株式会社富士通研究所と国立大学法人電気通信大学は、AIを活用して警備計画の立案を支援する技術として、数学理論の一つであるゲーム理論を用いて、犯罪者を捕捉するための検問所などを想定した「都市道路ネットワーク警備問題」を高速に解くアルゴリズムを開発した。
人の集まる場所でのセキュリティ対策では、完全に侵入経路や逃走経路を封鎖することは限られた警備資源の中では不可能なことが多く、警備員を効果的に配置し想定される被害を最小化することが求められている。これまで警備計画の立案は専門家の経験と勘に委ねられていたが、近年、専門家の判断を支援する技術として、攻守双方を数理的に記述するゲーム理論が注目されている。しかし、ゲーム理論を用いて犯罪者を検問所などで捕捉する都市道路ネットワーク警備問題については、扱う道路のネットワーク規模に対して計算量が指数的に増加するため、実際の都市への適用が困難だった。
今回、富士通研究所独自のネットワーク縮約技術によって、都市道路ネットワーク警備問題を高速に解くアルゴリズムを開発。これにより、従来技術と比較して、100ノードの問題では平均20倍、200ノードの問題では平均500倍の速度で理論上最適な警備計画を見つけられるようになった。同技術により、例えば、従来技術では計画立案に数日かかっていた東京都23区規模である20万ノードの問題において、同技術では5分程度で警備計画を導出することが可能になるなど、計画立案への対話的な支援が実現する。
富士通研究所は、同技術を、富士通株式会社のAI技術「Human Centric AI Zinrai(ジンライ)(以下、Zinrai)」の1つとして2017年度中に実用化すること目指すという。電気通信大学は、同技術の都市道路ネットワーク以外への拡張を進める予定だ。
同技術の詳細は、5月9日(月曜日)からシンガポールで開催されている人工知能・マルチエージェント分野における国際会議「AAMAS 2016 (International Conference on Autonomous Agents and Multiagent Systems 2016)」にて発表される。
開発の背景
都市や空港など人の集まる場所でのセキュリティ対策では、犯罪者の経路パターンを全て封鎖することが理想となるが、限られた警備資源の中で実現することは困難なケースが殆どであるため、犯罪者の行動特性や心理特性を考慮した上で、限られた警備資源を効果的に配置することが求められている。
これまで警備計画の立案は専門家の経験と勘に委ねられていたが、組織犯罪などの新たな脅威に対抗する高度な警備が求められる近年、AIを活用した警備計画の立案が注目されている。特に、犯罪者側と警備側を対立する意思決定者と捉えたゲーム理論を用いた技術は、警備ゲームと呼ばれ、専門家の判断を助ける道具としての実用化が始まっている。
課題
都市道路ネットワーク警備問題は、目的地に向かう犯罪者や逃走しようとする犯罪者を検問所などで捕捉することを目的とした警備ゲームの問題の一つだが、犯罪者側の行動パターン(進入地点から攻撃目標までの経路)の数が、道路ネットワークの規模(道路の数)に対して指数的に増加してしまう。
そのため従来は、1都市の道路ネットワークを表現した膨大なノード(交差点)の問題を現実的な計算時間で解くことが不可能であり、実問題への適用は困難だった。
開発された技術
今回、富士通研究所は、警備ゲームの問題の一つである都市道路ネットワーク警備問題において、大規模な道路ネットワークにおける警備計画を高速に解く技術を開発した。また、電気通信大学と共同で、この技術に関する理論的な裏付けを行なった。
ネットワーク縮約の技術
今回、検問配置の候補に応じて計算に用いるネットワークを大幅に簡単化する縮約技術が開発された。
道路ネットワークの中には検問所の配置による警備効果(注)が高い箇所と低い箇所があるため、警備効果の低い箇所を検問配置の候補から外すことで警備側の行動パターンの数を削減することができる。さらに、道路ネットワークの中で警備員を配置しない箇所をまとめることにより、犯罪者側の行動パターンの数も大幅に削減することが可能になる(図1)。
同技術については、富士通研究所と電気通信大学が共同で、この縮約後の道路ネットワークを総当たりで求めた計画による警備効果が、縮約前の道路ネットワークを総当たりで求めた計画による警備効果と一致することを理論的に示した。これにより、計算量を大幅に削減する事に成功した。
高速・高精度なアルゴリズム
開発されたアルゴリズムでは、まず、最も被害が想定されるノードに着目して決定した検問配置の候補を決め、検問を行う場所と、その割合について、全体として被害の期待値が最も小さくなる最適な組み合わせについて、ネットワーク縮約の技術を用いて高速に計算。その結果、新たに被害の期待値が大きくなったノードに着目して検問配置の候補となる道路を追加して、同様に最適な組み合わせを計算する。これを繰り返すことにより、近似的な最適解を高速に計算する。
3万通りの擬似的な道路ネットワークを使ったシミュレーションでは、このアルゴリズムにより99%以上の問題に対して、より高い警備効果を持つ解が存在しない最適な解を見つけられることが確認された。
効果
従来手法と比較して、100ノードでは平均20倍、200ノードでは平均500倍の速度で最適な警備計画を見つけることができる。さらに、従来手法では数日かけても良い解を見つけられなかった10万ノード規模の道路ネットワークの場合でも、同技術では数分で解が得られる。
東京23区を含む20万ノードの道路ネットワークに50箇所の検問所を配置するシミュレーションでは、一般的なPCを使って5分で警備計画を導出することに成功。
今後
富士通研究所は、同技術を用いた警備計画立案の実用化を進める。また、同技術の適用などにより警備計画立案の対象を拡大していく。また、同技術を、富士通株式会社のAI技術「Zinrai」の1つとして2017年度中に実用化することを目指す。
電気通信大学は、同技術の都市道路ネットワーク以外への拡張を進める予定だという。
注:警備効果とは、攻撃を受けた際の被害額の期待値を低減させる効果。
【関連リンク】
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