して同じことをお願いする世界になっていく。
すると、初めは1対1だったものが、1対多になり、多になった側の人がまた自分の取引先を誘い出すと、どんどん網の目のような形になり、最後は、このフレームワークを使うのが当たり前になるという絵を描いているわけですね。
ただ、CIFOを実際に取り入れる工場を持っている企業には、どのようなメリットがあるのですか?
中堅中小企業は取り引き拡大の足がかりに
西岡: 通常、どこかのネットワークに入る場合は、既にあるルールや標準に自分を合わせなければいけません。そうなると、コストがかかるし、リスクがあるため、ハードルが高くなります。本当は現状で活用している帳票のまま取り引きをしたいというのが本音なわけです。そこで、取引先同士で話し合いながら、どちらかが相手の帳票に合わせていきます。お互いを思いやりながらも共通化していくという方法のため、理にかなっていると思います。
これまでは取引先のひとつひとつに合わせて取り引き管理システムなどを作っていました。今は、共通化をベースにすれば、大事な取引先には専用のフォームを作ることも簡単にできます。ソフトウエアエージェントを使ってうまく変換するだけでよいのです。フォームのレイアウトはあまり重要ではありません。
大事なのは中のデータです。項目やその意味づけを、お互いに合意する仕組みです。私は、新しい取引先に共通化を提案はしても、無理に全てを共通化する必要はないと思っています。そうすれば、仮に複数のフォームがあっても、機会損失を避けることができます。自社の強みを生かして取り引きを増やしていって、その結果、合意の下で、何となく標準なものに寄せていけばよいのです。

こうしたやり方であれば、ITに抵抗がある会社からすると、逆にCIFOを活用して取り引きを増やしてみようと思うことができます。特に中堅中小企業は、今までは言われっぱなしで、取引先ごとに全部ログイン画面が違うという話が昔はありました。そういうことがなくなるというメリットがあると思っています。
小泉: 確かに今までは、力関係上強い側の求めるフォーマットに合わせていたと思います。文書の形式は、力の強い人たちの言うことを聞かなければ取り引きができず、力の弱い人たちは取引先の分だけ異なるフォーマットの形式を覚えなければいけませんでした。そこで、CIFOを活用して、金額や依頼の内容といったデータをきちんと格納する。それさえできていれば、表現の方法は重要ではないということですね。
一方で、ひとつ疑問に思うのが、これまでも、受発注システムを作っている会社が、CIFOのような発想で開発をしてくれれば解決したのではということです。なぜ、CIOFのような考え方に至らなかったのでしょうか?
西岡: そうですね。受発注EDI(電子データ交換)については既に行われていました。FAXの方が便利なのであればFAXを使えばいいのです。CIFOの仕掛けは「既存のEDIやインボイスがあってもよい」という考え方です。
重要なことは受注に至る前のステージです。引き合いから交渉など、いろいろな非定期のやり取りがたくさんあります。また、納入後のステージも重要です。これは通常の取り引きが終わった後の不具合や返品への対応など、いわゆるサービス間の世界です。さらに、サブスク型であれば、そのやりとりがもっと増えます。
従来の売買が終われば、いったん取り引きが終了するというビジネスであれば、CIFOは必要はありません。しかし、現在では、売買の前後にどんどんビジネスチャンスが広がっています。そうなるとあらかじめ標準仕様は作れません。新しいビジネスをデジタルで取り引きする場合は、言葉もソフトウエアもルールもありません。そこで、CIFOをうまく利用するという考え方なのです。
小泉: 発注ひとつをとっても、決まった構造しかなければ、構造に当てはまらない商品を発注ができないということですか。
西岡: そうです。あとは備考に書いて、添付ファイルで送るなどの対応をしていましたが、添付ファイルだとトレース(追跡)ができません。
小泉: 世の中がどんどん変わってきているからこそ、つながっていくことがひとつの解であり、CIFOのような仕組みが必要になっているということなのですね。(第4回に続く)
この対談の動画はこちら
以下動画の目次 つながる製造業を実現するCIFO(33:57〜)より
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現在、デジタルをビジネスに取り込むことで生まれる価値について研究中。IoTに関する様々な情報を取材し、皆様にお届けいたします。