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2020年版ものづくり白書で注目すべき3つのポイント ―経済産業省 中野剛志氏インタビュー【前編】

効率性から柔軟性への転換とダイナミック・ケイパビリティの強化

中野: では、サプライチェーンを今後どのように再編すべきか。これは難しい問題です。国内回帰をしても、地震などの別の不確実性リスクも考えられるからです。そこで、私たちが注目したのが、「ダイナミック・ケイパビリティ」という経営戦略論です。

ダイナミック・ケイパビリティとは、「環境や状況が激しく変化する中で、企業が、その変化に対応して自己を変革する能力のこと」(白書本文)である。カリフォルニア大学バークレー校ハース・ビジネススクール教授のデイヴィッド・J・ティース氏によって提唱され、近年、注目を浴びている戦略経営論だ。白書では訳語として、「企業変革力」とされている。

中野: 簡単にいえば、どのような不測の事態が起きても柔軟に対応できる「反射神経」を鍛えるという考え方です。私はこのことを説明するのに、「野球」の例え話をよくします。バッターの立場で考えてみれば、不確実性が高い状況とは、「ピッチャーの球筋が読めない」状況です。こうした状況では、予測が外れれば、バッターは打てません。しかし、卓越したバッターであるイチローは、そもそも球筋を読みません。その代わりに、彼は飛んできたボールを胸元まで引きつけ、球筋を見極めてから打つのです。そうすれば、ストレートが来ようと、フォークが来ようと、関係ありません。これは、卓越した反射神経があるからできる芸当です。

2020年版ものづくり白書で注目すべき3つのポイント ―経済産業省 中野剛志氏インタビュー【前編】
2020年版ものづくり白書【概要】より(提供:経済産業省)

中野: つまり、予測するのではなく、反射神経を鍛えるのです。これが、ダイナミック・ケイパビリティの基本的な考え方です。また、その手段としてデジタル技術が有効であるということが、今回の白書の重要なメッセージです。経済産業省では、5年ほど前からIoTやAIなどのデジタル技術を活用することの重要性について発信してきました。しかし、その主な目的は、あくまで生産性の向上や安定稼働、品質改善などに限定されていました。こうした目的でのデジタル活用はもちろん必要です。しかし、ティース教授の議論にもとづくならば、それらは世の中の変化が小さいときに企業が備えるべき能力(オーディナリー・ケイパビリティ)にすぎないのです。

ティース氏によると、企業のケイパビリティは、「オーディナリー・ケイパビリティ(通常能力)」と「ダイナミック・ケイパビリティ(企業変革力)」の二つに分けることができる。この二つは企業活動の両輪だ。オーディナリー・ケイパビリティとは、「与えられた経営資源をより効率的に利用して、利益を最大化しようとする能力」(本文)のことだ。たとえば、業務効率化、コスト削減、安定稼働、品質管理などはこの能力にあたる。

中野: つまり、デジタル技術はオーディナリー・ケイパビリティの強化にも活用できますが、それだけではもったいないわけです。いまこそ、ダイナミック・ケイパビリティの強化にデジタル技術を使うべきだ、そう考え、今回の白書を構成しました。経営戦略にくわしい先生方にお話を伺うと、ダイナミック・ケイパビリティの議論は従来からありましたが、その手段としてデジタル技術が有効であるという議論はそれほどなかったようです。ダイナミック・ケイパビリティを高めるために「デジタルトランスフォーメーション(DX)」に取り組みましょうというメッセージを公に発信したのは、もしかすると今回のものづくり白書が最初かもしれません。もっとも、デジタルの分野に詳しい方であれば、すぐに連想できる話ではないかと思いますが。

小泉: ダイナミック・ケイパビリティの高い企業には、どのような例がありますか。

中野: 富士フイルムがとてもいい例です(概要p.9、本文p.45、p.54)。富士フイルムでは、2000年代まで写真用フイルムが主力ビジネスでした。しかし、デジタルカメラの普及に伴い、写真用フイルムの市場は急激に衰退しました。このとき、競合企業であったコダックは倒産しました。コダックは選択と集中で効率性を重視してきたこともあり、主力のフイルム事業からすぐに脱却できなかったのです。しかし、富士フイルムは生き残りました。既存の事業に固執せず、早い段階から化粧品や医薬品、再生医療などの分野に参入していたからです。今、COVID-19の抗ウイルス薬としても注目されている抗インフルエンザウイルス薬「アビガン」を開発したのは、富士フイルム傘下の企業です。効率性だけでなく、柔軟性を持って多角的に事業を進めていた富士フイルムは、ダイナミック・ケイパビリティが高い企業の代表例だといえます。

不確実性の高い時代には、こうしたマインドや組織の「やわらかさ」が重要です。そのための有効な手段として、デジタルを使ってほしい。日本企業はこれまで石油危機、円高不況、バブル崩壊、リーマンショック、東日本大震災などの不確実性に幾度もさらされてきましたが、それでも乗り越えてきました。このことは、日本にはダイナミック・ケイパビリティの高い企業が数多くあるということを意味していると思います。しかし、デジタル活用における柔軟性ということに関していうと、少し厳しい現状にあることが今回の調査の結果見えてきました。データの収集や利活用が停滞しているのです。

2020年版ものづくり白書で注目すべき3つのポイント ―経済産業省 中野剛志氏インタビュー【前編】
2020年版ものづくり白書【概要】より(提供:経済産業省)

中野: 設備投資が停滞していることや、いま一つデータ活用の有効性が見えないということもあると思います。しかし、ここで今一度発想の転換をしてほしいと思います。COVID-19により、世の中ではテレワークが注目されています。しかし、そこでなされている議論はあまり本質的ではない。なぜなら、それはあくまで「効率性」の話が中心だからです。そうではなく、ダイナミック・ケイパビリティを強化するためにこそ、今一度データの収集やデジタル技術の活用に取り組むというマインドを持ってほしいのです。

先ほど申し上げたように、不確実性に対処するには、リアルタイムに環境の変化を読み、自らを変化させる必要があります。しかし、そのとき、「自分が何者か」を知らなければ、変化することはできません。つまり、それは自分たちの企業のデータを集めることです。事実、サプライチェーンの寸断で大きな影響を受けた企業の中には、サプライチェーンの中の企業の「顔」が見えない、つまりどこから調達しているかわからないという企業もが少なくなかったようです。これでは、不確実性に対処できません。したがって、データを集める意味はあるのです。そのことが、COVID-19を契機に、あらためてわかったわけです。

今回、各企業のIT投資の目的をアンケート調査しました。すると、オーディナリー・ケイパビリティ重視の企業のIT投資は旧来型システムの更新や維持(オーディナリー・ケイパビリティ)を重視し、ビジネス変革やデジタル人材の育成に消極的であるのに対し、ダイナミック・ケイパビリティ重視の企業はビジネス変革やデジタル人材の育成を重視する傾向にあることがわかりました(下の図)。

2020年版ものづくり白書で注目すべき3つのポイント ―経済産業省 中野剛志氏インタビュー【前編】
2020年版ものづくり白書【概要】より(提供:経済産業省)

中野: ティース教授は、ダイナミック・ケイパビリティの強化には「企業家的な能力」が必要であるが、その「能力」は外から持ってくるのではなく、企業内部で構築しなければならないといっています(本文p.43)。これは、「デジタル人材」においても、そのままあてはまります。私たちの(白書とは別の)統計データからは、日本のIT人材の割合はITベンダーが約7割、ユーザー企業が約3割であるということがわかっています。しかしこの割合は、アメリカではまったく逆です。アメリカでは多くのデジタル人材が、ユーザー企業内で育成されているのです。ダイナミック・ケイパビリティの強化のためには、日本もこの割合を上げていく必要があるでしょう(※)。

※DXレポート~IT システム「2025 年の崖」の克服とDXの本格的な展開~

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