個人の「感性」を学習し、自分好みを熟知しているように振るまう、パーソナル人工知能「SENSY」を提供するのが、カラフル・ボード株式会社だ。
そのAI技術をコアに、様々なエンドユーザー向けのB2Cサービスやビジネス向けのB2Bサービス、そして新規事業立ち上げ支援の事業を展開しているという。
同社取締役CBOの皆川朋子氏に、このパーソナル人工知能「SENSY」のコンセプトと様々な展開事例について伺った。
”感性”を学習するパーソナル人工知能「SENSY」
現在は情報社会であり、欲しいものはネットで調べれば何でも手に入る時代だ。しかし逆に、色々なものがありすぎてどれを選んでよいかわからないという場面も多いだろう。
それを人工知能(AI)で解決したいと皆川氏は言う。
同社は、人間の頭の中にある感性(センス)に着目。たとえば同じ食べ物だとしても、それをどう感じとるかは人それぞれだ。AさんにはAさんの独自のルール、BさんにはBさんの独自のルールがある。
パーソナル人工知能「SENSY」は、そのような自分では気づきにくいような独自の感性を数値化し、学習する。そして、その人の感性にあった商品やサービスを提案してくれるという。
具体的には、クラウド上に「SENSY」のプラットフォームが構築されており、ユーザーのインプットデータはまずここにあげられる(2017年10月20日時点で、500万人以上のパーソナルAIデータがあるという)。そして、そのデータはディープラーニングを使って学習モデルを作り、ユーザーの感性を知っている人工知能としてアウトプットされる。
このような個人別の人工知能を用いることで、顧客ひとりひとりの感性をもとにした商品の提案ができるのはもちろんのこと、高精度な需要予測が可能になると期待されている。
広告をパーソナライズ化する「SENSY Marketing Brain」
次に、同社が手がけるビジネスの実例を紹介していく。
一つ目は「SENSY Marketing Brain」だ。これは、顧客ひとりひとりの属性・購買履歴などをもとに、最適な販売チャネルの選定、レコメンド商品、キャッチフレーズ、デザインなどをパーソナライズ化するというもので、大手アパレル企業や化粧品通販企業に導入が進められている。
現在、特にダイレクトメール(DM)などで活用が進んでいるという。
たとえば、アパレル業界の例。ユーザーはそれぞれのIDを持っているため、いつどこで何を買ったのかというデータは、企業のCRMシステム上にある。そのデータを「SENSY」に学習させることで、ユーザーが関心を持つようなメールを送ることができるのだという。
たとえば、Aさんの「SENSY」が一番反応する商品は何かを選び出し、Aさんに似合うスーツ・トップテンといったものをつくることが可能になるのだ。
この仕組みを使うことで、100万人にDMを送る時は、それぞれの人に100万通りの内容を送ることができる。実際、某アパレルメーカーでは、パーソナライズDMの導入効果として来店率、購入単価、売上高が向上。特に、売上高は2,000万円以上アップした。
DMの他にも、紙の冊子などでは、たくさんの情報を網羅した分厚いものを作成することが多いが、そこにはユーザーにとって興味のないコンテンツも当然含まれている。
しかし、パーソナライズすれば、興味のある商品だけ掲載していけば良くなるため、紙の分量を減らすことができ、それに伴い、印刷費や配送費も削減することができる。これらの費用に比べて、AIでカスタマイズするコストの方が小さい場合もあるだろう。
パーソナル人工知能を育成できるプラットフォーム「SENSY BOT」
「SENSY BOT」は、ユーザーがLINEのチャット・ボットとして、自分の感性を学習したパーソナル人工知能を育成することができるプラットフォームだ。
現在はβバージョンで、関東エリアに住むユーザーを対象に「東京のレストラン」を案内するサービスを展開している。たとえば、あらかじめ自分の好みなどをインプットしておき、「渋谷でおいしいイタリアンが食べたいな」とつぶやくと、候補をあげてくれるのだ。
また、このサービスは企業向けにも展開されている。
一つは旅行会社H.I.Sでの事例で、その会社のマスコットキャラクターが、チャット上で色々質問に応じてくれるというものだ。
一般的に言って、チャットボット自体は普及しているが、「パーソナライズされたチャットボット」というのは、他社がまだ取り組んでいない領域だという。
旅行というのは、感性の塊ともいえる。現在はFAQのみでの利用をしている段階だが、将来的には顧客の感性に応じた旅行の提案をチャットボットを通じて行えるようにしたいと、現在検討を進めているのだという。
なお、現段階で会話の精度はまだ不十分であるため、クレームや返品などの場合は、オペレータへとつなぐカスタマーサポートを展開しているということだ。
洋服をスマホで管理できる「SENSY CLOSET」
「SENSY CLOSET」は、スマートフォンのアプリで自分のクローゼットにある洋服を撮影して登録すると、AIがその人の好みを学習することで、コーディネートの提案をしてくれるサービスだ。
現在、約8,000人のユーザーと10億以上のアイテムが「SENSY」のクラウド上にあるという。現段階ではまだβ版だが、近々AIリコメンド機能を搭載して本格的にリリースをする予定だという。
なお、この「SENSY CLOSET」は、アパレル企業向けECサイト取扱い商品を対象に、顧客自身やAIによるコーディネートを作成・保存できるECサイト設置型のWebアプリケーションとしても展開しているそうだ。
これとエンドユーザー向けアプリを併用することで、ECサイト上で自身の所有アイテムを読み込み、持ち服と店舗の販売服を組み合わせたコーディネートを作成することもできる。
実際に、ECサイトでのコーディネート提案機能の導入により、コンバージョンレートが39%、購入単価が36%向上し、その結果訪問当たりのマネタイズ価値は90%向上したという事例もあるようだ。
ワインの好みを教えてくれる「SENSY Sommelier(ソムリエ)」
「SENSY Sommelier」は、カラフルボードと三菱食品が提携して立ち上げたサービスで、店舗で試飲したお酒の味覚情報を「SENSY」が学習し、その人にあったお酒を見つけてくれるというものだ。
店舗ではタブレットやソフトバンクの人型ロボット「ペッパー」に「SENSY Sommelier」が搭載されており、ワインのおすすめをすることができるという。
店舗での最初の実証実験では、利用者に対する購買率は15.2%だった。実証前に想定されていた期待値は5%であり(試飲ユーザー20人に1人が買うということ)、予想より高い数値が得られた。
そして、さらにそこからUXやUIを改善し、オペレーション改善、アルゴリズム改善などを重ねた結果、5回目の実証実験では利用者に対する購買確率が42.1%まで向上した。
どのように味覚を数値化しているのかというと、来店顧客ひとりひとりの味覚を5つの味覚軸(甘味・酸味・旨味・コク・余韻)で分析し、味覚ヒートマップというもので可視化している。
ヒートマップでは赤い部分は好き、青い部分は嫌いというふうに表示される。消費者に食品などを展開する事業者側としては、そのヒートマップを見ることで、「赤い部分を増やそう」、あるいは「この領域の人をもっと増やすキャンペーンを打とう」などの商品開発・マーケティング活動に活かすことができる。
従来のリコメンドサービスとの違い
顧客の行動履歴から商品をリコメンドするサービスは他社にもあるのではと思われた方もいるかもしれないが、パーソナル人工知能「SENSY」のリコメンドサービスは、仕組みが根本的に異なるのだという。
「SENSY」は、ユーザーの嗜好性を行動履歴から類推しているのではなく、様々なデータから解析した感性と商品そのものの嗜好性を解析し、特徴が近いものをリコメンドする。
一方で、例えばアマゾンなどのいわゆる協調フィルタリングと言われるリコメンドでは、ユーザーの行動履歴を元にユーザー・商品間の類似性を計算して、近いものをすすめる。
協調フィルタリングでは行動履歴、ユーザーID、商品IDからリコメンドを行うが、「SENSY」ではその他に詳細な商品情報と詳細なユーザー情報に基づいている。
従って、協調フィルタリングの場合は、それを選択したというポジティブな要素しかデータとして蓄積されないが、「SENSY」ではそれを選択しなかった(あるいは好みではない)というネガティブな要素も感性データの中に含めることができるなどのメリットがある。
また、「SENSY」ではそのプラットフォームに自分以外のたくさんのユーザーの感性が蓄積されているので、他のユーザーの感性を活用して新商品のリコメンドを受けられることもメリットの一つだ。
目指すのは、ひとりひとりにあった価値を提供する共通のインターフェイス

同社は、今は独立している「SENSY BOT」や「SENSY CLOSET」などそれぞれのサービスを、将来的にはチャットボットという共通のインターフェースで統一したいと考えているようだ。ユーザーIDは一人一つであり、その奥にあるプラットフォームは同じなので、仕組みとしては可能なのだという。
そうすることで、まるで自分好みをよくわかっている分身がチャットボット上に現れ、好みのレストランや洋服、音楽など、身の回りの様々なことをアドバイスしてくれるような環境ができるかもしれない。
現時点では、最も身近なインターフェースといえばGoogleの検索エンジンであり、最近では家ナカの新しいインターフェースとしてスマートスピーカーが続々と登場しているが、同社はそれを超えるような付加価値を「SENSY」で実現したいと考えているということだ。
【関連リンク】
・カラフル・ボード(COLORFUL BOARD)
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技術・科学系ライター。修士(応用化学)。石油メーカー勤務を経て、2017年よりライターとして活動。科学雑誌などにも寄稿している。