株式会社富士通研究所と富士通株式会社は、電子機器に多く含まれる部品の一つである磁性体において、AIを活用することによりエネルギー損失を最小にする形状を、自動で設計する技術を開発した。
これまで、開発者が与えられた条件の下で損失を最小にする設計を行うためには、膨大な時間とコストをかけた試行錯誤による実験が必要だった。しかし今回開発した技術によって、コンピュータ上で試作開発を自動で行うことができ、研究開発の効率化が可能になるという。
また、パワーエレクトロニクスやEVモーターなど磁性体を用いる様々な研究開発の分野で、磁性体形状の設計を、専門知識なしでできるようになることが期待される。
富士通は、同技術を含む設計サービスを、2020年にクラウドで提供することを目指す。
開発の背景
磁性体と呼ばれる、磁界をかけると磁気を帯びる性質を持つ物質は、電子機器の電源内の電気エネルギーを蓄えるインダクタやEV用のモーターなど、様々な素子や機器で使われているが、磁気に起因し、エネルギーの一部が熱となって失われる磁気損失が必ず発生する。
この磁気損失は磁性体の形状によって大きく変化し、素子や機器のエネルギー効率に直結することから、高いエネルギー効率を実現するためには、磁性体形状を、磁気損失を考慮した設計にすることが重要になっている。
従来の磁性体形状の設計手法では、磁性体に特有の強い非線型性(磁気ヒステリシス)のために、磁気損失が最小となるような形状の最適解を探索することが難しく、形状を自動で設計することが困難だった。
また、設計した結果をシミュレーションする際にも、磁気損失については実測値とは数倍から数十倍の違いが発生してしまい、設計開発に十分な精度の予測ができなかった。したがって、磁性体形状の設計は開発者の経験や勘と実験的な試行錯誤に頼る必要があり、膨大な時間とコストを費やしていた。
開発した技術
今回、AIを活用することにより、磁気損失を最小にする形状を、コンピュータ上の仮想空間において自動設計する技術を開発。開発技術により設計したインダクタが、予測された磁気特性を持つことを確認した。
富士通が開発した技術の特徴は以下のとおりだ。
高精度磁気損失シミュレーション技術
今回、インダクタ材料として主に用いられる磁性体である、フェライトの微細組織の誘電効果を定式化することで、インダクタに流れる渦電流(※1)の分布を正確に計算できるようになった。
これにより、フェライトの磁気損失の主因となる渦電流損失の大きさを高精度に計算することが可能となり、従来はインダクタの動作周波数が数十kHz以上の領域では渦電流損失の大きさを推定するのは難しかったところ、数MHzまでの広い動作周波数領域で磁気損失の推定誤差を10%以下にできることを実証した。
※1 渦電流:電気を通す導体の中で磁束が変化すると、電磁誘導の法則に従って導体の内部に発生する渦状の誘導電流。渦電流が流れることによって発生する熱がエネルギーの損失となる。磁性体においてどの場所にどの程度の大きさの渦電流が発生するかは、磁性体の形状や電気的な性質によって決まる。
AI活用による設計最適化技術
開発した磁気損失シミュレーションと、遺伝的アルゴリズム(※2)とを連携させて、磁気損失が少なくなるような形状パラメーター(磁性体形状の各箇所の寸法)を自動で探索する方式を開発。
今回、広域探索に適した探索手法である遺伝的アルゴリズムにおいて、次世代集団を得る世代交代ごとに、優れた個体の割合を一定以上に保つよう、磁気特性を考慮したコントロールを行うことで、素早く安定的に磁気損失を最小にする最適解の集合(パレート最適フロント、※3)を算出する技術を開発した。
インダクタの体積と磁気損失の値はどちらも小さい方が望ましいが、インダクタの主要な電気的特性であるインダクタンスを一定にするという制約条件を課したときには、両者はトレードオフの関係にある。
その場合、同技術によって、そのどちらの値もそれより優れた形状は存在しないという最適設計の集合を、自動で見つけ出すことができるという。
※2 遺伝的アルゴリズム:生物の進化の仕組みを模倣して最適化を行う計算手法。現世代の個体の集団に対して、複製抽出、交叉や突然変異、生存選択の操作を適用して、次世代集団を得る。これを繰り返してより良い個体を探索する方法。生存選択を各個体の適応度に基づいて行うことで所望の進化を促す。
※3 パレート最適フロント:トレードオフの関係にある複数の値を全て最小にしたい場合、ある条件において得られる値よりも全て小さな値となる条件が存在しないとき、その条件をパレート最適解と言う。一般にパレート最適解は複数存在し、それらで構成される曲線や曲面をパレート最適フロントと呼ぶ。
効果
今回開発した技術を用いることで、磁性体形状の試作開発をコンピュータ上の仮想空間で自動化が可能。
実証の結果、フェライト材料を用いたインダクタの形状を設計する場合、従来は複数種類の金型を作るところから始めて数ヶ月以上かかっていたところ、同技術により試作開発が数日で完了したという。
提供:富士通
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