2021年12月、IoTNEWSの会員向けサービスの1つである、DX情報収集サービスDX勉強会が開催された。本稿では、その中から株式会社エイシング 出澤純一氏のセッションを紹介する。
IoT化が進んだ昨今、様々なモノがインターネットに接続し、膨大なデータのやり取りが行われている。クラウドコンピューティングで、そのような大容量データを扱うには、処理時間やセキュリティに課題がある。そこで、エッジ(端末)側に処理を持たせ、なるべく現場で処理するのがエッジコンピューティングである。
最近では、AIが一般化し、エッジ側でAIを動かし、リアルタイムにデータ処理をする「エッジAI」が注目されている。
そこで、株式会社エイシング(以下、エイシング) 代表取締役CEO 出澤純一氏に、エッジAIの普及における課題や、同社の開発したエッジAI「MST」を用いた解決アプローチについて、事例を交えながらご講演いただいた。
目次
エイシングのエッジAIの特長

一般的に、クラウドAIはクラウド上で、「学習」と「予測」を行う。それに対してエッジAIは、「学習」をクラウド上で行い、「予測」はエッジ側で行う。つまり、エッジAIでは、ネットワークが切れた状況でも「予測」することができる。
エイシングの開発するエッジAIは、「予測」だけでなく「学習」もエッジ側で行う。さらに、GPUのような高価なデバイスではなく、数十円~数百円ほどのマイコンに実装し、「学習」と「予測」の両方を可能としている。また、μs~msオーダーのリアルタイム性で動作することも特長なのだという。
エイシングのエッジAIで、できること

実際に、エイシングのエッジAIでどのようなことができるのか、出澤氏は、オムロンの「バッテリーセパレーター用フィルム巻取り機にエッジAIを適用した事例」を紹介した。この事例では、従来の制御機器にエイシングのエッジAIをアドオンして適用している。
フィルム巻取り機は、秒速2m強でフィルムを巻き取る。このスピードでフィルムを巻き取ると、巻き取り機に横振動が生まれ。巻き取り機では、2枚のシートを張り合わせるような処理をしていくことになるので、そのまま張り合わせると、不良品が発生するという課題があった。
ところで、フィルムの振動制御は、PID制御(※)で行われている。
※PID制御とは、制御工学におけるフィードバック制御の一種であり、入力値の制御を出力値と目標値との偏差、その積分、および微分の3つの要素によって行う方法のこと。
これまでのPID制御を利用した巻き取り機の制御では、初期の振動抑制に約10秒必要であった。その影響で発生する不良品フィルムは40mにもなるのだという。
これは、オムロンの1工場だけでも5000~6000万円相当の不良品が発生していることになる。また、振動の原因は、湿度や気温など様々な外的要因も影響するため抑えることが難しいのだ。
そこで、IPC、PLCにエイシングのエッジAIを搭載し、従来のPID制御の上にアドオンした。それによって、振動抑制にかかる時間は、10秒から1秒に抑えられたのだという。その結果、不良品発生を従来の1/10程度に抑え、生産性を上げることに成功した。
出澤氏は、「この事例から分かるように、生産現場で求められるAIは、こういった高速なリアルタイム性はもちろん、計算コスト、応答性や性能精度も同時に求められている」と述べた。
なぜエイシングは現場で求められるAIを作れるのか

オムロンの事例だけを聞くと、単純に「なぜ、エイシングがこんなAIを作ることができたのだろう?」と思う。実際、DX事業支援サービスの法人会員からも、講演後その質問がでた。
出澤氏によると、エイシングが現場で求められるエッジAIを作れる理由は、ご自身の経歴にあるのだという。出澤氏は、大学で機械工学を学び、その後、大学院でロボットの研究室に配属、そこでAI制御に携わった。大学や大学院での経験を原点に、約17年間「機械制御×AI」の分野で研究を続けている。
エイシングの強みはまさに、この「機械制御×AI」という複合領域なのだ。
オムロンのフィルム巻取り機の事例では、PID制御を活かしつつ、AIを活用して、制御を補正するように活用している。このようなノウハウは、「産業機械の知見とAI技術の両面に精通するエイシングの強みを活かしたものだという。
それに加え、組み込みの技術も重要なのだという。
機械制御では、プログラムはハードウェア制約から100KB以下のメモリサイズで実装することが求められることが多い。マイコンにAIを実装する際、Pythonを使うとメモリをリッチに使いすぎてしまう。つまりメモリ管理からAI処理のすべてをC言語で書くことができる技術が必要となるのだ。
つまり、「組み込み×AI×機械制御」の三拍子が揃っていることが、オムロンのような事例を実現するには不可欠なのだという。
産業機械へAIを実装するときに発生する課題
PoCで成功しても本番環境に搭載できない
AIをマイコンに実装する際、モデルサイズが大き過ぎて搭載できない課題がある。
PoC時点では高性能なコンピュータを使って確認される場合が多い。こういった環境の差によって、いざ本番環境に実装する際、問題が発生してしまうことがあるのだ。
そして、実装段階での課題の原因は、精度と軽量性のトレードオフの関係にある。
上図で、予測精度が高いものにDeep Learningがある。しかし、Deep Learningは処理が重い。そこで、メモリを軽くすると、精度が犠牲になり、線形回帰のような簡単なアルゴリズムしか実現できなくなる。
理想的には、高精度かつ軽量性を兼ね備えた、トレードオフを打ち破るアルゴリズムが必要となるのだ。
本番稼働後に精度の課題が発覚①:コンセプト・ドリフト
PoCを仮に無事に完了したとしても、運用する中で、経過時間と共にAIの精度が落ちる、といった課題が発生する。これを「コンセプト・ドリフト」と呼ぶ。
上図のように、経年劣化や想定外の環境変化によって、徐々に予測モデルが外れていくことがあるのだ。
本番稼働後に精度の課題が発覚②:破滅的忘却
次に、モデル更新しないまま、新しいデータを追加することで精度の歪みが発生する課題がある。これを「破滅的忘却」と呼ぶ。
例えば、上図のようにDeep Learningで分類問題を解かせたとする。学習直後は、正しく分類できているが、新しいデータを追加学習すると、破滅的忘却によって既知学習に影響し、精度が落ちる。
これを防ぐには、新旧すべてのデータを使って、もう一度全体学習し直す必要があるのだが、1からモデルを作り直すことになるため、時間やお金などのコストがかかってしまう。
一方で、エイシングの開発したアルゴリズム「MST」では、これらの課題を解決しているのだという。
エイシング開発のアルゴリズム「MST」の3つの特徴

エイシングの開発した「MST」は、軽量性と精度のトレードオフを打ち破り、高い更新性で追加学習を可能としている。MSTの特徴である、1. 軽量かつ高速 2. 高精度 3. 更新性の3つの特徴について出澤氏から説明があった。
1. 軽量かつ高速

従来のDeep LearningやRandom Forestといったアルゴリズムは、計算資源の豊富なGPUやCPUへの実装が必要となる。しかし、MSTは指先大のマイコンにも実装することが可能だ。当然、軽量なので高速で動作する。
2. 高精度

MSTとRandom Forestに同一問題を解かせたときの精度比較では、MSTの方が、27%誤差が少ない。また、同じ誤差精度でモデルサイズを比較した場合、MSTは、数百から数万分の一ほど小さい。
高精度を保ちながら、メモリサイズを抑えることができるのだ。
3. 更新性

MSTは、更新性が高いという特徴がある。上図のように、データを逐次ストリーミングのように追加学習できることだ。
従来は、全データを再学習する必要があった。しかし、この技術は、エイシングのAIにおける創業以来からの価値であり、従来のAIでは実現できないのだという。
エイシングのエッジAIの今後

エイシングのエッジAIは、予測制御や個体差補正などオートキャリブレーションに使われている。その応用範囲は、産業用機械やモビリティ、エネルギー、建設機械、空調設備など多岐に渡っている。
最後に、出澤氏は、「従来制御に限界を感じている方々のパートナーとして、既存サービスにエイシングのAIをアドオンすることで、付加価値を創っていきたい」と述べた。
IoTNEWSが提供するDX情報収集サービス
IoTNEWSでは、このような勉強会を含んだDX情報収集サービスを提供している。DXを行う上で必須となる、「トレンド情報の収集」と、「実戦ノウハウの習得」を支援するためのサービスである。
本稿は勉強会のダイジェスト記事だが、実際の勉強会では、IoTやAIの現場を担当している有識者からさらに深い話を聞くことができ、直接質問する事ができる。勉強会以外にも、株式会社アールジーンのコンサルタントが作成するトレンドレポートの提供や、メールベースで気軽な相談が可能なDXホットラインを提供している。
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大学院卒業後、メーカーに勤務。光学に関する研究開発業務に従事。新規照明技術開発を行う。2021年4月に入社し、DXの可能性について研究中。