2. イノベーションも後退する可能性がある
経産省にとって先が読めないことによる懸念の一つは、「民間企業が投資できないこと」だと中野氏は述べる。「第四次産業革命」や「Connected Industries」と銘打ち、IoTなどのデジタル技術の導入を推進してきた経産省だが、そのためには言うまでもなく、投資が必要だ。しかし、世界情勢から投資が難しい現状にあっては、「Connected Industries」政策においても、別の視点から政策を立案していく必要があると中野氏は考えているという(全体の設備投資が鈍化している中、デジタル化における投資は比較的進んできてはいると中野氏は付言した)。
不確実性や地政学リスクの高まり、グローバル化の後退は、世界経済を下押しするのみならず、データやコネクティビティを核とするイノベーションを阻害する要因にもなると中野氏は指摘する。
「たとえば、最近ではアメリカの中国ファーウェイに対する輸出規制が問題となっている。こうした事態が起こると、コネクティビティは担保できない。せっかく規制に対応しても、また規制が変わる、あるいは新たな規制が出てくるとなると、企業側は投資のしようがないからだ。たとえば自動車の分野は、『CASE』(※)と言われるように、今変革期にある。しかし自動車は規制と深く関わる分野であり、イノベーションが阻害される可能性が懸念される」(中野氏)
※「Connected:コネクティッド化」、「Autonomous:自動運転化」「Shared/Service:シェア/サービス化」「Electric:電動化」の4つの頭文字をとった造語
また、世界最大の政治リスク専門コンサルティング会社であるユーラシア・グループが今年発表した2019年のトップ10リスクの6番目には「イノベーション冬の時代」があげられている。これも同様に、政策がイノベーションを阻害するリスクが高まっていることが理由だという。「平和とグローバル化によって促進されていたイノベーションのあり方やビジネスモデルがこれからは通用しない可能性がある」と中野氏は述べる。
一つの例として、中野氏はユーラシア・グループが提示しているスマートフォンのビジネスモデルについて紹介した。世界中から低コストで品質のいい部品(モジュール)をAppleが集めて、デザインで付加価値をつけて販売するというモデルである。しかし、それは「平和でグローバル化が進んだ世界で可能だったモデル」(中野氏)だというのだ。国交や災害などの問題によって現行のサプライチェーンが寸断されると、標準化されたモジュール化のビジネスモデルは成り立たない。
実は、これは「モジュラリティの限界」と呼ばれ、平和なグローバル化の時代にはうまく機能するが、先が読めない時代には弱いビジネスモデルであると従来から指摘されてきた。「オープンイノベーション」という用語を生み出したことで知られるアメリカ、カリフォルニア大学バークレー校のヘンリー・チェスブロウ教授も「モジュラリティの罠」として、「モジュールだけをつくっていると(製品の)全体像が見えないため、環境が変化したときに対応が難しくなる」(中野氏)というモジュール化の弱点を指摘していたのだ。
では、どうしたらいいのだろうか? ここで中野氏が参照したのが、カリフォルニア大学バークレー校のデビッド・J.・ティース教授が提唱する「ダイナミック・ケイパビリティ」という理論である。
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技術・科学系ライター。修士(応用化学)。石油メーカー勤務を経て、2017年よりライターとして活動。科学雑誌などにも寄稿している。