日本はいま、少子高齢化など深刻な社会問題を抱えている。そうした課題を解決する手段として期待されるのが、テクノロジーだ。しかしどんなに優れたテクノロジーがあっても、それを使う私たち「人間」の意識が変わらなければ社会には浸透せず、課題を解決する手段としては機能しない。
自民党衆議院議員の小林史明氏(35歳)は、「テクノロジーでフェアな社会をつくる」という信念のもと、政治の世界に飛び込んだ。通信キャリアで勤務した経験を持ち、「テクノロジーの社会実装」を政治活動の中心に据える、数少ない政治家の一人だ。
2012年に衆院選で初当選した後、「人生100年時代」の制度設計特命委員会事務局次長を務めるなど、新しい時代に向けた施策をリードしてきた。現在は、総務大臣政務官として、電波・放送・通信関連の規制改革など、テクノロジーの実装に向けたしくみづくりに奔走している。
今回、その小林氏にIoTNEWS代表の小泉がインタビューした。前編では、小林氏が政治家になった背景や「人生100年時代構想」などこれまでの取り組みを紹介。また先般、西日本を襲った「平成30年7月豪雨」などさまざまな観点から、テクノロジーの実装に不可欠であるITシステムの「標準化」について議論した。
後編では、通信ネットワークの標準化やNHKのネット同時配信の取り組みを紹介。未来の展望についても語っていただいた。本稿では、インタビューの前編をお届けする。
政治家は、人の意識を変える仕事
IoTNEWS代表 小泉耕二(以下、小泉): まずは、政治家を志すことになった背景を教えてくだい。
自民党衆議院議員 小林史明氏(以下、小林): これまでの人生で嬉しかったこと、悔しかったこと、すごいと思ったことなど、記憶に強く残った出来事の多くは、「人の意識」が鍵だったと理解しています。
記憶にある最初の出来事は、子供の頃、実家で地ビールをつくっていた時のことです。飲んでもらった人には評判がよかったのですが、大手メーカーのビールに飲み慣れた人たちに地ビールのよさを知ってもらうにはとても苦労しました。
結局、事業はうまくいかず、いいものをつくってもそのよさを知ってもらえないと駄目なのだなと、子供ながらに感じました。
大人になってから思ったことは、地方のベンチャーが地ビールという新しい商材でナショナルブランドの歴史ある商材と勝負するようなものであり、ビールが売れなかったということよりは、「人の意識」を変えられなかったのだな、ということです。

大学では野球部に所属していたのですが、こんなことがありました。
自分が引退した後の主将がすごくいいやつだったのですが、プレイでは実績が残せていませんでした。それを見かねた私は、3ヶ月間ずっと彼の練習に付き合ったのです。
すると、彼は最後の試合でホームラン打った。私は嬉しくて、バックネット裏で大泣きしました。
私はそれについてこう思ったのです。彼は、特訓によって突然野球がうまくなったわけではなく、彼の中で「意識の変化」があり、自信を持つことができたのだと。
自分じゃない誰かの意識、行動を変える。そして、前向きな結果を得られる。これは自分にとって感動であり、モチベーションなんだと感じました。人生を決定づける体験でした。
大学を卒業した後は、NTTドコモに入社しました。モバイルはずっと人の手元にあるものであり、one to oneでメッセージを届けられますよね。ですからモバイルは、人の意識に働きかけることができる製品だと考えていたのです。
ただ、配属された法人営業の仕事をしながら気づいたのは、通信事業は規制が多く、どんなにいい提案をしても、お客様の期待に応えきれないことが多いということです。そのことで、強烈に悔しい思いをしたこともあります。
このまま、人がつくった(既存の)ルールの中で生きていっても、自分も周りの人もハッピーじゃないと思いました。ルールが人の意識を縛ってしまっている。だったら、ルールを変えたりつくったりする側に回ろう、そのためには法整備に直接関わる国会議員になるしかないと思いました。それが、この道に進んだ最初のきっかけです。
実際に国会議員になって感じるのは、法律・予算・税制はあくまでも意識変革をおこすためのツールであって、最終的に人々の意識が変わらない限り根本的な問題解決にはならないし、世の中は変わらない。
国会議員を始めとする政治家の仕事は、人の意識を変えることだと思っています。
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技術・科学系ライター。修士(応用化学)。石油メーカー勤務を経て、2017年よりライターとして活動。科学雑誌などにも寄稿している。