データサイエンスを活用できるビジネスマン育成への挑戦 ―滋賀大学 河本薫教授インタビュー

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滋賀大学 データサイエンス学部 教授 河本薫氏は、大阪ガスで培った社会人経験を活かし、自分にしか教えられない授業の構築を行なっている。河本氏は民間企業と共同で教育の場を作り上げ、学生がデータサイエンスをリアルな現場でどのように活用していくのかを考え、体感できるカリキュラムを提供している。

今回は河本氏に、会社員から大学教授の道を選んだ経緯や、未来へ向けての目標などを伺うとともに、ブレインズテクノロジーと共同で行ったカリキュラムの具体的な内容についてもお話しいただいた。
(聞き手、IoTNEWS代表 小泉耕二)

日本を良くするための人材育成

IoTNEWS 小泉耕二(以下、小泉): 現在滋賀大学でAI関連の学部の教授に就任されていますが、どのような経緯で、大学で教えることになったのでしょうか。

滋賀大学 河本薫氏(以下、河本): もともとは2018年3月まで、大阪ガスでデータ分析などの業務に従事していました。同社では、データ分析の専門チームを率いてきたのですが、ある程度定着してきたという点と、私の年齢的にも次の世代にバトンタッチする時期だと感じていました。

そうしたタイミングで、当時の滋賀大学の学長から、「2017年の4月にデータサイエンス学部を設立するので大学で教えないか」というお声がけがあり、就任することになりました。

元来「人を育てたい」という使命感を持っていました。いつか人を育てる立場に身を置けるかもしれないと、働きながら博士号をとっていたこともあり、全てのタイミングが整ったと感じています。

小泉: そういった想いをもともとお持ちだったのですね。なぜ人を育てたいという使命感を持っていたのですか。

河本: 私の大きな目的は、「この国を少しでも良くしたい」ということです。そのためには優秀なデータサイエンティストを沢山育成するだけでなく、データサイエンスを理解している経営者になる人材も必要だと考えています。

個人的な見解ですが、日本は課題解決能力が相対的に見ても劣っていると感じています。特に課題を見つける能力が弱く、大学でも課題が与えられたカリキュラムに関しては得意な学生が多いのですが、課題から見つけるというカリキュラムになると途端に止まってしまうという傾向があります。

会社の中の様々な課題を、データ分析で解決するという点に関しては私自身長年行ってきたことでもあり、新入社員の育成も行ってきました。そうした経験を生かして、私にしかできない授業を行わなければ、大学で教える意味がないと思っています。

自分にしかできない教育の場をつくる

小泉: 他では受けられない授業とは、具体的にどのような内容なのでしょうか。

河本: 一つ目は、ビジネスサイエンティストとして活躍できる素地をつくるということです。私の中でAIデータサイエンティストとビジネスデータサイエンティストは分けて考えています。AIデータサイエンティストは、ディープラーニングなど革新的な人工システムを作る人間で、ビジネスサイエンティストは企業の課題を解決する人間、という棲み分けです。私の授業では、ビジネスサイエンティストになるための学びと環境を整えていきます。

二つ目は、学部卒業でも社会で活躍できる素地を与えていく、という点です。データサイエンスを学ぶ学生は大学院まで進む学生もいれば、学部で卒業する学生もいます。そうした場合、大学院に行かなければ一人前になれないという形にはしたくありません。

三つ目は、数学が苦手な学生に対し、数学を克服しなくてもデータサイエンスをある程度活用できるようにする、ということです。大学教授の数学レベルというのは桁違いです。私自身もそこまで数学が得意なわけではなく、努力しなければ理解できない部分があります。私よりも理解力が低い学生であっても、しっかりとデータサイエンスを活用していけるように素地を作っていきたいと思っています。

小泉: 現在は大学の教授がメインの活動になるのでしょうか。

河本: 滋賀大学は兼業が可能なので、私の専門分野であるデータサイエンスを用いたコンサルティングの活動は、今でも続けています。様々な企業のリアルな悩み事に対し、アドバイザリーの役割を担うなどの活動を行っています。

こうした活動は今の経営者に対するアプローチで、大学での活動は後々データサイエンスを活用できる経営者を育てたいという先行投資です。私は経営者が一番の要になると考えているので、二つの活動は違ったアプローチ方法ではありますが、共通の目的に帰結していると考えています。

リアルなデータと現場に基づいた実践的なカリキュラム

小泉: 今回機械学習を活用し、製品・サービスを開発、提供しているブレインズテクノロジーと共同でのカリキュラムを行なったということですが、具体的な内容について教えてください。

データサイエンスを活用できるビジネスマン育成への挑戦 ―滋賀大学 河本薫教授インタビュー

ブレインズテクノロジー 取締役 技術責任者(CTO)中澤宣貴氏(以下、中澤): 今回ブレインズテクノロジーからは「Impulse」という分析ソフトを提供しました。また、自動車の部品の製造を行っているAISIN AWにもご協力いただき、工場の何も加工していない生データをいただきました。まずは学生に自由に考えてもらい、AISIN AWと打ち合わせをしながらフィードバックをいただき、何が答えかを聞き出すというスタイルで授業を行いました。

当初は、実際に学生がAISIN AWの工場に行き、実物を見てもらう予定だったのですが、オンラインにて説明していただきました。設備のイメージがつくように、製造プロセスについて動画で解説していただいたのですが、「計測したデータの項目はこの動画のこの部分」、「ここが今回壊れた部分」というように、とても詳細に、リアルなプロセスをご説明いただきました。

無機質なCSVではなく、実物を想像しながら分析できるよう、何が起きたかだけをAISIN AWからお話いただき、どうアプローチしていくかは学生に考えてもらいました。

そして講義の途中で河本先生にレビューをいただくとともに、AISIN AWに対しSlackを活用して、学生から質問やアイディアの提案などを行い、フィードバックをいただき、また学生たちで答えを考えて質問する、ということを行いました。

データサイエンスを活用できるビジネスマン育成への挑戦 ―滋賀大学 河本薫教授インタビュー

河本: 第1回から第4回までは、教師なし機械学習の分析手法について、どんなバリエーションがあるのか学び、その中でも代表的な手法について詳しくレクチャーしました。AISIN AWからPythonのコードをいただき、サンプルデータを用いて学生が自分たちの手を動かして学んでいく、ということを行いました。

基礎的な知識を学んだ上で、第5回からの実データにおける異常検知分析に入るわけですが、「第4回までに学んだことを使えないじゃないか」と学生は思ったと思います。

いきなり大量の生データをもらってもどうしたらいいのか、という壁にぶつかり、そこで初めて特徴量を見つけるというステップが実はあったと気づきます。ただ無機質なデータを見ていてもしかたがないので、学生はAISIN AWに直接質問を投げるのですが、「この部位が故障するときにはこちらにも影響があるのか」など、かなり込み入った質問をしており、私の意図に学生が応えてくれたと感じています。

小泉: 座学で学んだことが実際には使えないということは、会社に入ってからでないと普通はわからないことですよね。それを学生のうちから経験できるということはとても貴重ですね。

河本: そうですね。しかし一方で私にとってこれは大きな挑戦でもあります。従来型の教育ではひとつの分野を深く教えていきます。これはこれで大切ですし、むしろ理系の学生からすると従来型の教育で学びたいという学生もいます。私のやり方である、一気通貫で実学として学んでいく、ということが、学生の将来にどう寄与するのかは模索している部分です。

教育機関と民間企業が共に学ぶ「産学連携共同教育」

小泉: このような取り組みは産学連携ということになるのでしょうか。

河本: 私は産学連携共同研究ならぬ、「産学連携共同教育」だと考えています。私にしかできない場作りがこれにあたります。今回のブレインズテクノロジーと、AISIN AWにご協力いただいて実現できたこのような場を、他にも4つ作っています。私の方で予め学生に教えたいテーマを決め、そのテーマにはどういった企業の方にご協力いただけるかと考え、アプローチし、教育の場を作っています。

今回のブレインズテクノロジーもそうなのですが、企業の方々は教える時間を社内ですごく持たれています。データサイエンスは実学なので、企業の方が教える力があるのではないかと思うほどです。

今回AISIN AWからリアルな題材がもらえたということも大きいですが、ブレインズテクノロジーの教える力を発揮してもらえたことも大きく、このような座組みを他のテーマでも組んでいます。

私は大学の教育を大学の先生だけで完結するという狭い考え方は、日本にとって良くないことだと思っています。ですから、できるだけ企業のポテンシャルも是非活用させていただき、大学の育成をよりうまく行なっていければと考えています。

また、今回のブレンズテクノロジーとAISIN AWとのカリキュラムでは、学生の報告会にAISIN AWの方々だけではなく、ブレインズテクノロジーの若手の方々にも参加していただきました。若手の方は学生と年齢も近いですし、学生の発表に対してコメントをいただくといったことは、良い刺激になったのではと感じています。

実学が育てる教育のエコシステム

小泉: まさに産学連携共同教育ですね。ちなみに今回のカリキュラムで学生が発表した内容は、AISIN AWで実際に活用するといったこともあったのでしょうか。

河本: そういった案もありました。学生は4つの班に分かれて授業を進めていたのですが、学生のモチベーションのためにも優勝チームを決めてくださいと、AISIN AWにはお願いしていました。しかし結果的には、優勝チーム以外の班に対しても全て評価していただき、後日フィードバックをいただきました。

グループが違えばアプローチも全く異なってきます。その中で、「このグループのこの案は実際に試してみる」といったことや、「この案はすぐにではないが、今後の参考にしたい」というお言葉をいただけました。今やられていることにとって変わるかどうかは分かりませんが、試してみるというところまでいけたことは良かったと思っています。

中澤: アルゴリズムとしての面白さというよりは、発想の柔軟性や、仮説の立て方などが斬新でした。AISIN AWとしても、期待を大きく上まったのではという手応えがあります。また、学生のプレゼンのクオリティも高く、パワーポイントの作り方などもトレーニングされている印象でした。

河本: 大阪ガス時代、社員に教えていたときと同じようにアウトプットの仕方も教えています。

小泉: アウトプットまで会社時代と同じように教えているとなると、本当の意味で「実学」ですね。

それでは最後に、未来に向けて行なっていきたいことや、夢などをお聞かせください。

河本: 私のひとつの構想としては、今後私の教え子が社会に出て、企業でデータ分析を活用することによってさらに成長し、今回AISIN AWが提供してくださった役割を、教え子が担ってくれればと考えています。また、場合によっては卒業生が後輩に対して学ぶ機会を提供し、さらに成長が進むことによって後輩がいい人材になり、様々な企業で活躍していく、というエコシステムが構築されていくことが私のひとつのゴールです。

小泉: 本日は貴重なお話をありがとうございました。

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