工場の全てを「見える化」することはできるのか?
-IIoTについてですが、スマートファクトリーという概念と、工場の中の産業機器を監視するという世界は大きさが違う話だと思いますが、ボリューム的にはどちらが大きいですか。
金丸: これまでに相談いただいた件数ではスマートファクトリーです。というのも、われわれの営業組織が、昔からのお付き合いがあるお客さまに製造業で工場をお持ちの企業が多いからです。
-御社は、いわゆる製造業向けのクラウドサービスを売ってきた人たちとは立ち位置がまた違いますよね。スマートファクトリーと言っても、何らかの形でデータを取るソリューションから始まって、取ってきたデータをクラウドに上げ解析するということをやられているということですね。
金丸: そうですね。今現在工場の中に閉じているネットワークを、外まで広げてクラウド化していくところをわれわれがお手伝いしています。

境野: いま案件の数として比較的多くなってきているのは、工場の中で使う装置を製造販売している企業が、自社の製品を出荷後にもきちんと管理する、あるいはメンテナンスをするという目的のものです。それが整ってくると、工場のオーナーが工場全体を管理するためのIoT活用が進んでいくのではないかと思います。
-産業機械を監視するためのネットワークは、産業機械を作っているメーカーからすると、結構大事な情報になりますが、最終的に産業機械を使って工場のラインが形成されて、何かの製造業が全体を見たいと思ったら、その抜いているデータを見せてくれないと全体を把握することができません。そのデータを公開していく流れはありますか?
境野: 装置メーカーさんに聞くと、見せてもよい情報と見せたくない情報があって、全部は開示したくないとおっしゃいます。
-でも見せてもいいものはある、という認識ではあるのですね?
境野: 例えば、稼働の状況や故障の状況など、そういった表面的に見えるものは見せられるが、装置の中が実際にどうなっているのかとか、内部の構造に関わるようなものについては見せられない、というケースがあります。
不具合の原因などについては、あまり開示したくない企業が多いでしょう。何が原因で装置が止まったのかということや、内部の動作ログなどはあまり見せたくないのではないでしょうか。
-ドイツの企業では、産業機器そのもののCADのデータはそもそも存在するわけだから、そのCADのデータと産業機器を動かすコンピュータで、バーチャルでシミュレーションができたり、バーチャルファクトリーも作れたりするそうですが、そういう世界からいくと、産業機器の構図がどうなっているか、どうコントロールされているかという話は、結構機密な情報だと思います。ドイツ企業の話と、実際に起きている日本の話を伺っていると、あまり合致してこないのですが、この辺りはどう思われますか?
境野: おっしゃる通り、欧米企業の狙いと日本企業の利害とは必ずしも合致しません。実際にそういう問題が起きていて、ドイツの会社は自分たちが全部見える化して自社のお客さまにソリューションを提供したいのですけれども、そのシステムの配下で動いている産業機器を作るメーカーはというと、特に日本の会社は手の内を全部明かしたくないと考えているようです。
自分たちの競争領域というのを残しておきたいので、全てが丸裸になって見える化できるかというと、そうでもないと感じています。それは恐らくドイツの会社も感じていて、どこまでお客さまにデータを開示できるかというのは、せめぎ合いしているところかなと思いますね。
産業育成政策上は、それぞれの企業の競争領域を残しておかないといけません。全部をオープンにするというのはあまり得策ではない。それは日本だけではなくて他の国のメーカーも同じです。

-日本企業があまり見せたくない、海外企業はもっと見せていきたい、という気持ちがぶつかっているのでしょうか。
境野: ぶつかっています。日本の企業は、世界の工場の中で動いているロボットや装置のデバイスを作っているシェアが高いのです。そこを産業領域として守ろうとしているので、それを使っているユーザー側の欧米アジアの企業は中身を全部見せたい、見せてほしいと言うのですけれども、中身の心臓部分を作っている日本のメーカーは見せられませんと言います。
デバイスを作っているメーカーと、ユーザーとしてそれを使っているアセットオーナーとで、少しニーズが違います。われわれは日本の企業のニーズがよく見えるのです。日本の製造業の企業の中にはデバイスのシェアが非常に世界的に高い企業が多いので、そこの部分の製造ノウハウについては開示できません。そうしたデバイスの中身のソフトウェアの開発や、データの分析については、社内でやりたいと考える企業が多く、世界シェアが高い会社ほどその傾向があります。
この点は、既存の事業領域を守るという意味でも重要ですし、新しい事業領域に攻めるという意味でも重要です。製造業の企業が自社製品のIoTデータを活用して新しいサービスを始めようとした時に、その手の内にあるデータを全部外に開示し共有するのでなく、あえて秘密にしておくことによって、自らがサービスを有利に提供できるようになると考えられます。
自社のコアになるノウハウは守るべきである
境野: このように、産業構造や競争領域についても理解した上でないと、「なんでも見せる化しましょう」とお客さまに提案しても受け入れられません。われわれとしては企業別の競争状態を理解した上でご提案するようにしています。
その辺りはもしかすると、グローバルIT企業はあまりよく理解できていないかもしれません。デバイスの心臓部分を作っているメーカーなどに対して「ITの世界でとにかくデータを流通させて、解析のエンジンを回すような新しい技術ができた」と提案にくることもあるそうですが、世界で高いシェアを持っている日本のデバイスメーカーは、「その手には乗らない」と考えているようです。
-産業機器に限らず、すごく高い技術で作られていると思っているのですが、そうやって守っているうちに追いつかれてしまうのではないかと懸念しています。

境野: 私も同じような懸念をしています。企業の独自ノウハウも、デジタルデータになったり、プログラムになったりすれば簡単にコピーできてしまいます。それは恐らく時間の問題ではないかと。その中で、それでも企業が自分のコアになるノウハウのどこを守らないといけないのかというアタリをつけて、その部分だけを絶対に自社の中で守るというコア領域を決めた方がいいかなと思います。
だから、今すぐ全部手の内をさらして他社のプラットフォームに乗っかってしまうと、本来競争領域として残すとするべきところを社外に流出してしまうというリスクが出てきます。
ノウハウの流出を防ぐには、有能なエンジニアを社内に抱えておく必要があります。高いお金で有能な社員を他社に引き抜かれてしまうことがないようにしないといけません。そのためにはきちんとした人材への投資を行い、しっかりした福利厚生も与えて、社外に逃げないようにしないといけないと思います。
-なるほど。それはタイミングが非常に難しいと思っています。あれだけみんなが儲けていたガラケーの人たちが、スマートフォン文化になった途端に企業オリジナルOSが駄目になって、ついには日本製の携帯電話とうとうなくなってしまいました。
日本の製品の方が、圧倒的に技術力高かったはずなのですけど、中国製もどんどん出てきて多くの日本人がHUAWEIなどを利用するまでになりました。うかうかしてられないなという想いがすごくあります。
境野: もしかすると世界全体として考えれば、そういう高度な技術が広く共有されて、誰もが使えるようになることで、みんながコストやエネルギーをあまり使わずに、最適な生活ができるようになるという意味で言うと、世界全体としてはハッピーなことなのかもしれません。製造業の企業にとっては結構大変な危機になるかもしれませんが。
-クラウドベンダーさんたちがエッジ系のデバイスをからめとろうとしている構造が手に取るように見えていて、これは危険だなと思っています。今までネットワークにつながっていなかったので、エッジ系の人たちには聖域レベルでそんなことは起きませんでした。ちょっと今までのやり方とは全然違う、生産手法だったり販売手法だったりを身につけていくしかなくなってくるのかなというところを、危惧しております。
境野: NTTコミュニケーションズとしては、「プラットフォームサービスを提供します」、というポジションなのですけれども、いずれ、先ほど話があったような業界の構造の転換が起きると考えれば、それに備えてわれわれも何かしておかなければいけません。具体的に言うと、通信事業において、簡単にコピーできない、人間業として残すべき領域を、NTTグループもしっかり持っていかないと、競争領域がNTTからも流出してしまいます。人間業として持っておくべき競争領域が何なのかというのを検討しておきたいと思います。
どの産業分野でも、R&Dの投資をしっかりやっておかないといけないということだと思います。コスト削減や効率化を進めるだけでなく、投資する余力も残しておけるような産業政策を取っていかないと、おのずと過当競争になって産業が衰退してしまうので、新しいビジネスの投資ができなくなります。
-最後に、今後について教えてください。
金丸: 今持っているバーティカルなユースケースを磨いていくことに加えて、対応できる産業を増やしていきます。これにはエコシステム形成がとても重要で、様々な企業とビジネスをしていきたいと考えています。NTTグループとしてもB2B2Xでどう価値を協創していくかというビジョンを掲げていますが、われわれも、ミドルB(B2B2Xの真ん中のB)のパートナー企業と一緒に新しいモデルを作っていきたいと思っています。
-本日は、ありがとうございました。
【関連リンク】
・NTTコミュニケーションズ
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