すべてのモノがつながるIoTの世界では、「電気」が欠かせない。
どんなにスマートなデバイスをつくっても、電気がなければ動かない。電気を得るには電池がいるが、電池には寿命がある。固定された電源を使おうとすると、場所が限られる。IoTの実装において、電気の問題はどこまでもつきまとってくる。
そもそも、電気とは何だろうか。スマートフォンやパソコンのバッテリー、電源ケーブル、スイッチをおすと作動する機械や照明、夜のイルミネーション、発電所といった、私たちの目に見える用途や場面がイメージされるかもしれない。しかし、これらは電気のほんの一部の姿に過ぎない。
電気は、「電子」のやりとり(酸化還元反応)が行われるさまざまな場所で発生している。植物の光合成、微生物の代謝、金属が酸化するとき、私たちの脳の神経ネットワーク—。私たちの目には見えない“小さな電力市場”が世界にはひろがっている。
そんな小さな電気を生かして、私たちの生活や仕事に活用できたら、社会はどう変わるだろうか?
エイブリック株式会社は、これまで捨てられていた小さな電力を蓄積・濃縮して、無線通信を実現する技術「CLEAN-Boost」を提案している。赤ちゃんの尿で発生するわずかな電気で無線通信を可能にする「おむつ用発電センサ」や水道管の「水漏れ検知」(大成建設と共同開発)などの実証実験が始まっている。
エイブリックは時計のSEIKOブランドでおなじみの、セイコーインスツル株式会社から分社したアナログ半導体専業メーカーだ。SEIKOのルーツである「クオーツ時計」のコア技術を活かし、IoT向けソリューションで打って出ようとしている。
このほど、「CLEAN-Boost」の詳細について、同社CEOオフィス ビジネス・ディベロップメントユニット ジェネラルマネージャー 武内勇介博士、宇都宮文靖博士、スペシャリスト 山﨑太郎氏の3名に話を伺った(聞き手:IoTNEWS生活環境創造室長 吉田健太郎)。
1. SEIKOのアナログ半導体メーカーとして分社
まず、エイブリック株式会社(ABLIC)の事業について説明しよう。2016年1月、セイコーインスツル株式会社から、アナログ半導体の専業メーカーとしてエスエスアイ・セミコンダクタ株式会社が分社した。そこから社名変更を行い、2018年1月に誕生したのがエイブリック株式会社である。社員は連結で 948名(2018年3月31日時点)。国外にも北米、ヨーロッパ、アジアに拠点を持ち、グローバルに事業を展開している。
同社のコア技術は、「クオーツ時計」にある。現在、時計のしくみとして最も一般的なクオーツを実装するには、昔はロッカーほどの大きさが必要だった。SEIKOでは今から約40年前、そのクオーツの機構を「腕時計サイズ」まで小型化し、僅かな電力で正確に時を刻む技術を開発。そこで使われたのが、「CMOS IC」と呼ばれる半導体の技術だった。
エイブリックが得意とする「アナログ半導体」とは、連続する信号(アナログ信号)をあつかう半導体製品だ。1秒ごとなど不連続にデータ(信号)を送る「デジタル半導体」に対して、アナログ半導体はたえず信号を送り続ける。その用途としては、時計やヒトの心拍の信号など、生活や自然の中にあるリアルな動きの検出や制御を行う。
時計の開発に端を発した同社のアナログ半導体は、今では電気で動くデバイスの「制御」「記憶」「計時」「センシング」などの目的に応じて、さまざまな用途で展開されている。その領域は、スマートフォンやパソコンに欠かせない電源用IC(集積回路)、車載IC、各種センサ、メモリなど多岐にわたる。この分野における車載ICのシェアは日本でトップレベル。電源用ICは、ほぼすべてのメーカーのスマートフォンに搭載されている。
こうしたクオーツ時計の開発で培った、デバイスを僅かな電力で緻密に動かすアナログ半導体の技術が、「CLEAN-Boost」のベースになっているのだ。
無料メルマガ会員に登録しませんか?
技術・科学系ライター。修士(応用化学)。石油メーカー勤務を経て、2017年よりライターとして活動。科学雑誌などにも寄稿している。