スマートシティにおいて、データ収集は悪なのか? ートロントとサイドウォーク・ラボが失敗したワケ

Googleの兄弟会社にサイドウォーク・ラボという企業がある。そのサイドウォーク・ラボは、カナダのトロントで未来型の街、いわゆるスマートシティを実現しようとしていた。

今回は、その経緯や、目的、スマートシティによって想定されていた価値、サイドウォーク・ラボのビジネスモデルといった視点でこの取り組みと、スマートシティのもたらす価値について考察した。

トロントでのスマートシティに向けた取り組みのと、そこで起きた問題

サイドウォーク トロントのホームページはこちら

2017年10月17日にぶち上げられたこの未来都市構想は、18ヶ月もの議論を繰り返した結果、2019年にスマートシティプロジェクト「IDEA」が立ち上がった。そして、「Quayside(キーサイド)」と呼ばれる、1,524ページにも登る街のコンセプトが定義された。

Quaysideの内容については、こちらのホームページを参照

そこには、木造の建造物が立ち並び、歩行者ファーストで考えられた街が実現されるとしている。自家用車の利用は認められず、基本的に歩くか自転車に乗る必要がある。遠くへの移動に関しては公共交通機関を使う必要があるのだ。

六角形の版を組み合わせて作られる道路は、時間帯によって、歩道になったり、自律運転する自動車道路になったりと、用途によって変形するという。

何よりも目玉なのは、町中のありとあらゆる取得可能なデータを取得して、都市生活を最適化することになっていたということだ。交通の流れや騒音レベル、大気汚染、エネルギー使用量、ゴミの排出量などありとあらゆるデータだ。

誰が、どこで、どういうことをしたか、道を渡るのに何分待ったか、といったことまで収集するというから猛烈だ。

AIカメラを使うと、街の様子も可視化することができるようになる。例えば、新しい遊具が公園に設置されたとして、それを多くの人が楽しく使っているか、といったことや、街角にできた新しい案内板が多くの人にとって必要な情報を提供できているか、などさまざまなこともわかるようになるはずだ。

スマートシティにおいて、データ収集は悪なのか? ートロントとサイドウォーク・ラボが失敗したワケ
トロントのスマートシティは、ハイテクなイメージを持っている人が多いが、近未来的というよりは、環境に配慮した都市だと言える。(出典:Quayside)

一方で、ここまでくると、当然プライバシーへの対応やデータの管理について問題が起きてくる。しかし、実際は政府が管理するデータ管理組織を設立し、データ利用のガイドラインも公開するとしている。

データに関して完全に同意を得ることが難しい街での取り組みなので、ここは、「誰のデータ」なのかについては一切わからないようにする、さらに手続きをすれば、自分のデータがどう取得されているかがわかるようにするともしていたのだ。

しかし、これでも地元ウオーターフロント・トロントは懸念を払拭できず、関連法案を順守しているかもわからないとしているのだ。

その結果、世界的にも話題になり、非常に順調に見えた取り組みで、日本のスーパーシティでも参考にして研究されていたのだが、2020年5月7日、ついにプロジェクトは中止となった。

その原因については、多くのメディアは、「個人情報など各種情報の持ち主がサイドウォーク・ラボになることを懸念した」としている。

サイドウォーク・ラボは、冒頭述べた通り、Googleの兄弟会社でもあるので、データが広告など市民生活以外の目的で使われることを恐れたのだというのが大方の見解だ。

しかし、事業会社が、投資も行い、実際にカナダ本社を移転して産業を育てる予定があるともしていた新しい街づくり。「データは新しい石油」として話題を集めていた頃に起きた、「スマートシティ」という取り組み自体へ疑問符がつく事態となってしまったのだ。

この事例、果たして、本当にデータ活用の点だけで、この取り組み全体がなくなってしまう必要があったのだろうか。

[※本文が長いので、動画で見たい方はコチラをどうぞ]

各種報道を見ていると、データの利活用がプライバシーとは全く関係のない街の構造において多岐にわたることについてはあまり触れられていない。確かに、2018年-2020年というと、ヨーロッパではGDPRの対策が求められ、いわゆるGAFAに対する個人情報保護を起点とした風当たりが強くなっていた頃だ。

しかし、スマートシティは、個人情報を取ることがメインというわけではないし、適切なデータ管理ができないのであれば、それこそコンビニにあるPOSシステムだって、キャッシュレス決済の仕組みだって、社会に広めることは不可能となる。

一方で、1,524ページにも及ぶ、キーサイド計画を調べていくと、大半が街をどうしていくかという具体的な作戦が書かれていたことに気づくはずだ。

つまり、データの活用うんぬんというよりも、もっと別の力が働いたのではないかと思う。

例えば、初めに用地取得を誰が行うのか、公共交通機関などのインフラは誰が作るのか、成功した際にサイドウォーク・ラボは、どのように収益を得ようとしていたのか、こういったお金の面かもしれない。

他には、GDPRなどの個人情報保護の機運が一気に高まったことを受けて、GAFAにデータを取らせるのは危険だという証拠のない雰囲気だったのかもしれない。

キーサード計画の全貌を知らなければ、「スマートシティはデータをとるのがむずかしいからやらないほうがよい」という単純な結論しか見えてこなくなるだろう。

実際、ラスベガスでNTTが行っているデータ収集の取り組みは、一切NTTがデータを利用しないという約束のもと成功している。NTTからすればインフラが街に導入されればよいわけで、そこを流れるデータを収集して、広告価値に換算しようという考えがないからだろう。

ビジネスである以上、どこかで利益をえなければ続かない取り組みになることは事実だが、どういう立ち位置のプレーヤーであれば、トロントのような問題が発生しないのか、という点も考察する必要がある。

では、このトロントで行われようとしていた、キーサイド計画は、具体的に何を実現しようとしてたのだろうか。

トロントで計画された、スマートシティの価値

キーサイド計画によると、最終的には93,000人以上の新規雇用が生まれると予測していた。トロントの高騰する地価に対して、低所得者が割安で家を買うことができる状況を生み出し、持続可能性にも寄与する街づくりを行うとしていたのだ。

そのために、デジタルレイヤーとフィジカルレイヤーを分け、フィジカルレイヤーをさらに、「ビルディング」「モビリティ」「パブリック」「インフラ」のレイヤーに区別することで、都市プラットフォームを実現するとしている。

この時点で明らかにデータを取得することは、「手法」でしかなくて、「目的」ではないといえる。

その中で、ホームページでは、大きく7つの視点があげられていた。

1. 移動

まず移動に関しては、「歩行者ファースト」の歩きやすい道をデザインし、隣接地域との接続性も考えた、ライトレールトランジット(LRT)と呼ばれる鉄道のような移動手段を提供するとしていた。歩行者の歩く道路は、時間帯によって柔軟に利用方法が変更可能な道路をイメージされている。

2. 公共スペース

歩道と公園がシームレスに統合されている。住宅と小売店、文化施設などと織り交ぜられた街となる。特に1階は買い物が便利なように、Stoaと呼ばれる、ショップが並んでいたり、文化施設やスタートアップが集まる広場のようなものをイメージされていたようだ。

3. 住宅

敷地の約32%を商業エリアとして使い、残りを住居エリアとして数千世帯の生活を実現、40%は低所得者や中所得者でも家を持てるようにするとしていた。深刻なトロント エリアの地下高騰に対して、低所得者にも手に入れやすい住宅を実現するという考え方だ。

スマートシティにおいて、データ収集は悪なのか? ートロントとサイドウォーク・ラボが失敗したワケ
住宅は木造のモジュールを積み木の様に組み立てた構造になっている。これにより、環境配慮とコスト削減を実現している。(出典:Quayside)

4. 建物

敷地内の建物は、木造で、モジュール式の「Loft」と呼ばれる部品の組み合わせで、できる建物となる。部品を組み合わせることで、建設コストを低減するわけだが、木造にすることで、持続可能な建設を実現し、建築技術に焦点を当てているオンタリオを拠点とする産業を促進しようとしていた。また、ビルの空調や換気、ゴミの管理などに関しても持続可能性に配慮した構造を実現しようとしていた。

5. 持続可能性

4で書いたように、持続可能な建築材料と設計を行うだけでなく、高度な電力網を整備、冷暖房用のクリーンな熱グリッドを実現し、スマートな廃棄チェーンを整備するといった、多数の環境問題に対応する設備を実現し、低炭素社会をもたらすとした。リサイクルを増やし、雨水管理も積極的に行うというのだ。

エネルギーも、太陽光発電や地熱発電といった再生可能なものをエネルギー源とした。さらに、温室効果ガスも75%から85%削減と大幅な削減目標を発表。水やゴミ処理においてもセンサーを用いて管理を強化するなど、ここにも最新のテクノロジーが使われる予定だった。

6. デジタルイノベーション

高速で安全な光ファイバーネットワークと、さまざまなコミュニティや、起業家によるデジタルイノベーションを可能にする環境を作るとした。そして、街で取得されるデータに関しては、プライバシー保護と責任あるデータ利用を約束するとしていた。

7. 社会インフラ

デイケア施設と同じ場所に、小学校のスペースを構築。ヘルスケアサービスやその他のケアサービスのセンターを含む、進化するコミュニティを実現するとしていた。

これらのポイントを見ると、一体サイドウォーク・ラボは、果てはアルファベットは、どうやって5,000万ドルもの投資を回収しようとしていたのかがわからない。

サイドウォーク・ラボのビジネスモデル

では、サイドウォーク・ラボはどの様に収益を上げようとしていたのだろうか。想定になる部分もあるが私はこう考える。

まず、「スマートシティ事業の計画段階」では、コンサルティングフィーを得ようとしていた。トロントでの事例など、さまざまな事例が出てくることで、ノウハウがサイドウォーク・ラボに蓄積される。そのノウハウをいろんな街でも活用して、世界中のスマートシティ事業に関係していこうとしていたと思われる。

そもそも、スマートシティには、「都市OS」という考え方があるわけだが、具体的になにかあるとすれば、FIWAREと呼ばれている、情報システムのプラットフォームがあるくらいだ。

このプラットフォームも、データを収集しやすくなっていたり、アプリケーションが作りやすくなっているという側面はあるものの、「こうすれば街が発展する」という、勝ちパターンが搭載されているわけではない。

トロントで成功を納めることができれば、そのプラットフォームというか、そのモデルは世界的にも注目を集め、活用したいという都市が増えることは間違いがない。

このノウハウでビジネスをしようと考えた、サイドウォーク・ラボは、Android OSを世界に広めたGoogleと同じことを都市でやろうとしているのだ。

スマートシティにおいて、データ収集は悪なのか? ートロントとサイドウォーク・ラボが失敗したワケ
1,524ページにものぼる計画書には、どうやって街を発展させるか、どういう思想で街を作るのか、ということが細かく書かれている(出典:Quayside)

計画が終わると次は、「不動産開発の段階」となる。キーサイド計画のような、計画が明確になると、実際に用地取得を行い、街のインフラを作り、建物を立てていく必要があるのだ。

トロントの場合、もともと荒れ果てた土地であった、ウォーターフロントに対する、開発負担金と固定資産税収入の増加分、つまり街が開発されることで、不動産価値が上がり、街は税収をえることになるわけだが、この税収増加分を分配してほしいという事になる。

開発負担金というのは聞き慣れないと思うが、要は土地の価値が上がった時に、もともとそこに住んでいた人が固定資産税などで苦しまなくて良い様に、開発業者から開発負担金という形で税収として得ているのだ。

この増加分をトロントウォーターフロントや自治体と按分しようという考え方だ。

こうして街が立ち上がると、「インフラの運営・管理段階」に入るわけだが、インフラは高度なデジタル技術で運営されることになるので、そのマネジメントフィーを収益としていくのだ。

トロントにおけるアプローチ


スマートシティにおいて、データ収集は悪なのか? ートロントとサイドウォーク・ラボが失敗したワケ
初めは、トロントにおける一部の地域の再開発プロジェクトだった。(出典:Quayside)

もともと、このプロジェクトは、トロントがウォータフロントの再開発を行う計画を立てていて、その資金調達とパートナー選定のタイミングで、サイドウォーク・ラボが合流した形となっている。

まず、ファーストステップとしては「キーサイト」と呼ばれる、5ヘクタールの敷地を開発する。そして「リバーサイト」と呼ばれる65ヘクタールの敷地を開発する計画となっていた。

Googleは、ヴィラーズ・ウエストと呼ばれるエリアにカナダ本社を設置。他にも研究機関やスタートアップを集めるエリアとし、Googleが資金を投じることで、都市イノベーションのための民間プラットフォームを構築する、という計画になっていた。

スマートシティにおいて、データ収集は悪なのか?

ところで、トロントの事例では、データ収集が計画当初より大きな問題となり、結果的に実現できなかったとされるわけだが、果たしてデータ収集は悪なのだろうか?

データを収集されるというと、すぐに「人間」に関するデータを収集するとなってしまうが、街全体を効率化し、環境問題を解決し、持続可能な街を作るのに、必要なデータは、何も人間に関するデータだけではない。

むしろ、人間に注目する理由は、街で暮らす人がより快適にするにはどうするべきなのかをデータから読み解こうとする取り組みであって、不要なのであれば、無理に取得する必要はない。

しかし、地球規模で問題となっている持続可能性に関する取り組みは、解決する必要があるのではないだろうか。

トロントに限らず、さまざまな「大掛かりな」スマートシティへの取り組みが、世界各地で行われている。

しかし、どの取り組みも「これ」といった成果が出ていない様に感じる。

むしろ、バルセロナ市のようにテクノロジーを部分的に活用したくらいのほうが、渋滞解消など社会問題を解決しているようにも見える。

スマートシティには、ゼロから作る「グリーンフィールド型」と、既存の街をスマートにする「ブラウンフィールド型」が存在していて、トロントでの取り組みは、「グリーンフィールド型」と言える。日本でのこの手の例としては、富士山の裾野にトヨタがつくる、WOVEN CITYがこれにあたる。

ゼロベースで作ると、コンセプトは人を中心に考えているにもかかわらず、出来上がってくる街は、どこかやりすぎ感のあるものとなっている場合がある。

トロントの例を見ても、道路を時間帯によって変化させる必要なんてあるのだろうかと思う。

六角形の可変の部品を並べて作る新しい考え方の道路は、実際にアスファルトで舗装するより、多額の費用が必要になることは言うまでもないし、この形態にすることで、クルマと人が混在する状態が生まれ、その結果起きた事故をどう考えるかと言うことも決める必要がある。

こういう、これまで長い歴史の中で慣れ親しんできた、街のあり方を、概念レベルで大きく覆すのであれば、私はいっそ、人しか歩かないレイヤーと、車しか走らないレイヤーを分けてしまう、といったところまで踏み込むことが重要だと常々主張している。

実際トロントやWOVEN CITYの場合でも、そういった地下道路を利用する取り組みは考えられているし、そうすることで人が行き交うエリアと、物流など効率を重視するエリアを分離することをイメージしている。

スマートシティにおいて、データ収集は悪なのか? ートロントとサイドウォーク・ラボが失敗したワケ
物流ロボットなどは地下に配置し、歩行者ファーストの地上を邪魔しない様に設計。それと共に、CO2を撒き散らさない様にも配慮されている(出典:Quayside)

他にも、公園のベンチが何箇所かあって、ABテストをした結果、日当たりの良いベンチの方が利用されたので、ベンチは日当たりの良い場所に設置するといったことなどが企画されるが、正直そのためにコストを払って、センサーを取り付けて、やるのだろうかと思ってしまう。

現実的には、例えば災害対策などの別の重要な目的のために取得されたデータを、二次利用する形で、こういったデータの活用は進んでいくのではないかと思うのだ。

こういった社会問題に対応していくための、データの取得に関するメリットが大きいことは多くの人が理解していることだし、そこ自体に反対する人は少ない。

問題は、そのメリットを享受する取り組みへの予算がないことであったり、推進体制が自治体側にないことだといえる。

スマートシティに立ちはだかる自治体のデジタル音痴問題

新しい街をつくるのに、パートナーとなる企業から資本提供をしてもらいプロジェクトを進めるという考え方は、一見するとよくできた仕組みに感じるかもしれないが、もともとその土地で利権を得ていた人たちが、新規参入者(トロントの場合、サイドウォーク・ラボ)が、データを取得して、自分たちの手の届かないところで住民サービスを運営するということに、恐怖を感じてしまうのかもしれない。

未来の税収を前借りすることはできないので、どこかの企業の資本を入れながら新しい街をつくる道を模索する、という流れにならざるを得ない。その一方で、将来的にサイドウォーク・ラボのような、「とある企業」に搾取されることは許されない、と考えがちだ。

もし、そうなのだとしたら、自治体自体がデジタルリテラシを持ち、未来の街のビジョンを打ち立てる意外に、解決策はないと思われる。

日本は、特にデジタルへの取り組みが業者へ丸投げとなりがちだ。

これまでのような「デジタル化による作業の効率化」について取り組んでいるうちはよかった。

しかし、スマートシティは、街のあり方を再定義するものなので、デジタル音痴では計画すら作れないだろう。ぼんやりとやりたいことをイメージして、サプライヤーが提案してきたプランをみて、予算が合えば実施する、というくらいしかできない。

本当は、自らビジョンを持って街のあり方を定義し、そこに必要なサプライヤーを呼んでくるというアプローチが本当は必要なのだ。

GAFAが立ち上がり、あっという間に日本のIT産業は取り残されたわけだが、おなじことが自治体でも起きる可能性がある。

ちなみに、私は、GAFAといえど、自分たちの創意工夫だけでどうにかできるインターネットの世界と、すでに人が住んでいて、利害関係が存在する街への取り組みが、同じ様にうまくいくとは思っていない。

しかし、ある時、どこかの国で、彼らの最新技術を駆使した街をつくる都市が登場して、その結果、産業が発展し、外貨があつまるようなことが起きたら、むしろ、彼らの言いなりになるしかなくなるのではないかと懸念している。

スマートシティを考える街は、改めて自分が何をやりたいのか、どういうビジネスモデルを作り、誰とそれを進めるのかについて、考えることができなければ、「データ取得は許可できない」という言い訳に終始することになるだろう。

これからの街の運営は、高度なビジネススキルとデジタルスキルが必須になるのだ。