年1万件の紙文書削減が待ったなし 「ペーパーゼロ」に挑んだ決裁申請システム開発―兼松インタビュー

企業:

電子・デバイス、食料、鉄鋼・素材・プラント、車両・航空など幅広い製品やサービスを扱う総合商社の兼松。

同社は以前、決裁申請書を紙面と捺印で回覧。また、経営層の会議でもPDF化した紙の申請書をPCで見ながら議論するといった、紙が主体の業務が効率化や意思決定の妨げとなっていた。この状況を打破すべく、同社では社内の決裁申請書の電子化を決め、社内プロジェクトを立ち上げ取り組みに着手した。

「HI-MAWARI(ひまわり)」と命名したシステムを、NTTデータイントラマートの「Intra-mart」をプラットフォームに採用し開発。2020年11月に決裁申請のワークフローシステム、2021年4月には会議用システムをリリースし、社内決裁手続きの起案から経営層の会議までを完全デジタル化し、紙文書“ゼロ”を実現した。

「HI-MAWARI」は、どのように開発されたのか。その背景やシステムの特長、現在の状況などについて、プロジェクトマネージャーのIT企画部第二課長の寺内容子氏、プロジェクトリーダーのIT企画部第二課の宮内桃子氏、システムの保守・メンテナンスを担当するIT企画部第二課の北村祥之氏に聞いた。(聞き手:IoTNEWS 田宮彰仁)

年間7000から1万件の書面で運用されていた決裁申請書

IoTNEWS 田宮彰仁(以下、田宮):まずは「HI-MAWARI」を開発した背景や経緯を教えてください。

IT企画部第二課長 寺内容子氏(以下、寺内):「HI-MAWARI」を開発した背景は3つあります。1つ目は、以前は紙の書面で運用されていた「決裁申請書」と呼ばれる、つまり稟議書が年間7000から1万件ほどの数があり、紙が山のようになっていて業務の効率化を阻害していたことです。

2つ目は2018年頃から社内で働き方改革の取り組みで、電子化の議論が本格化してきたことがあります。ここで、働き方を大きく変えて紙を減らそうということが打ち出されました。3つ目は、2019年10月に2022年の本社移転が発表され、新本社では書類倉庫は大幅に減らすことになり、紙の削減が待ったなしになりました。

こうしたことから、大量に印刷されていた紙の決裁書を減らすべく取り組みを始めたわけです。

IT企画部第二課 宮内桃子氏(以下、宮内):決裁申請書のデジタル化では、谷川薫社長(当時、現会長)から「ペーパーレスじゃなくてペーパー“ゼロ”だ」と言われていました。

また、デジタル化した申請書は「ニュースアプリをスマートフォンで見るように案件の内容をサクサク閲覧できるようにデザインや操作性の優れたシステムを作ってほしい。単純にPDFを開くだけ、リンクを張るだけではダメだ」という要望もありました。

田宮:そうした背景からシステム開発に取り組まれたわけですが、その中で何が課題になったのでしょうか?

寺内:システム開発での課題は2つありました。1つは「複雑なフローや承認パターン」、もう1つが今、宮内が話した「経営トップのユーザーインターフェイス(UI)へのこだわり」です。

IT企画部第二課長 寺内容子氏
IT企画部第二課長 寺内容子氏

寺内:「複雑なフローや承認パターン」についてですが、当社がこれまで決裁申請書を電子化できなかったのは、社内で色々な規程と運用があり、それが不透明であったことが理由です。具体的には、複雑極まりない権限委譲、申請パターン、審議部の組み合わせです。

また、書類ごとに特例注記や但し書きが数々あり、それをシステムで分岐しようとすると3000パターン以上になってしまいました。さらに、規程にはない運用の裏ルールなども存在していたのです。一番目の課題では、こうした背景があり、システム化のハードルが高かったわけです。

USMで複雑なフローや承認パターンを洗い出しシステムの核を固める

田宮:この課題にはどう取り組んだのですか。

宮内:IT企画部だけではなかなか全体像が見えてこなかったので、実際に主務や審議を担当している職能部門の各担当者らと話をしました。しかし、各部署では当然自分の持ち場のことしか見えておらず議論が局地的になってしまう恐れがありました。

USMのイメージ
USMのイメージ
USM作業の様子(2019年12月頃に撮影)
USM作業の様子(2019年12月頃に撮影)

宮内:そこで、「ユーザーストーリーマッピング(USM)」(ユーザーストーリーをふせん紙などに書き出し、時系列と優先度に沿ってマッピングする手法)という方法を使って、「ペルソナ」「時系列」「優先順位」で整理して業務フローの見える化を行いました。この作業では、毎日2時間、合計2か月かけて、それぞれをアナログ的に付箋へ書き出していきました。ここで整理した内容が後のRFP(提案依頼書)での明確な要求事項につながりました。

IT企画部第二課 宮内桃子氏
IT企画部第二課 宮内桃子氏

田宮:UIの対応については?

宮内:まず、CMS(コンテンツマネジメントシステム)のワードプレスで経営会議、取締役会で利用する閲覧システム作成のPoC(概念実証)を行いました。ここではユーザーにHTML形式で申請を書いてもらう検証をしたのですが、それではハードルが高すぎることがわかりました。

寺内:こうした取り組みを経て、1つめの課題では、承認フローの全自動化は難しく、フローを途中で動的に変更できる仕組みが必要と考えました。2つ目の課題については、ニュースアプリのようなUIのイメージをつかむことはできましたが、ワードプレスのままでは、ワークフローとシームレスなデータ連携は難しいとわかったのです。だから、この2つに対応できるワークフロー製品をシステム開発では求めました。

宮内:その中で、NTTデータイントラマートの「Intra-mart」が、この課題をクリアできる製品ということが分かり、採用しました。

田宮:開発は、どのようなスケジュールで進めたのですか。

寺内: 2019年秋にPoCとUSMを開始して、2020年4月にベンダーが決まって開発がスタートしました。ただその頃、新型コロナウイルス感染症が拡大し、ベンダーとの打ち合わせは全てオンラインになりました。リリースの目標時期が2020年11月だったので、とにかく時間が重要でした。

宮内:振り返ると結構な短期間での開発になりました。ただ、USMでやりたいこと、兼松の要件が明確になっていたことと、打ち合わせがオンラインになって、ベンダーの人たちも対面での打ち合わせで発生する移動時間などの時間のロスがなくなり、その分、開発に集中してもらえたことで、スムーズに進めることができました。

また、社長案件だったことでシステム開発をより強固に推進できたと思います。社長は電子・デバイス部門の出身でITにも関心があり、「なぜシステム化できないのか」と常々言っていました。そのため、トップダウンということで社内からの協力が得やすかったと思います。

フローだけを固定化し柔軟性を確保、テンプレート・リッチテキストで入力漏れを防止

田宮:完成したシステムの特長を教えてください。

寺内:私たちは、開発したシステムを「HI-MAWARI(ひまわり)」と名付けました。「HI」は「高速」、「MAWARI」は「回り」で、決裁申請書が高速で回覧されることをイメージしています。

決裁申請のワークフロー図
決裁申請のワークフロー図

寺内:「HI-MAWARI」は、決裁申請システムと電子会議システム「HI-Meetings」で構成しています。まず、決裁申請システムは、当社の職務権限規程の記載されている514の決裁パターンに対応しています。課題のところでも話しましたが、複雑なフローや承認パターンに対応するため、システムはフローの手順だけを固定化しました。

当社には案件ごとに受付を行う「主務」という部門があります。この主務部をコントロールポイントに置き、項番に応じた基本の申請フローに対して、審議部門の追加や決裁者や報告先の振替などが行えるようにすることで、システムのフローに柔軟性を持たせました。その結果、3000以上あった決裁パターンを集約でき、手続きのフローを全て吸収することができました。

宮内:また、全てを自動化しなかったことで、主務部にある程度、判断が委ねられるようにもなりました。例えば「この内容であれば、決裁者は社長ではなく、経営会議にはかろう」という判断があった場合でもフレキシブルに対応できるようになっています。

寺内:申請書は、必要項目を記載したテンプレートを用意して、簡単に必要な内容を入力できるようにしました。申請本文はリッチテキスト機能を導入することで、文字の書式設定の変更や表、画像の挿入ができるようにしています。こうすることで、申請する人が必要な事項を漏れなく入力できるようにしました。

「HI-Meeting」の画面
「HI-Meeting」の画面

IT企画部第二課 北村祥之氏(以下、北村):UIの要望を実現したのが、会議用の閲覧システム「HI-Meeting」です。ニュースアプリのようなUIを採用しており、タブレット端末で見やすい仕様にしています。

それまでは経営会議や取締役会では、事務局が紙の申請書類をいったん全てPDF化しファイルサーバーにアップロードして、会議参加者はPCで、そのPDFの申請書を閲覧していました。また、内容によってはそれを再度紙に印刷して手元に置いていました。このシステムによって、決裁者がタブレット1つで操作に気を取られずに申請内容に集中できるようになったと思います。

寺内:さらに、決裁が完了した申請書と添付ファイルをPDF化してクラウドサービスの「Box」に自動でアーカイブされるようにしました。ここでは権限に応じて閲覧できるファイルが分けられています。

田宮:システムの導入で紙が主体だった頃と比べて便利になったと実感したことはありますか。

北村:書類を保存する手間と労力がなくなりました。また、Boxにアーカイブしたことで過去の書類を探すスピードも格段に速くなりました。さらに、書類の機密性も高まったと思います。

紙の書類の場合は、ファイルがロッカーに保存されていた場合、誰でも見ることができてしまう可能性があります。しかし、システムの保存では書類にアクセス制限をかけられるので、その書類の閲覧権限を持った人だけが見ることができます。

宮内:紙での保存では、一定期間が経つと倉庫に持って行ってしまうので、欲しい時に確認できませんでした。それが、システムによって見たいときに書類や過去の書類が見られるようになったことは大きいと思います。また、オンラインなので決裁者が社外からでも申請書を確認して承認ができるようになり、効率化が進んだと思っています。

システムはグループ会社にも提供、今後は伝票の電子化への展開も

田宮:システムが稼働して約2年半が経ちますが、現在の状況を教えてください。

寺内:書類の回覧のために担当者の席まで持ち運んだり、回覧中に書類の在処が分からなくなって探し回ったりということが、全くなくなりました。

宮内:肌感覚ですが、申請書の回覧スピードは前よりも早くなったと感じています。例えば決裁に二週間、三週間かかっていたものが、一週間ぐらいまでに縮まった例もあるかなと思います。また申請書は試算で年間40万枚の紙が使われていたのですが、それもなくなりオフィスがすっきりとしています。

北村:決裁者である役員層が、このシステムで承認することが当たり前になりました。その結果、役員から、紙で回っている社内のほかの申請書類についても「これを電子化してワークフローにできないのか?」という話が各部署で出るようになっています。システムを社員の皆が触れることで、業務効率化に対する意欲が高まっており、特に決裁者の中では相当高まっていると感じています。

IT企画部第二課 北村祥之氏
IT企画部第二課 北村祥之氏

北村:グループ会社への展開も始めています。今は、グループ会社の兼松食品と 新東亜交易が導入しています。この2社では兼松とほぼ同じ仕組みを使っています。

ただ、兼松にはない独自のルールが関係会社にはあったりするので、完全にそのままでシステムの移植はできませんでした。そのため、グループ会社何社かに決裁申請業務をヒアリングし、兼松の仕組みと異なる点を抽出。既存システムとのフィット&ギャップ分析を行い、各社の仕組みに応えられるようカスタマイズを加えたシステムを別途開発して、2社に提供しています。

この2社以外にも、兼松の職務権限規程を基に規程を整備したグループ会社は、システムの親和性が比較的高いので、グループへの展開は今後も行っていきたいと考えています。
田宮:最後に今後の取り組みについて教えてください。

宮内:当システムで採用した「Intra-mart」を使って別の社内の業務を電子化することを考えています。具体的には「伝票業務」です。当社は、各種伝票が紙で存在していて、これを完全電子化しようという動きを、まさに今やっているところです。

メインでやっているのは、請求書を受け取って支払いを起こすという社内業務です。請求書は、内容を人が目で読み解いて支払伝票の形に書き起こしているのですが、OCR(光学文字認識)を極力使って請求書の内容を読み込み、それを伝票の元情報にするという試みをしています。これは「Intra-mart」だけでは当然完結できないので、AI-OCRベンダーと取り組みを行っています。

田宮:今回は貴重なお話をありがとうございました。

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