国土交通省は、2020年4月より、日本全国の3D都市モデルの整備・活用・オープンデータ化を展開する「Project PLATEAU(プラトー)」を発足している。
都市がデジタル空間に再現されたPLATEAU の3D都市モデルデータを活用することで、様々な民間企業や自治体がユースケースを創出し、新たな価値を生み出すことを目的としたプロジェクトだ。
PLATEAUの3D都市モデルは、建物や街路などにセマンティクス(意味論)を定義できる「CityGML」というデータフォーマットが使われている。諸外国では、CityGMLを使った国家・都市レベルでのデータ整備が進められているが、日本における大規模なデータ整備は初となる。
本稿では、PLATEAUの全体コンセプトの検討・実証案件の組成、実証マネジメント及び、持続発展・戦略・実行の支援を行った、アクセンチュア株式会社 ビジネス コンサルティング本部 ストラテジーグループ マネジング・ディレクター 藤井 篤之氏に、民間企業がどのようにPLATEAUを活用していくのか、ユースケースや今後の展開などについてお話を伺った。(聞き手、IoTNEWS代表 小泉耕二)
民間企業の3D都市モデル活用を加速させる取組
IoTNEWS 小泉耕二(以下、小泉): 今回の取り組みについて教えてください。
アクセンチュア株式会社 ビジネス コンサルティング本部 ストラテジーグループ マネジング・ディレクター 藤井 篤之氏(以下、藤井): 今回、民間企業が3D都市モデルを活用して、新たなビジネスを創出するための後押しをするような取り組みを行なってきました。
具体的には、Project PLATEAUの民間サービス開発や利用促進に向け、民間企業と共に3D都市モデルを活用したユースケース開発に取り組んできました。
そして、そうした実例を新たなビジネス創出につなげられるよう、ユースケースの活動内容やマネタイズ手法、課題・対応策などを「3D都市モデルのユースケース開発マニュアル(民間活用編)」というマニュアルにしました。
また、今回の取り組みを進める中、実際に様々な企業の方から、国が用意したCity GMLをどのように各3Dデータ形式に変換するかに関するお問い合わせが数多くありました。そこで民間利用を想定したCityGMLデータのハンドリングの為の「3D都市モデルのデータ変換マニュアル」も作成しました。両マニュアルはProject PLATEAUのホームページにて公開しています。(Project PLATEAU HP内ガイドブックページはこちら。)

さらに、今回実証を行っていない企業も含めて、持続的なデジタルインフラの発展に向けて、スマートシティ官民連携プラットフォーム「3D都市モデルの整備・活用促進に関する検討分科会」の設立を支援しました。
3D都市モデルを活用した7つの実証調査
小泉: 実際に民間企業と3D都市モデルを活用した実証を行われたのですね。具体的な内容について教えてください。
藤井: 今回のユースケース開発では、「VR空間構築への活用」「AR機能への活用」「都市シミュレーションへの活用」という大きく分けて3つの軸をベースに、7つの実証を行いました。

1つ目の「VR空間構築への活用」では、Project PLATEAUの3D都市モデルを使い、リアルな都市をバーチャル空間に再現していくというものです。
三越伊勢丹ホールディングスとの取り組みでは、「バーチャル伊勢丹」の仮想世界を、3D都市モデルを活用して新宿三丁目エリアを中心とする都市スケールに拡大した「バーチャル新宿」を構築し、デジタルの買い物体験を単純なEコマースにとどめるのではなく、仮想空間上でリアルな買い物を追体験できるような体験価値を検証しました。
NTTドコモとの取り組みでは、3D都市モデルをゲームに活用するという取り組みを行いました。ゲーム自体に3D空間を使う手法は以前から行われてきましたが、3D都市モデルを活⽤してゲームマップの基礎データにしていくことで、リアル空間での体験に近い追体験を現実化するようなゲームができるか、ということを実証しました。
2つ目の「AR機能への活用」では、適切な場所に良い形でARを表示できるか、という点を実証しました。
JTB、 JTB総合研究所、凸版印刷との取り組みでは、AR観光ガイドということで、商店街のお店にスマホカメラをかざすことで、飲食店の情報が得られ、モバイルオーダーも行えるという実証を行いました。

MESONと博報堂DYホールディングスとの取り組みでは、観光・イベント・コマース事業者向けのサービスプラットフォームとして、VRとAR両方を組み合わせて、バーチャル側の人物とリアル側の人物がコミュニケーションできる価値の実証を行いました。リアルな都市でARを活用して参加している人と、同じ都市の3D空間にVRで遠隔参加している人同士が、コミュニケーションを取ることができるというものです。
3つ目の「都市シミュレーションへの活用」では、物流ドローンのフライトシミュレーションをA.L.I. Technologiesと実証しました。
また、竹中工務店との実証では、工事車両の交通シミュレーションを行いました。3D形状による物理的通⾏可否や騒⾳レベルのシミュレーションとともに、周辺住民の生活圏・通学路などの「都市の属性情報」もパラメーターに取り込んだ上で、最適なルートをシミュレートするというものです。


そして東急不動産とソフトバンクとの取り組みでは、すでに同社が行っている竹芝でのスマートシティにて収集しているデータを活用しながら、3Dであるからこそのまちづくりシミュレーションの検討ツールとしての可能性について検証しました。
このようにそれぞれ用途は違いますが、属性情報も入った精緻な都市データの使い道の実証としては、面白いものが揃ったと感じています。
3Dだからこそ生まれる新たな価値
小泉: なるほど。実際に様々なユースケースを行なっていますが、データが立体的であることの価値はどんなところで感じられますか。
藤井: 大きく3つの価値があると考えています。1つ目は、いわば床面そのものを拡張できているという点です。
例えば「VR空間構築への活用」でご紹介したバーチャル銀座・新宿を例に挙げると、人間の体験に紐付いた買い物をできる場所として、将来的には新たなテナント業ビジネスを展開できると考えています。
現在リアルな伊勢丹新宿店の店舗のテナント料というのは、伊勢丹であり、かつ新宿にあるという価値です。しかしその伊勢丹新宿店を3D空間に再現したとしても、その価値はある程度反映されると考えています。

バーチャルになったとしても、「三越伊勢丹新宿」というリアル世界の価値を反映させつつ、バーチャルだからこその新しい価値を創出するというのは、3Dだからこそできることだと私は考えています。
2つ目は、3D空間上にレイヤーを重ねていくことで、新しい表現ができるということです。
「AR機能への活用」でご紹介したARを活用した広告や観光ガイドの例を挙げると、重ね合わせているバーチャルの体験にどれだけ価値を付加できるかが重要なポイントだと考えています。
スマートフォンの位置情報とカメラで実現されている従来的なARの手法ではなく、ARを都市空間データとつなぎ合わせることで将来的な広告表現の拡張、ビルのどの部分にどのような広告を貼るか、ということを精緻に設計できる広告表現を実現できると思っています。
例えば地図アプリ上に2Dの広告を重ねようと思うと、点に対して広告を出すことしかできませんが、3Dであれば、空間に広告を貼るという人が従来持っている認識に近い形で表現ができます。それは広告だけでなく、ガイドやアートでも有効だと考えています。
小泉: ARで立体空間上に様々なガイドを重ねるという取り組みは以前からあると思うのですが、なかなか普及してこなかったという印象を持っています。それが3D空間にあることでどのように変化するとお考えですか。
藤井: 確かに単純に情報が出てくるだけであれば、3Dである必要がないものが多いと思います。しかしリアル空間の動きを精緻にセンシングし、ARを重ね合わせたときに、このタイミングでこれを見なければ面白くないという表現や動きを考えながら、コンテンツをいかに重ね合わせられるかだと考えています。
AR技術を活用したサービスで有名な成功例である「ポケモンGO」は、技術的にはARでリアル世界に情報を出しているだけです。しかしコンテンツのパワーと位置に意味を持たせたという仕掛け、そしてゲーム性を掛け合わせたことで大ヒットしました。
ですから単純にAR技術が評価されるというだけでなく、コンテンツのパワーと、人を引き付けられる仕掛けをいかに埋め込められるかが重要だと思っています。ポケモンGOのような事例以外でもARの使い道が出てくれば、面白いサービスが乱立すると思います。
3つ目は、シミュレーションを行えるという価値です。
例えば「都市シミュレーションへの活用」でご紹介した、物流ドローンのフライトシミュレーションでは、そもそもドローン⾃体が前後左右だけでなく高さ方向に自由に動く3Dなので、3Dでなければシミュレーションが行えません。

そして今後ドローンを活用した産業が当たり前になってくると、どこを飛ばすのかという正確性や、どこなら飛ばしていいかという規制やルール化が重要になってきます。規制やルールを考える上で、こうしたデータに基づいて形成できるということは、大きな可能性が出てくるのではないかと思っています。
小泉: 街中にドローンを飛ばすということについて根深く議論はされていますが、結論がなかなか出ていないのは、実際にドローンが飛ぶルートの中に何があるのかはっきりしていないということもありますよね。
藤井: そうですね。あとは人の気持ちの部分もあります。例えばカメラを搭載したドローンであればプライバシーの問題、飛んでいると不快だと感じる、安全性の問題、など、3D空間の中でものが動く際に、様々な問題が複雑に発生するということです。
今まで作られてきた建物は、上から誰かが覗くことを想定して作られていません。下からの眺望に関しては、すりガラスを入れるなど見られない設計にしていますが、横や上にドローンが飛んでくることは想定していません。
ドローンが飛ぶ前提でのプライバシー性や安全性が設計されていない中で飛ばそうと思うと、どこなら飛べるのかのルール作りが必要になってきますが、決めるための基盤になるデータがあり、シミュレーションもできるというのは非常に重要なことだと思っています。
また、工事の交通シミュレーションに関しても、現在ある建物などの情報にプラスして音・風・気候条件など、現実世界に近い形でのシミュレーションが行えるという点が大きなメリットだと思っています。
小泉: 工事車両がやってきた時の交通状況や騒音、建物を建てた際の気象条件や人の導線など、建物を建てる前、途中、後と、それぞれシミュレーションするということは個人的にすごく良いと思う一方、民間利用があまり進んでいないという印象があります。
今回実証実験を行ったことで、このような取り組みが進みそうな感覚はあるでしょうか。
藤井: 正直まだまだ実証段階ではありますが、今後ニーズは出てくると考えています。工事車両の問題は、地域の関係性を良好にする上でも非常に重要ですので、最適なルートを選べるということが標準化してくると、強いパッケージになると思います。
ゼネコン、運送業者、周辺住民、自治体と、様々な関係者が工事には関わってきますが、データやファクトをもとに計画を提示できるというのは客観性があり、様々な関係者の合意が得やすくなると考えています。
都市モデルだけでない3Dの可能性
小泉: なるほど、今回行われたユースケースから見えてきた価値がよくわかりました。
アクセンチュアとしては今後も今回のユースケースのように企業への支援をしていくのでしょうか。それとも自社で新たなサービスを作られるのですか。
藤井: アクセンチュアとしては、3Dの可能性は、都市モデルに限らず非常に大きなビジネス分野だと考えています。実際に3Dグラフィクスを得意とするMackevisionを2018年に買収し、様々な企業に3Dモデル作りや、3Dコンテンツを使ったサービスの提供をしています。
そうした意味でも3Dという分野には非常に注目しているので、今後も今回のような支援という形や、サービス作りにも関わっていければと考えています。今後3Dデータを活用した新たな広告やVRコンテンツなど、まだまだ黎明期でありながら、盛り上がっていく領域だと思っています。
新たなインフラのから生まれる新たなプレーヤー
小泉: 大きな変革の兆しがみえますね。最後に3D都市モデルを民間利用していこうと考えている方に向けて、メッセージがあればお願いします。
藤井: 今回のProject PLATEAUは、道路、ビル、橋に続く新たなインフラだと捉えています。そのインフラの整備を、総務省でもなく、経済産業省でもなく、国土交通省がプロジェクトを立ち上げたことに非常に意味があると考えています。
これまで国土交通省は、橋や道路、建物といったリアルな土地をベースとしてインフラを整備していましたが、今回都市インフラの一環として3Dデータを整備することで、新たなビジネスを生みだそうとしています。
そう考えたときに、今回ご紹介した分野だけでなく、調査や測量から住民サービスに至るまで、幅広い分野でこれまでになかった新たなプレーヤーが出てくると思います。また、ロボットや自動運転の精度が上がってきた社会にも、3D都市モデルは寄与しうるものだと考えています。

例えばGoogle Mapが分かりやすいと思うのですが、当時地図がデータ化したら何ができるのか、今のような形を想像できた人はほとんどいなかったと思います。
手元に地図があるのは便利だが、Google Mapを使ってどんなメリットがあるのか、明確には分からなかった、というのが当時の印象だったと思うのですが、現在ではGoogle Map上で様々なAPIやサービスが動いているのが当たり前になっています。
それくらいの可能性がこの3D都市モデルにはあると感じています。
しかしこの3D都市モデル自体は、リアル空間でいうビルなどのインフラとしての役割なので、この中にテナントが入ってお客さんがくる、という部分は民間企業や自治体の取り組みです。
そうした新たなインフラ上で、どのようなビジネスを展開できるのか、今回のユースケースを踏まえたビジネス展開や、全く新しい独創的なビジネスも含めて、共に創出していければと思います。
デジタルツインに関して日本が最先端だという未来がくることを楽しみにしています。
小泉: 本日は貴重なお話をありがとうございました。
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