企業が業務の目的達成に向け全体を見直し、再構築をする「業務改革」。この業務改革を実現する手法が「BPM(ビジネス・プロセス・マネジメント)」だ。BPMは、業務プロセスの可視化と再設計を行い、実施した内容をチェックし、問題があれば正して、継続的に改善を行っていくことを指す。
BPMには支えるソリューションとして「BPMS(ビジネスプロセス・マネジメント・システム、またはスイート)」がある。BPMSは「BPMN(ビジネスプロセスモデリング表記法、業務プロセスモデル図)」と呼ばれる、業務プロセスの手順をモデル化する機能を実装しており、このツールを活用してBPMを実現する。
このBPMSで草分け的な存在が、NTTデータ イントラマート。同社は、Business Process Automation Platform(ビジネス・プロセス・オートメーション・プラットフォーム)「intra-mart」を提供する。また、BPMとワークフローを中心に業務プロセスのデジタル化を実現する機能の提供と強化を積極的に行っている。
そこで今回、BPMの第一人者であるNTTデータ イントラマートの内田直知・経営戦略室 エグゼクティブプロデューサー イノベーション推進担当に、BPMの現状や学び方、企業の業務プロセスのDXなどについて聞いた。(聞き手:IoTNEWS 田宮彰仁)
内田直知氏 プロフィール
NTTデータ イントラマート 経営戦略室 エグゼクティブプロデューサー イノベーション推進担当1958年、福岡県生。商社、電機メーカー、製造メーカーで販売プロセスや製品開発、情報システム構築に従事。国内に加え、海外(APAC)の拠点での情報システム導入で豊富な経験を持つ。2016年、NTTデータ イントラマート入社。執行役員兼セールス&マーケティング本部副本部長などを経て現職。企業のイノベーション推進やビジネスプロセス改革を支援するとともに、BPMの国内の普及活動について精力的に取り組んでいる。慶應義塾大学大学院客員教授(BPM)。
業務プロセスのDXでは「顧客の喜びがどこにあるか」が重要
IoTNEWS 田宮彰仁(以下、田宮):まずはBPMの現状について教えてください。
経営戦略室エグゼクティブプロデューサー イノベーション推進担当 内田直知氏(以下、内田):最初にお話ししておきたいのは、日本は業務プロセスのデジタル化(デジタイゼーション・デジタライゼーション)で欧米とかなり差が付いてしまったということです。
日本はこれまで終身雇用、生活費のために残業するのも当然という文化でした。しかし、団塊の世代の引退なども含めた労働人口の減少、働き方改革による「残業をするな」という社会的な動き、終身雇用の崩壊などで、これまでの文化が通用しなくなってきており、欧米並みのシビアな労働環境に変わってきていると思います。
欧米では、こうした厳しい環境をITツールなどのデジタル化で対応しています。一方、日本はこの点で怖いくらいに遅れていました。しかし、労働市場の減少や、それに伴うビジネスの変化を受けて、日本も欧米と同じようにデジタル化の波が来て待ったなしの状態になっています。そのため、企業もようやく本格的に業務プロセスのデジタル化の取り組みを始めています。
それを実現する方法の一つが「BPM」です。そのための手法ともいえるのが「BPMN」になります。BPMNは「OMG(オブジェクトマネージメントグループ、オブジェクト指向の概念と技術を利用し、異なる機種でも統一したコンピューター操作の環境を実現する目的で発足された業界団体)が規定する国際標準です。そして、このBPMNも欧米の方が進んでいます。
例えば、ドイツでは多くの大学でBPMを教えていて、学生はBPMNを描くことができる。習得すれば資格として認められます。そして、学生が就職する際には資格としてアピールができる。そのため、企業にはビジネスプロセスを理解している人材と判断をしてもらえて、就職で優位に働くわけです。
また、BPMで使うBPMNですが、これは表記方法になります。そして、習得は、それほど難しいものではありません。私が客員教授として講義を受け持つ慶応義塾大学大学院では、2時間くらいで理解することができる学生もいました。だから、個人的には、ビジネスマンであれば、BPMNは絶対に読めるべきだとくらい思っています。
BPMは、まずは学問として日本で紹介されたと思います。それから、2000年代の初期にエンロン、ワールドコムといった企業の不正会計事件が起きました。これを機に米国では、2002年に財務報告で企業に内部統制を求める「SOX法(米国企業改革法)」が制定されました。
日本でもこの流れを受けて、「日本版SOX法」(「金融商品取引法」の一部で規定されている内部統制報告制度)の制定の取り組みが本格化し、注目されたことをきっかけに日本中でBPMNを使って業務プロセスを表記するモデリングのツールが多く採用されました。
その後、BPMNが独自フォーマットで使われ広がった時期があり、これらを踏まえると3回のブレイク期がありました。個人的には、DX(デジタルトランスフォーメーション)の潮流から業務プロセスのデジタル化が叫ばれ、「BPMが必要」と我々に相談してくる企業も増えてきていることから、今は4回目のブレイク期だと思っています。
田宮:企業の業務プロセスのDXについては、どう見ていますか?
内田:まず、私は全員がDXを行わなければいけないかというと、そうではないと思っています。実際、DXをしなくても、堅牢なビジネスをし続ける方々もいます。
一方、我々のお客様でいえば「何でもいいからDXをやりたい」という「目的のないDX」をやろうとしている企業と、「追い込まれ系DX」と呼んでいますが、「変わらないと、企業が死んでしまう」という企業がいます。
追い込まれている人たちは確かにDXが必要で、本当にやらなければいけない。また、社内のシステム化の比率を上げればDXだと思っている企業もいます。このようにDXに対する企業の考え方も様々です。だから、我々としては、どのようなお客様なのかを確認しながら対応しています。
企業は、ユーザーにそっぽを向かれるとおカネは入ってきません。そうならないためには、カスタマージャーニーを基にして「カスタマーエクスペリエンス(CX)」を高めるしかない。だから、私は、DXをやるときに、「本当にお客さんを見ていますか?」「カスタマージャーニーを見ていますか?」というところが一番重要だと思っています。
一方で、企業側の業務プロセスは従業員が行っています。しかし、やっているプロセスがバカバカしいものであれば、それを直さない限りは、従業員も一生懸命に取り組まないと思います。
例を挙げると、外国人が日本に来て、携帯電話を持たないとビジネスができないので、携帯電話会社に登録に行く。すると、やたらと書類に名前を書かされるので「なんだ、この国は。いったい何回名前を書かせるんだ」と思うわけです。そして、携帯電話がもらえるまでに早くて2時間、下手すると3時間ぐらいはかかる。さらに、本当に全部持って帰る必要あるのかというくらい袋の中に紙を一杯入れて渡されます。
お客様はみなさん、これをいいプロセスだとは思ってはいない。しかし、提供する側の携帯電話会社は、自分たちのリスクを全て説明するためにやっている。こうしたおかしいことをやっているのが現実だと私は思っています。なぜなら、海外では10分や20分で携帯電話をもらうことができる国があるわけですから。
こうしたことから、DXの取り組みで重要なのは「お客様の喜びはどこにあるのかを本当に見ているか」になると思います。これが欧米との違いです。日本は企業のプロセスを守るがために、すごくバカバカしいことをお客様に押し付けているところがあります。そして、押し付けているプロセスを行っている従業員の側も、すごくバカバカしいことやっていると感じている人は多いと思います。
田宮:どうして、こうしたことが起こってしまうのでしょうか?
内田:日本の企業が組織の作り方を間違えているからだと思います。業務プロセスで大切なのは問題を見つけるために組織を縦ではなく横で見ることです。
ヨーロッパでは「プロセスオーナー」という職種の方が多くいると聞きます。この「プロセスオーナー」というのは、組織を横串しにプロセスを見ている人です。そして、この人たちは高い報酬を得ています。
一方、日本は一般的に、事業部長の報酬が一番高く、その上に管掌役員がいる構造です。つまり、横串しではなく、縦割りでやっている。横串しのプロセスオーナーという存在がいないわけです。
我々の経験でいうと、こうした背景があるため、お客様である企業の業務プロセス改善では4部門ぐらいのヒアリングが必要になります。ヒアリングでは、部門ごとで個別に聞くと、「ほかの部門が悪い」と言います。
しかし、ヒアリングが終わり、BPMNで4部門のプロセスを全て描き出すと、それ見て4部門の人達全員が「全体最適」の話を始めます。急に全社的な話になるわけです。このことは、日本の企業が横串しでプロセスを見ていない問題の典型的な例だと思います。
また、こうした企業の多くはBPMNの記述モデルで業務プロセスの「AS-IS」を描いた段階で喜ばれます。これはBPMで、まだ初めの段階の取り組みなのですが、これまで自社のプロセスを見たことがなかったので「うちの会社はこうなっていたのか」とわかって、この時点ですごく喜ばれるわけです。
BPMの第一歩は「プロセスを実際に描く」こと
田宮:BPMは何から始めればよいのでしょうか?
内田:私は「BPMNで業務プロセスを実際に描くことから始めればよい」と思っています。描くプロセスは、「問題だ」と経営者が思っている一番もめている課題から手をつけるのがよいでしょう。これは、一番もめている課題を包含する業務プロセスが、一番効果のある所だからです。ここが大事です。
実際、我々もお客様の企業に対しては「一番困っている業務プロセスから改善しませんか」と話しています。それは一番効果が大きいからです。このやり方をすると、みなさん、目を覚ましてくれる。だから、我々のアプローチとしてはこの方法が正しいと思っています。一番の問題部分だけに絞って改善に取り組み、まずは成功体験をしてもらうことが大事だと思っています。
田宮:それは、BPMが全社的なものではないということですか?
内田:そうではありません。ビジネスプロセスなので、確かに1つ事業部のプロセスをやった場合には効果は出ます。しかし、その場合は、事業部長がさぼっているだけだと私は思っています(笑)。実は、そこに本当の問題が隠れていることはほとんどない。
私としては事業部同士の壁に存在する問題を潰してあげる方が、はるかにBPMを使ったときの費用対効果が大きいと思っています。だから、全社的に見ないとダメなのです。
例えば、営業であれば、見積もりから支払いまでのプロセスを見て改善を行わなければいけない。「支払いの所だけ早くしたい」と言われても意味がないのです。
田宮:一方で、BPMというとBPMSのシステムをイメージする人も多いと思います。
内田:我々が行うBPMのアプローチでは、まず、きちんと業務プロセスを可視化して、それをあるべき姿に変えていく作業をします。ここでは、いきなりのシステムの話には入らない。どうあるべきかを、システムなしで考えていくわけです。
どういうことか、「BPMNモデルの改革・改善ステップ」の図を使って説明しましょう。ここで示したように、BPMNモデルには「業務要件定義」「システム要件定義」「実装」というステップがあり、記述モデルが3つあります。
「業務要件定義」の部分はIT化ができません。なぜなら、人間がやることをそのまま描いてあるからです。例えば、ファイル数とか、承認の印鑑をもらうといったことになります。これが先ほど話したプロセスの可視化です。
そして、「分析モデル」の所で、IT化の色を強くしていきます。ここでは、ITにどのプロセスをインプットするかなどをヒアリングします。その後、「実行モデル」でIT化する。これがシステムのBPMSになります。こういう流れと構造になっているわけです。
システムだけの販売から脱却し、上流設計を含めたサービスを提供
田宮:NTTデータ イントラマートでは、どのようなBPMを行っているのですか?
内田:以前はBPMS、つまりシステムだけを売ろうとしていました。我々の製品である「intra-mart」は、実行モデルのツールなので、最初はそれだけをやっていたのです。しかし、いろいろなお客様の企業と話をしていくと、業務要件定義自体が非常におぼろげだとわかりました。
例えば、SE(システムエンジニア)が、お客様の元にシステム要件定義をまとめに行ったはずなのに、業務要件定義に巻き込まれていくことが起きたりします。その場合、業務要件定義は、お客様が決めなければいけないのですが、SEが決めてくださいみたいな話になる。つまり、本当は、お客様が決めなければいけない業務要件定義が決まってないわけです。
要件がおぼろげだと、実際にシステム化しようとすると結構大変です。だから、システムを売るだけではダメだと思いました。しかし、我々には、先ほどの図でいえば、左側の「記述モデル」「分析モデル」の部分のフォローができていませんでした。業務要件定義はお客様が決めるものと思っていて、この部分が手薄になって準備がされていなかった。それに気が付いて、上流設計のやり方をメソッドとして作らないとダメだと思いました。
そこで作ったのが「IM-QuickActivate」というサービスです。これは、業務改革コンサルティングからシステム構築、運用までをトータルでサポートします。このサービスによって、お客様を全体的に引っ張っていけるようになりました。
また、「BPMについて一から教育してほしい」というデジタル人材育成の要望もあって、これにも対応しました。例えば、ある自動車販売会社グループの管理部門会社からは、業務プロセスの統合にあたって、170人マネージャーにBPMの教育をする依頼があり、実施しました。
こうして、上流側から、きちんとアプローチをしていくようにすると、企業が我々の製品を使ってくれるようになりました。だから、我々は、ここまで手を伸ばさなければいけなかったのだと、改めて実感したわけです。
BPMを学ぶには認定資格の勉強も有効
田宮:BPMを正しく学ぶにはどうすればよいでしょうか。
内田:正しくBPMを学ぶには、どんどんBPMNを描いていけばいいと思っています。今のBPMNのエディターは非常によくできていて、間違っていると「違う」と指摘をしてくれます。だから、基礎的なことを学ぶためにも手を動かしてみることがおすすめです。
また、BPMNを学ぶために資格を取るのもよいと思います。BPMNには、OMGの「OCEB 2」という世界標準の認定資格があります。その対策の書籍も出ています。我々も日本OMGと提携して、受験対策ガイドのセットやガイドブックといったトレーニングを提供しています。こうしたサービスも役立つと思います。
田宮:最後に、BPMに取り組む人たちにメッセージをお願いします。
内田:まず、BPMのアプローチは一本道ではありません。なぜなら、企業の業務プロセスは一社一社で違うからです。そして、業務改革は、どこから手を付けたらよいのかが、わからない人も多い。私としては、そうした人たちに対して、BPMを成功させるには業務プロセスに着目した「プロセス思考になる」ということが重要だとお伝えしたい。
「プロセス思考」を一言で表すと、業務全体を俯瞰(ふかん)することです。あるいは、ドローンに乗って会社を空から見るという言い方もできます。これとは逆に、事業部だけを見ていては、業務改革は絶対にできません。全体を見て初めて問題点がわかります。
日本には事業を横串しに見る「プロセスオーナー」が、ほとんどいないとお話ししました。私としては、その役割に勇気をもって挑戦する人が出てきてもらいたいですし、そうした人が高い報酬をもらえる社会に変わってほしいと思っています。
田宮:今回は貴重なお話をありがとうございました。
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