2012年に設立したWHILL株式会社。
「100m先のコンビニに行くのもあきらめる」という車いすユーザーの声を聴き、近距離モビリティの開発に着手したという企業だ。既に、20以上の国と地域で近距離モビリティ、ウィルシリーズを販売している。
移動手段の多様化、ダイバーシティの促進など、ロボティクス技術の進化と活用が進む中で、どのような技術を人々のために活用しているのかを中心に、パーソナルモビリティ市場のこれからを考えることも含め、マーケティングコミュニケーション部 部長の菅野絵礼奈氏に話を伺った。
(聞き手、IoTNEWS 吉田健太郎)
ウィル独自の技術と3つのモデル
IoTNEWS 吉田健太郎(以下、吉田): 私がはじめてウィルを知ったのは10年ほど前のCESでした。デザイン含めて非常に印象的だったのですが、まずは現状の製品ラインナップを教えていただけますか。
ウィル 菅野絵礼奈氏(以下、菅野): はい、現在ウィルにはC2、F、Sの3つのモデルがあります。
C2は2017年に発表したCの後継になるのですが、Cシリーズはウィル独自のオムニホイールが搭載されていて、車いすユーザーが困っていた段差を乗り越えることや、方向転換などの課題を解決した機種です。
オムニホイールとは、ウィルの前輪が機体の進行方向である前後に動くだけでなく、前輪のホイールが真横に動く小さな車輪で構成されているので、その場で方向転換ができるようになっています。
小さな段差を乗り越えるには、車輪の大きさを大きくすることが必要で、一方、車輪を大きくすると、小回りが利かなくなるという矛盾をオムニホイールでは解決しています。
オムニホイールはもともと工場用ロボットの足として使われていましたが、人を乗せるモビリティへの応用が難しく、実用化には時間がかかりました。「人を乗せて移動可能な耐久性」と「人を乗せても滑らかな乗り心地」 を追求し、その両立を実現する技術を具現化し、特許を取得しました。
吉田: 困難な課題に挑戦されましたね。
菅野: こういった背景もあり、Model C2はウィルの技術が搭載された象徴のようなプレミアムモデルという位置づけになっています。
Cシリーズ提供後、近距離モビリティを持ち運びながら利用したいという新しいニーズが見えてきたので、C2のデザイン性や操作性はいかしながら、軽量で折り畳みができるモデルとしてModel Fを2021年秋に販売しました。
折りたたんで立脚させることができる製品で、世界中の近距離モビリティの中で最も折りたたみやすいと自負しています!このモデルはCES2022のBest of Innovation Awardを受賞しています。
マンション住まいでも収納が可能ですし、車載もできるとのことでご好評いただいています。
そして、翌2022年の秋に発売されたのがModel Sです。
ハンドルがついていて、見た目はスクーターのようにスタイリッシュですが、歩道を安心して走る事ができるモデルです。いきなり椅子型のモビリティに乗るのは抵抗がある、自転車に乗るのが不安になった、というご高齢の方にお勧めのモデルとなっています。
日本における電動車いす市場
吉田: ダイバーシティの取り組みが加速していると思いますが、日本における電動車いす市場をどのように捉えられていますか。
菅野: 高齢化が進んでいることもあると思いますが、日本では、65歳以上で500m以上自分の足で移動することが難しい歩行課題を抱える人が1200万人程度いると言われています。これは、日本の人口の約1割です。
そのような状況でありながら、電動車いすは年間2万台弱しか出荷されていません。
吉田: グローバルでは電動車いすの市場が大きくなっていると聞きますが、日本ではその兆しが見えない状況なんですか?
菅野: 北米では電動車いすの年間出荷台数は日本の約40倍もあります。
北米では半日〜数日、数週間規模でレンタルが当たり前で、ウィル社では年間10万件の実績があります。
北米ならではの法人向け利用で特徴的な事例がクルーズ船でのレンタルです。
富裕層が多いということもありますが、クルーズ船内の移動にウィルを利用するのですが、歩行課題を抱えていない方も多く、こういった利用が増えると市場がもっと拡大すると思っています。
吉田: それは面白いですね。バカンスの時は休みたい、楽したいと考え、歩くことができても、徹底的に楽したいということなのでしょう。日本の法人向けでの利用は進んでいますか?
レジャー施設を中心に利用シーンが増加
菅野: 日本ではレジャー施設やショッピングモールなどで導入が進んでいます。
例えば、ショッピングモールでは、ふかや花園プレミアム・アウトレットや、テーマパークでは、りんどう湖ファミリー牧場 やハウステンボス、志摩スペイン村などで導入しています。
長時間、長距離歩いて楽しむようなところなので、ニーズがあります。特にご家族や3世代で旅行に行場合に利用が多いです。
吉田: なるほど。ウィルのミッションも、「すべての人の移動を楽しくスマートにする」となっていますね。
菅野: そうなんです。ホームページの写真でも、ウィルに乗って移動している人と、歩いて移動している人が横に並んでいます。
レジャー施設は世代を超えて、足に課題がある人も、そうではない人も一緒に移動して、一緒に楽しみたい場所です。
ウィルが無い時は、おじいちゃん、おばあちゃんが、お孫さんの元気についていけず、子供たち家族と、おじいちゃん、おばあちゃんが別行動になるようなこともありました。
でもウィルがあれば、足が痛い、疲れたと感じる高齢の方も、元気な子供と一緒に会話しながら楽しく過ごすことができます。
通常の車いすは介助者が、車いすの「後ろ」に来るようになっていますよね。この時点でお互いの表情がわからないので会話がしにくいのです。
ウィルは自分で操作ができるので、家族は「横」に歩くことができ、移動時に介助は不要です。またお孫さんなど、身長が低い子供の場合は、ちょうど目線が近いのでより会話しやすい状況になっていると思います。
菅野: また最近では北海道ボールパークFビレッジにも導入していただいています。球場(エスコンフィールド)の中の移動も、Fビレッジ内の移動も快適にできるようになっています。
こういった取り組みは、他の球場はもちろん、いろんな施設で実現していきたいと思っています。
さらに生活者向けの販売に関してもかなりチャネルが拡がってきております。神奈川県のホンダだけ、名古屋のトヨタだけ、のような特定のブランドや地域に限定せず、複数の自動車ディーラーで取り扱っていただいています。
またサイクルベースあさひなどの自転車店などでも販売いただいていて、現在では自動車ディーラーだけでも全国約1300の店舗で取り扱っていただいています。
試乗会なども積極的に展開しておりますので、皆様の生活の中でのウィルを見かける機会が増えているのではないかと思っています。
CES2023でイノベーションアワードを受賞した自動運転モビリティ
吉田: CES2023でも、空港で良く見かけるモデルが、Innovation Awardを受賞されていましたね。
菅野: 自動運転タイプのモデルは現在、羽田空港、関西国際空港、成田国際空港、カナダのウィニペグ空港で導入されているのですが、パーソナルモビリティで自動運転を実現したということが、現状のトレンドと合致したのではないかと思っています。
吉田: 自動運転の仕組みを教えていただけますか。
菅野: 自動運転は基本的に施設など、ノンストップで効率的な移動が求められている特定のエリアで利用されています。
屋内ではGPSが使えないので走行するエリアの施設の地図情報を事前に機体に読み込ませて、センサーなどで機体位置を把握しながら、その地図情報と照らし合わせて走行する仕組みです。
また導入の前に読み込ませた地図を基に何度も試走を行い、精度などを調整し、正しいルートで走行するようにしています。
また速度は、たくさんの人が往来する環境下でも人々と安心快適に共生が図れるスピードに設定しているとともに、機体についたセンサー群で障害物や人を検知し、自動で速度制限・停止します。
効率よく、決まった目的地に向かうことが自動運転サービスの強みであるので、利用者はウィルステーション(乗り場)で待機しているウィルに乗って、手元のタッチパネルから行き先を選択するだけで、自動で目的地まで連れて行ってくれるのです。
吉田: 空港以外の施設では自動運転の機種は提供されていないのですか。
菅野: 慶應義塾大学病院や成育医療研究センター、熊本中央病院でもウィル自動運転サービスが日々運用されています。
現場、他の施設では手動制御モデルのレンタルになりますが、それもアップデートをしようとしていまして、アプリでレンタル管理ができるようにしました。
現状では施設にレンタル管理をするスタッフが必要になるので、かならず人的リソースが求められます。
施設側からは、人の手間がかからなければ良いということや、ユーザーがすぐ借りたいのだけど人がいない、という状況がありましたので、ユーザー自身がアプリでウィルレンタルの申込から利用開始までができるようなアプリを2024年春以降に提供させていただく予定です。
吉田: こちらは管理者用のアプリもあって、どこに機器があるかが一目でわかるようになっているんですね。
生活者ニーズに合わせて進化する電動車いす
菅野: モデルSもオプションのIoTモジュール(WHILL Premium Chip)を付けることで、家族や自分のModel Sがどこにあるかがわかります。
シニアの方が乗車するケースが多いので、本人も万歩計のように日々の外出履歴を確認できて楽しんでいただけるほか、離れているご家族がどこにいらっしゃるか気になった時に確認でき安心ですし、盗難対策などでも使うことができる機能です。
なお、このWHILL Premium Careは、現状ではモデルSのみのオプションです。
吉田: Model Fの方についてもお伺いさせてください。Model Fは軽量、折り畳みとのことですが、C2と比べてどのくらい違うのでしょうか。
菅野: 重量でいうとC2は約52kgに対して、Fは約27kgでほぼ半分です。Fは折り畳みをして運搬することを想定しているため可能な限り軽量化をしています。
吉田: 現在の開発環境や体制はどういう状況ですか。
菅野: 創業メンバーは電機メーカーのカメラの開発をしていた内藤と医療機器開発をしていた福岡、自動車メーカーでデザイナーをしていた杉江の3人なのですが、その後も様々な業界からいろんな視点を持つエンジニアが集まっています。
ハードもソフトも自社開発している企業は稀で、ウィル社としてもこの二つの両軸で事業を進めていく予定で、さまざまな各種サービス開発を通じて、近距離移動を快適にできる社会にしていこうと思っています。
吉田: 最後に今後について教えてください。
菅野: 日本では特に高齢化が進んでいて、私の家族もそうですが、年齢が上がるにつれて、若い人と一緒におでかけすることを遠慮してしまったり、逆に、本当は一緒に行きたいけれど難しいと思い旅行先に妥協したりすることもあると思っています。
誰もが、移動に対して前向きでいられるような社会にできるようにしていきたいと思っています。
特に、パーソナルモビリティ市場はいろんなデバイスや使い方が増えてきていますし、これあらさらに活性化がするとも思っています。歩行課題がある人も無い人も、楽しい移動ができるよう、今後も良い製品とサービスを提供していきたいと思っています。
吉田: 本日は貴重なお話、ありがとうございました。
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未来事業創研 Founder
立教大学理学部数学科にて確率論・統計学及びインターネットの研究に取り組み、1997年NTT移動通信網(現NTTドコモ)入社。非音声通信の普及を目的としたアプリケーション及び商品開発後、モバイルビジネスコンサルティングに従事。
2009年株式会社電通に中途入社。携帯電話業界の動向を探る独自調査を定期的に実施し、業界並びに生活者インサイト開発業務に従事。クライアントの戦略プランニング策定をはじめ、新ビジネス開発、コンサルティング業務等に携わる。著書に「スマホマーケティング」(日本経済新聞出版社)がある。