ボッシュ株式会社は、AIで環境をセンシングするMEMSガスセンサー「BME688」を開発した。BME688を使用することで、特定の複雑な環境を検知することができる。
更に、特定の環境を測定し、そのデータをもとに独自のアルゴリズムを生成することで、検知対象の環境をユーザーで変更することができるのだ。
本稿では、BME688の特徴とデモンストレーションについて紹介する。
「BME688」の特徴

「BME688」は、AIを活用し、特定の環境を検知することができるソリューションである。3×3×0.9(mm)の大きさのセンサーには、カスタマイズが可能なガスセンサーと温湿度センサー、気圧センサーの4種類の機能が実装されている。
ガスセンサーは、ボッシュが提供するAIアルゴリズムを学習できるソフトウェア「BME AI-Studio」を使用することで、多種多様なアプリケーションに適用することができる。
一般的な環境センサーとの大きな違いは、単一種類の気体を判別するのではなく、複数の気体が混ざった混合気体を検知することができるという点だ。これまで、特定の複雑な環境を検知するためには、単一気体を検知するセンサーを組み合わせることで検知を行う必要があった。しかし、BME688は、センサー1つで混合気体を検知できる。
更に、これまでの環境センサーが、空気の汚れなどの環境の変化を大きく検知してしまうのに対し、BME688は、より詳細な選択性を持たせることが可能になる。
例えば、冷蔵庫や食品倉庫で食物の腐敗を検知しようとした時に、これまでの環境センサーでは、食物どれかが腐敗しガスが出てしまうと、どのガスにも反応し検知してしまっていた。BME688を使用することで、食物の違いによる腐敗のガスの区別まで可能になるので、何の食物が腐敗しているかまでわかるようになるということだ。
また、BME688は、検知したいガスを他の意図的なガスから切り分けて検知することが可能だ。
近年は、新型コロナウイルス感染症の影響で、様々な場所に手指消毒用エタノールが設置されている。消毒するためにエタノールを噴射すると、周囲の環境には、エタノールが充満してしまう。最近では、環境センサーを使用して人の密集度を検知する取組が行われているが、消毒用のエタノールが充満することでうまく密集度が検知できなくなってしまう可能性があるそうだ。
「BME688」は予めエタノールを避けるようなアルゴリズムを作成することができるので、エタノールが充満する環境においても、エタノールを無視した検知が可能になるのだ。
想定される利用シーン

特定の環境を検知できるという特徴から、空気清浄機やエアコンなどの家電に搭載し利用するイメージは想像しやすいだろう。嫌な匂いを予め学習しておくことで、嫌な匂いが部屋に漂ったことを検知して家電を動かすということが可能になる。
その他のユースケースとして、ボッシュでは、
- 口臭チェック
- 山火事の検知
- 赤ちゃんや要介護高齢者のおむつの状態検知
- 食料品鮮度検知
などを想定しているという。
また、様々な分野の熟練の職人が、長年の経験の蓄積でしか会得できなかったノウハウを、BME688を活用することで継承できるようになるかもしれない。BME688が特定の環境を検知するという特徴を応用することで、同じ香りを再現できているかを確認することが、ノウハウや経験がない人でもできるようになるだろう。
その他、匂いやガスを検知するシチュエーションは幅広く存在するだろうから、これらのユースケース以外にも、様々な用途で活用できるだろう。
アルゴリズムを学習するためのソフトウェア「BME AI-Studio」

「BME AI-Studio(以下、AI-Studio)」は、ユーザーが検知したい環境をAI-Studioに機械学習させることで、特定の環境を検知するアルゴリズムを自動生成するAIソフトウェアである。フリーのソフトウェアで、ボッシュのホームページからダウンロードできる。
AI-Studioを使ってアルゴリズムを生成するためには、測定データが必要だ。データを測定するのに適しているのは、ボッシュが提供している「BME688 Development kit」である。同キットには、BME688が8個搭載されており、センサー1つでデータの測定を行うよりも、効率よくデータ測定を行うことができるそうだ。測定したデータは数値データとして同キットに挿入できるSDカードに保存される。
測定時には、センサー内部の感応部の温度を上げたり下げたりすることで、感応部へのガスの吸着具合による電気抵抗値の変化を測定している。
アルゴリズムを生成するためには、検出したい環境と、通常の空気を測定する必要がある。検出したい環境と通常の空気を交互に30分ずつ測定していくイメージだ。
測定したデータをAI-Studioにアップロードし、測定データに対し、どのような環境を測定したデータであるかというクラス分けを行う。AI-Studioは、最大で4種類(測定対象となる特定の環境3種類+通常の空気)の環境をクラス分けすることができる。つまり1つのアルゴリズムに対して、4種類の環境を検知できるということだ。
クラス分けを行ったあとは、ソフトウェア上でアルゴリズムの生成を選択すると機械学習を行い、アルゴリズムの自動生成が行われる。これだけで特定の環境を検知するためのアルゴリズムが作成できるのだ。
アルゴリズムには、測定データの結果から、特定の環境を検知するためにはどのように感応部の温度を上げたり下げたりすると良いのかということが含まれているという。

アルゴリズムの自動生成の結果は、AI-Studioで確認することができる。アルゴリズムが精度良くできているかを、別の測定データを使ってテストし確認することも可能だ。
実際にBME688の利用シーンでは、匂いやガスを検知するような最終製品に組み込まれることが想定される。量産品にAI-Studioで生成したアルゴリズムを実装するイメージだ。
それとは別に、BME688を使用してデモンストレーションを行い、匂いやガスに対する効果を確かめることもできる。
デモンストレーション

取材では、3種類のデモンストレーションを体験した。
デモンストレーションでは、小さいガラスケースの中にそれぞれ別の匂いを発する食品を入れ、小さいガラスケースの中の環境を検知できるかという内容で実施した。
今回のデモンストレーションでは、1つのBME688で検知を行っている。各環境を検知する為のスキャンは約10秒で完了する。
デモンストレーションには、評価キットである「BME688 Development kit」を使用しており、アルゴリズムを記録したSDカードを挿入することでアルゴリズムに応じた検知が可能になる。
チーズの種類を見分けて検知する

はじめに、ゴルゴンゾーラチーズとパルメザンチーズがそれぞれ入っている環境を検知するデモンストレーションを体験した。
検知には、予めゴルゴンゾーラチーズとパルメザンチーズ、通常の空気の3種類の測定データを使用して学習したアルゴリズムを使用している。
それぞれのチーズが入っている環境に評価キットを入れると、環境を検知し、ゴルゴンゾーラチーズとパルメザンチーズを検知することを確認できた。
赤ワインとバルサミコ酢を検知する
赤ワインとバルサミコ酢を分類するデモンストレーション動画。同じ環境にチーズが入っていても検知できていることがわかる。
続いて、赤ワインとバルサミコ酢を検知するデモンストレーションを体験した。このデモンストレーションでは、赤ワインとバルサミコ酢、通常の空気という3種類の環境を測定し学習させたアルゴリズムを使用している。
検知したい環境を変えるためには、SDカードに別のアルゴリズムを書き込むことで、異なる検知を行うことが可能だ。
赤ワインとバルサミコ酢が注がれたグラスを用意し、評価キットをそれぞれに近づけることで検知できることが確認できた。ある程度、液体から評価キットを離すと通常の空気として検知した。
アルゴリズムを変更することで、チーズを検知したときと同じような評価キットでも、赤ワインとバルサミコ酢の違いを検知することを確認できた。
ゴルゴンゾーラチーズが入っている状態でも赤ワインとバルサミコ酢を検知する
更に、ゴルゴンゾーラチーズが入っている環境でも、赤ワインとバルサミコ酢を検知できるかというデモンストレーションを行った。
通常のアナログな環境センサーだと、ガスが出ているということを大きく検知してしまうため、同じ環境にゴルゴンゾーラチーズのような匂いの強いものがある場合、検知の邪魔になってしまう可能性がある。
このデモンストレーションでは、ゴルゴンゾーラチーズを検知対象としないために、赤ワインだけが入っている環境の他に、赤ワインとゴルゴンゾーラチーズが入っている環境も赤ワインの環境であるとラベル付けしてアルゴリズムの生成を行っている。バルサミコ酢も同様で、更に通常の空気には、ゴルゴンゾーラチーズのみが含まれている環境の測定データをラベル付けしている。
こうすることで、ゴルゴンゾーラチーズによる環境の変化を含んだ状態での、赤ワイン、バルサミコ酢、通常の空気という3種類の環境を検知できるアルゴリズムを学習しているということだ。
実際に、ゴルゴンゾーラチーズだけが入っている環境、ゴルゴンゾーラチーズと赤ワインの環境、ゴルゴンゾーラチーズとバルサミコ酢が入っている環境をそれぞれ検知し、通常の空気、赤ワイン、バルサミコ酢と検知することを確認できた。
このように、BME688は、アルゴリズムを学習するために必要なデータを測定する際に、検知に含みたくないガスを通常の空気として測定するなどの工夫をすることで、特定の環境のみを測定することが可能になるのだ。
実際にデモンストレーションを体験することで、人の嗅覚と頭脳を同時に代替できていると感じることができた。いくつかのガスなどの要因によってできている複雑な環境を検知することで、人間と同じような感覚で、「前に嗅いだことがある匂いだ」というように環境の検知ができていると感じた。
利用者がそれぞれの生活の中で、曖昧な環境を検知することができるので、より暮らしの中に溶け込んで利用されていくのではないかと期待できる。
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大学卒業後、メーカーに勤務。生産技術職として新規ラインの立ち上げや、工場内のカイゼン業務に携わる。2019年7月に入社し、製造業を中心としたIoTの可能性について探求中。