産業用にも広がるRaspberry Pi、開発者Eben Upton氏 来日インタビュー

2015年、IoTNEWS技術部が「Raspberry Piで音声認識する人工知能をつくってみる」という記事を書いたところ、非常に大きな反響を得た。様々なプロトタイプや製品にRaspberry Piが使われていることは言うまでもないだろう。

2016年の年末、Raspberry Pi財団創設者であり、Raspberry Piの開発者であるEben Upton(エベン・アプトン)氏が来日し、IoTNEWSではインタビューの機会を得ることができた。Raspberry Piの販売代理店であるアールエスコンポーネンツ株式会社 ヘッド オブ プロダクト&サプライヤー マネジメント ジャパン 竹内 貴氏の話とともにお届けする。

 
-アールエスコンポーネンツ社について教えてください。

竹内氏: 弊社アールエスコンポーネンツはRaspberry Pi財団と、製造に関する権利および販売に関する権利というのを契約で結んでおり、2012年からRaspberry Piを販売しております。Raspberry Piとこのような契約をしているのは、世界にアールエスコンポーネンツともう一社のみで、2016年の4月にRaspberry Pi3を販売し、非常に販売状況も好調な状況です。

アールエスコンポーネンツは、eコマースに力を入れている電気電子部品およびFA、産業用に使われるパーツの販売会社で、世界27か国に販売拠点を持っており、ユーザーは100万人を超えます。電気電子部品およびFAに関しての販売ネットワークを持っている商社としては、自己調査ですが2500以上のブランドを取り扱っているのはおそらく世界一かと思います。

eコマースに加えて、設計開発のエンジニアに最新製品情報を提供したり、エンジニア同士の意見交換を促進したりするためのDesignSpark(デザインスパーク)というサイトも運営しており、累計で約50万弱のエンジニア会員がいらっしゃり、毎年1万人以上増加し続けております。

Raspberry Piに関しては、マウス、ACアダプタ、キーボード、カバーが入っているトータルセットで、すぐにお客さまが使えるようなキットも販売しております。今後は教育用のプログラミングに対応する製品のリリースも計画しています。そして今後はコンシューマ市場から、産業用の用途に使われると考えています。

産業用にも広がるRaspberry Pi、開発者Eben Upton氏 来日インタビュー
アールエスコンポーネンツ株式会社 ヘッド オブ プロダクト&サプライヤー マネジメント ジャパン 竹内 貴氏

 
-現在、Raspberry Piは産業用にも利用されていますか?

Eben氏(以下、Eben): Raspberry Piは、2016年10月末までの1年間で400万台売れましたが、そのうちの200万台が産業用に使われています。これは非常に興味深い動きです。

今言ったのは推計値ですが、どういうふうに推計するかと言いますと私どもはボリュームを見ます。ひとつ買う人は個人用で使う人が多いと思いますが、何千という単位で買う人は2つのパターンがあり、ひとつは再販用に買っている人たちであるか、産業用としか考えられません。

ただ問題は、産業用途での購入はあまりにもスタンダートな製品になってしまったので、皆さん宣伝してくれないのです。Raspberry Piは産業用に使われているということが実際よくわかってないのですけども、いくつか例がありますのでお話いたします。

最近ではよく使われるのがデジタルサイネージです。ポルトガルの郵便局が彼らのデジタルサイネージに使ってくださっています。それからしばしばあるのが放送局です。彼らのテレビスタジオの中でその時の時間ですとか、ステータスとかをモニターするための装置としてRaspberry Piを使ってくださっています。

次に、私どもの事業として市場でも大きく伸びているのは、NECとのコラボレーションで、NECの大型ディスプレイ部門との協業によってRaspberry Piを組み込みます。2017年1月からNEC製の42インチから98インチくらいまでの大きさのテレビの裏にソケットがありまして、そこにアールエスコンポーネンツさんの協力によってソケットを組み込んでいただければ統合した形でコンピューティングが使えるということになります。
あとよくあるのが、そういった会社さんが私どもに「アシスタンスを提供してくれ」とおっしゃいます。つまりその適合性は私どもの製品はあるのですけど、彼らの方の製品に適合性がない場合に、われわれがヘルプするということをやっております。

そのいい例がとある空調機器を作っている会社です。空調機器にRaspberry Piをつけて、イーサネットでネットワークを使えるということでインターネットに対応できます。

大変なのは200万人のお客さまがいらっしゃると、その90パーセントくらいはどのように利用しているかというところは把握できない、というところはわれわれの悩みです。

左:IoTNEWS代表 小泉耕二/右手前:Raspberry Pi財団創設者・開発者 Eben Upton(エベン・アプトン)氏
左:IoTNEWS代表 小泉耕二/右手前:Raspberry Pi財団創設者・開発者 Eben Upton(エベン・アプトン)氏

 
- Raspberry Piは柔軟性がすごく高いので、用途がわからないのもうなずけます。日本の市場についてはどのようにお考えですか。

Eben: 3年前になりますが、2013年にアールエスコンポーネンツの皆さまとセールスイベントをしたのが実は日本で、それが私どもの海外初のセールスイベントでした。なぜ日本に注目したかと言いますと、イギリス出身のわれわれは構造的に日本のことをよくわかっていて、知悉しているマーケットだからです。

日本には「エレクトロニクスのホビースト(hobbyist)」と言われる人たちがたくさんいて、プロフェッショナルな会社で働きながら親としても教育熱心であると。ホビーストは親であったり、先生であったり、ボランティアとしても啓蒙する人たちです。またプロのエンジニアの人たちもいますので、その人たちが上司に「新しいプロダクトを作れ」と言われた時に自分の趣味で知っているわれわれの製品を活用しようと考える人もいます。

そういった意味で非常に日本は魅力的なマーケットでした。イギリスと並んで、世界の他のどの国に比べても日本はエレクトロニクスに対する熱意があると感じています。それは秋葉原という町を歩いていてもわかります。

ホビーストに取り組んだのが1年目の2013年。そこから時間をかけてどんどんマーケットが成熟して、イギリスと同じように産業用にも広がっています。

 
- 日本でIoTが盛り上がりだしたのが2014年ごろです。そのころインターネットエンジニアがRaspberry Piにすごく興味を持っており、それは「プログラムがしやすいから」という理由からでした。

Eben: まだIoTは黎明期に過ぎないと感じています。実はIoTの意味も理解しきってないし、何がキラーアプリケーションになるかということもまだ十分理解されてないと思います。やはり根本的にコンシューマ用のIoTというのは人間の数に制約されますので、それだけで制約があります。それに対して、産業用の方は非常に規模感も大きいし潜在的に与えるインパクトも巨大です。特にコンシューマの方は、形、フォームファクターが小さくなきゃいけないし、個人で買うわけですから安くなきゃいけない。対してRaspberry Piは産業用に対応できるということが非常に大きな違いなのではないかと思います。

われわれが気にしなきゃいけないのは投資に対する利益率ROIだけです。そこの議論ができるところで、例えば10セントじゃなきゃいけないという話はないし、100ドルで、お客さまと50ドルずつ分けることもできるわけですね。ですから、産業用にRaspberry Piが200万台売れたということは大きな需要があるということです。そして私どもは産業用をInternet of Big Thingsと呼んでいます。

産業用にも広がるRaspberry Pi、開発者Eben Upton氏 来日インタビュー
Raspberry Pi財団創設者・開発者 Eben Upton(エベン・アプトン)氏
 
- 産業用で使うと高い温度や低い温度に耐えなければいけない面もありますが、ハードウェア面のサポートはあるのでしょうか?

Eben: もともと使っていたシリコンがPCM2835という製品なのですが、これはマイナス40からプラス125までの耐性があり極度の温度に対応する製品です。しかし製品によって少し違いますので、85度以内で使っていただくことをレコメンドしています。オプションとして別のメモリーでより広い温度帯をサポートするということも可能にしていますが、産業用で大体の場合はマイナス40からプラス85で十分です。

種類は3つありまして、85度は普通のインダストリアル用です。105度というのがエクステンデットインダストリアルと呼ばれているもので、125度というのが自動車用のオートモデル。自動車用は私どもやっていませんが。それからチップとしてはネットワークチップとメモリーチップで対応していますけども、それ以外にもオプションで、そのエクステンデットインダストリアルを対応できるようになっています。

あと本当に過酷な環境ではより強固に使えるものとして、パートナーの皆さんと産業用エンクロージャーを作ったり、あるいは強固なESDを作ったりして対応しています。基本的にはなるべくスタンダートな製品にして、SKUの数を増やさないようにしています。バリエーションが少なければ少ないほど効率は高まります。

 
- ところで、EbenさんはなぜRaspberry Piを作ろうと思われたのでしょうか?

Eben: 今はほとんど忘れてしまったのですが、というのは冗談で(笑)、私が子供のころ英国放送協会のBBCマイクロコンピュータを220ポンドで買い、そのうちに自分でプログラミングできるようになっていました。

18歳になってケンブリッジのコンピュータサイエンス学科に入りましたが、私みたいなプログラミングをしてきた学生がたくさん目指すので、入学するのは非常に大変でした。日本と似ていますよね。MSXやシャープのX68000などそういったマシンがたくさん世の中にあった時代です。

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それから長い間経って、2006年からその12年後にケンブリッジで教え始めるようになったのです。でもその時にはコンピュータサイエンスを目指す人がいなくなってしまいました。なぜかというとBBCやMSXみたいなマシンがもうなくなってしまって、SEGAや任天堂、Xboxなど、非常にパワフルだけど、プログラミングを必要としない製品を使うようになったからです。

なぜ最初のRaspberry Piを作ったかと言いますと、80年代風のマシンで小さいものもう一度作りたいと思ったからです。それによってまた皆さんの興味関心に火をつけ、プログラミングやコンピュータサイエンスの世界に戻ってきてくれるのではないか、ということを考えました。

最初はおもちゃを作ったのです。私どもは非常にプロフェッショナルに取り組みました。
そして驚いたことに十分に良いおもちゃを作ればそれが産業用途にも拡大できることがよくわかりました。

 
-タイミングもいいですね。

Eben: 私はビジネスカンファレンスなどで「Raspberry Piの成功要因を話してくれ」と言われることがよくあります。そこで良い話ができればいいのですが、本当に単純に幸運に恵まれたのです。

そしてその幸運を最大限に活用したとしか言えないのです。もちろんプロフェッショナルな取り組みはしたけれど、一番大きな要因となったのは運だと思います。

 
-日本のRaspberry Piのファンへメッセージをいただけますか。

Eben: 皆さんRaspberry Piを使って、私どもがびっくりするような色んなことをされます。日本に何回も戻ってくるのはそういったクリエイティビティが素晴らしいからです。もちろんテクニカルに技術品や複雑性についても感銘を受けるのですけども、やっぱり一番なのはクリエイティビティです。

非常に素晴らしい事例をご紹介します。キュウリを栽培している日本農家の息子さんの話なのですが、この方のお母さんが毎日毎日キュウリを仕分けするのが非常に大変だったそうです。日本ではキュウリに格がついているのですよね。それをGoogleのTensorFlowと機械的なソフトウェア、ハードウェアを使って、キュウリの幅や、緑の濃さ、どれだけまっすぐになっているかによって、色んなところに仕分けられるというものを作った人がいらっしゃいます。こういった信じられないことをどんどんやっていただければと思います。

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-最後に、今後について教えてください。

Eben: 3つ申し上げたいと思います。ひとつはソフトウェアの改善です。われわれはハードウェアの会社と思ってらっしゃる方が多くいると思いますが、どちらかと言うとソフトウェアの方がエンジニアの数も多いのです。Raspberry Pi4を2017年に出す予定は全くありませんので、2016年2月に出た最新版から、2年間はハードウェアが安定することになります。

ですから、ソフトウェアの安定性、ソフトウェアの性能向上、そしてソフトウェアの使い勝手の向上、特に今IoT的な用途がわれわれの事業で大きな部分を占めるように成長してきていますので、IoTのアプリケーションにおける改善を図っていきたいと思います。

つい最近もIoTのハードウェアを作っているパーティクルという会社の製品にソフトウェアを統合して、Raspberry Piでネットにつなげるということを可能にすることを提供しました。このような提携をアールエスコンポーネンツさんの間と私どもでもいろいろ考えていきたいと思います。

それから最後にコンピュータモジュールです。これは大きな大型テレビ用ですが、小型のものでもいろいろなことができる能力なのです。これがRaspberry Piの脳のところ、ブレーンです。

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今のコンピュータモジュールはRaspberry Pi1をベースにしているのですけども、これはジェネレーション2。これはRaspberry Pi3のプラットフォームのアダプテーションですので、ハードウェアとして新しいということではないです。

コンピュータモジュールは私どもにとって非常に重要です。と言いますのもIoTアプリケーションで、プロトタイピングをするためにRaspberry Piを使う人が多いからです。

皆さんこのようなハシゴみたいなことをやりたいわけです(下記、手書きの図)。一番下にひとつのユニットがあって、この次が100ユニット、次が1000ユニット。100、1000、1万、10万、100万ですね。

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この階段を上がっていくと、Raspberry Piを使わなくなってしまうケースがたまにあると思うのですけど、これぐらいの発注をする方もいるわけです。

ただ、これが上がってくるとわれわれは失注する可能性も上がります。これぐらいの人になるとコストについても非常に敏感になるし、あるいは自分が使ってない機能に関してはうるさくなったり、あるいはフォームファクター、形状についても非常にうるさくなったりします。われわれはこれを全てカバーしたいのです。

この辺についてはコンピュータモジュールを使って対応していきたいと考えています。トップエンドの場合はカスタマイゼーションという、別のソリューションが考えられるかと思います。ですから、これは全てをカバーしたいということで、仮にここでスタートしたお客さまがここで終わってしまったとしても、やっぱりそこでは皆さんが安心して登れるようにしたいのです。

例えばここの一番上の横棒がなかったら、皆さん端っこは登りません。ですからそのボリュームが大きくなったときに、アールエスコンポーネンツさんを通じてちゃんとしたものが提供されるということに対して彼らがしっかり認識してくだされば、はしごを登ってくれるのではないかと思います。

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Raspberry Pi財団創設者・開発者 Eben Upton(エベン・アプトン)氏

 
-本日はありがとうございました。

【関連リンク】
アールエスコンポーネンツ/Raspberry Pi

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