スマートシティの取り組みは、地方を救うことができるのか

地方でのスマートシティの取り組みが盛んだ。経済産業省も「地方版IoT推進ラボ」なるものを打ち出していている。

地域におけるIoTプロジェクト創出のための取組を選定するのだが、8月にも広報やメンター派遣といった支援をする代わりに、自発的で継続的な内容であることを前提として21地域が選定された。

私も、これに選定された地域に関わらず、実際に幾つかの地方に取材に行ったり、講演をご依頼されて地方にいくことがある。

訪問に際して必ず「なにが一番問題ですか」と聞くことにしているのだが、地元の方や地元の役所の方が言う、一番にあがる問題はたいていの場合「人口の減少」だ。

一方で、スマートシティの施策は大抵、「人口減少局面に人が高齢化していたり、少なくなっていても、対応できるソリューション」となっている。

つまり、もはや人口減少は「前提」となっていて、「人口減少自体を解決」するものではなく、「人口減少状況でもなんとか運営できるまちづくり」が話題となるケースが大半なのだ。

人口が減って高齢化が進んでも見守りができるサービス、人口が減って山間部の見守りが難しくなるため鳥獣被害の罠を遠隔監視するサービス、など、多くの「ソリューション」が解決するのは「人口減少自体」ではない。

少子高齢化が進んでいることは紛れもない事実で、その中でこれまでやってきた事業や住民向けのサービスを「どうやりくりするのか」、という観点で語られることが多い。

確かに、ビジネスにおける人不足解消のためのデジタルソリューションは多くあるのだが、同じ考え方を地方再生テーマでもってきては、本質的な解決にはならないのではないだろうか。

そもそも人口減少はどうやって止めるのか

厚生労働省によると、その原因は、「出生率低下の主な要因は、晩婚化の進行等による未婚率の上昇。その背景には、仕事と子育ての両立の負担感の増大や子育ての負担感の増大。」だという。

つまり、単純に言えば、「子育てしたくなる環境の整備」がもっとも重要な施策となる。

子育てしたくなるということをもう少し分解すると、

  • 働ける場所(産業)の創出
  • 職場環境と託児施設の充実
  • 子供の将来が描けるような教育環境
  • 子育てをしたくなるような安全、安心が実現された社会環境
  • 世界中から人があつまる雇用環境
  • 人が集まりやすい交通の整備

というあたりが問題だ。つまり、「従事することができる仕事がある前提」で、「住みやすくて」「仕事が楽しくできて」「子育てをするのに良い環境」を実現するということになる。

少なくとも私が呼ばれた市区町村もしくは県は、東京からのアクセスがそれなりによく、飛行機もしくは鉄道でのアクセスがよい地域が多い。そして、それなりの観光資源もあるようなエリアばかりだった。

つまり、多くの過疎化が進む地域からすると、まだ恵まれているほうだともいえる。

しかし、そんな地域で行なわれている施策は、上に挙げたような人口減少を止めるような施策ではない。

スマートシティの取り組みは、自然災害への対応や、設備の監視、エネルギー問題への対応、交通状況の監視と混雑の解消、地域サービスの効率化、といったテーマで語られることが多く、それ自体は未来の都市生活として欠かせないことだが、ここでいう、本質的な地域の問題を解決しているとは言い難い。

ここが、地域の課題に対して実際に行なわれている施策のずれであり、私が感じる違和感なのだと思う。

このまま地方の方が、IoT/AIを地域産業復興の魔法の杖のように捉えていると、とんでもないミスリードをすることになるのではないかと危惧するのだ。

そこで、今回は、上に挙げたような地域の抱える問題のうち、大前提となる「働ける場所の創出」について、IoT/AIで、どうやって解決することができるのかについて解説する。

本当に実現すべき課題に対して、IoT/AIは有効なのか

度々書いているが、IoT/AIは本質的には手法である。それ自体は目的などにはなりえない。

IoTNEWSは、様々な企業が抱える課題を解決する一つの手法としてIoT/AIでの取り組みを紹介している。

つまり、結論から言うと、IoT/AIの手法と、それによって解決された問題を知り、概念化された内容を自社の事業に応用することは意味があるのだが、それ自体を目的化しても、何も解決はしない。

地方でよくみかける、IoTを目的化した施策については、先に取り組んでいるというアピールになることはあっても、それで人口の減少は止まらない。

先進的という切り口でいくのであれば、いっそ街には自動運転の車が世界に先駆けて走っていて、住民はそれを利用していて、ドローンが飛びかって農地の状況をどこにいてもモニタリングできる、家はスマートホーム化されていて、近未来を感じさせるというようなところまで行けば、視察のために多くの人がやってきて、それによって新たな取り組みもその地域で始まり、街も活性化すると言えるだろう。

しかし、そのレベルでドラスティックに新しいテクノロジーを取り入れるような地域はない。

ネットワークの実験や、ドローンの実証実験等、実証実験として都会ではできないようなことと小規模に試させてもらうという意味では、いろんな取り組みが行われるかもしれないが、その取り組み自体が人口減の問題を解決することはない。

少なくとも、多くの地方都市で雇用はとても大きな問題となっている。

地域に成長性が高く魅力的な企業がない、街自体が活発でないため若者が定着しないということを解決しないかぎり、人口減少は食い止めることができないだろう。

そこで、IoT/AIの事例を追う中で、地方の産業を創造する考え方と成り得る、2つの事例について解説する。

製造業での解決策

地方の製造業は多くの場合、大企業の下請け構造の中でビジネスを行っている企業が多い。一方で、日本の製造業を支えている技術が「そこにある」とも言えるのだ。

地方再生において、魅力的な産業が地域にあることはもっとも重要なことだろう。多くの地域で「こんなにもないところ早く出て都会で活躍しなさい」と親がいうようなケースが多く見られる状況では、今すでに生まれている子供が成長し働けるようになったとしても、その地域で働こうとすることは難しい。

これまでは、安い労働力を得るために大企業、特にメーカーが地方に工場を建てていた。地域の名前と企業名が同じようなエリアは、その町がその企業に負うところは多い。

日本の製造業が作れば売れた時代はまだ良かったが、昨今では既存産業分野から撤退したりするような企業も増えてきており、今後ますます地方の産業は衰退してく可能性が高いだろう。

しかし、考えてみれば世界を相手に戦っているような大企業における事業は100億円を超えるような事業規模のものが多く、そこが撤退すると日本国としては確かに大打撃にはなるが、企業はなにも一つの製品だけを作っているわけではないので、例えば10億円規模の小さな事業を地方の製造業が自社ブランドで提供するということは可能なはずだ。

先日、島根県益田市にある、シマネ益田電子に訪問した際、副社長の平林氏から聞いた話を例にとる。

シマネ益田電子はもともと半導体製造の後工程を受託で行うビジネスを行っていた。半導体分野において日本企業はどんどん撤退して行っている状況だが、この企業はもともと高周波の通信モジュールをつくることが得意な企業だ。

一方で、昨今のIoT社会の到来によって、モノに通信モジュールがどんどん入って行っている。

そんな中、すでに某大企業が行っていた、Googleの関係会社である、nest社への通信モジュールの供給をもらい受け、自社ブランドで開発、nestとの取引を来年から行うのだという。

某大企業からすれば、それほど大きな事業規模ではないので、集中と選択の過程で切り捨てられる事業なのだが、シマネ益田電子からすると程よいサイズの事業であるだけでなく、これまで受託中心のビジネスモデルであったのを、自社ブランドで海外企業と取引をするチャンスとなったのだ。

つまり、日本経済全体からすると、半導体事業は撤退傾向にあっても、それを実際に作っている地方の企業からするとチャンスになるということなのだ。

世界的なIoT/AIのムーブメントを考えると、特に通信モジュールについては、今後も多様な製品が必要とされるし、エッジコンピューティングが進んでいくと、単に通信ができれば良いというだけでなく、リッチな処理ができるような製品開発も必要となるだろう。

つまり、調子の良かった頃の事業規模でしか事業継続できない大企業よりも、小さな規模でも開発力を活かして物作りをしていくことができる企業であれば、IoT/AIによって新たに発生する需要に対応した製品をつくっていくことで、これまでの下請け構造から脱却してビジネスを拡大することができるのだ。

こうやって、IoTやAIそのものを目的化せず、世界のIoT/AIによる新たなニーズに対応したものづくりをしていくことが一つの地方産業をおこすきっかけとなる。

つまり、本当にやるべきは、「IoT/AIにおいて必要とされる部品が何であるかを知り、それを製造できるかどうか、また、製造している企業を後継者のいない企業から貰い受けるなりして、下請け構造から脱却して自社ブランドで製品提供をする」ということなのだ。

地方行政ができることとしては、地方版IoT推進ラボで召集すべきアドバイザーを、IoT/AIという「手法」に詳しい人だけではなく、地元の企業の得意領域について、世界の動向を詳しく解説できる、IoT/AIによって新たに発生したニーズを理解している、そして必要であれば営業先として繋げることができる人だといえる。

農水産業での解決策

例えば、農業や漁業において、IoT/AIはが活躍する場は生産状況の可視化だ。農作物の生育を監視することで、一定の収穫量を確保し、一番美味しくできる生産方法を科学的に解明する。そして、経験豊富な農業従事者のできることを、デジタルの力を借りて伝承するといったことが中心となる。

しかし、考えてみれば生産性をいくら向上したところで、いくら安定供給を実現するための仕組みを実現したところで、売れないものは仕方がない。

作り方を改善するのももちろん大事だが、一方で、農作物などを売る先を開拓し、安定供給することによる継続的な売り上げの確保を行うことではないだろうか。

NKアグリの「こいくれない」というリコピン含有量が高いことで、生鮮食料品であるにもかかわらずトクホ指定されているにんじんだ。

会社が立ち上がったのは約7年前でその頃を振り返って、社長である三原氏は、「その頃は農業なんてやり方が決まっていて、その通り作れば生産なんてできるんだろう。」と思っていたという。

当時、スマート農業ブームで、各地で農業「工場」が作られていったのだが、どの工場も苦戦している。

NKアグリの場合も、「いくら土壌の状況を取っても、自然はコントロールできなかった」と当時を振り返る。

コントロールできない自然に対して、人ができることは「収穫時期の予測」だという。

畑の環境情報を取得するところまでは一般的にいわれる農業IoTと同じなのだが、得られたデータで行うことが他とは違っているのだ。

取得したデータは、収穫時期の予測に使っていて、農業をデジタルでコントロールしようとはしていないということがポイントなのだという。

では、収穫時期の予測ができると何が良いのだろう。

スーパーで買い物をする際、にんじんがなかったらとても困る人が多いことは想像がつくだろう。

つまり、スーパーにとって「農家からの安定供給」がとても大事なことになる。

いくら美味しいにんじんを作っても、安定供給できなければ特に大手スーパーは仕入れてくれないのだ。

そこで、NKアグリは、「こいくれない」というブランドにんじんの生育を行い、通常スーパーで並ぶにんじんとの差別化を図った。

さらに多くのブランド農作物が「○○産」と地域名が露出する場合が多いのに対して、「リコピンにんじん」と成分に関するPRを行ったというのだ。

成分における差別化をしたおかげで、全国のどこで生産しても、リコピン含有量が一定基準をクリアしていれば、「こいくれない」としてスーパーに並べることができるようになる。

つまり、「こいくれない」の供給を安定化させるために、わざといろんな地域で生育することで収穫時期をずらす。さらに、IoTによって収穫時期と量を予測することができるので、NKアグリの営業マンは大手流通に対しても安定供給を約束することができるようになったというのだ。

翻って、多くの地方農水業を見てみると、マーケットに対するアプローチは農協・漁協任せで、自分たちのやり方は変えないけど気候変動や少子化など環境変動を言い訳にして新しい取り組みをしていないケースが多い。

また、IoTの利用も、流通の問題に着目することはなく、生産部分に対する手法を取り入れるだけとなっている。

高齢化が進む地方で、なるべく農地などに行かなくてもよいといった、楽になる手法ばかりに気をとられていたら、発展などするわけもない。

農業のデジタル化は、ブルーオーシャンだという人を見かけることがあるが、私からするとブルーオーシャンなのは「生産手法」ではなく、「サプライチェーン」の方なのだと思う。

昔からの農協・漁協頼りであることから変わっていないことが、一次産業を弱体化させている原因なのではないかと思うのだ。

ここまで見てきたように、地方の問題を解決する初手となる既存産業の拡大については、IoT/AIそのものを目的化することなく、本来解決すべき問題に目を向けて手法として取り入れる、もしくは、IoT/AIがつくる新たなマーケットに目を向けるということが重要であるということがわかったのではないだろうか。

決して簡単に語るつもりもないが、こういったポイントに着目することもなく、IoT/AIを取り入れたことで満足していては、それが手法である以上何の目的も達成されないことは明らかだ。

残された幾つかの課題となる、「スマートシティの施策によって生活しやすい環境を作る」というテーマについては、後日解説する。

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