ディープラーニングを活用し、AIの社会実装事業を展開する株式会社ABEJAは、2月22日、虎ノ門ヒルズフォーラムにてAIカンファレンス「SIX 2018」を開催した。
そこで登壇したABEJAの代表取締役社長 CEO 兼 CTOの岡田陽介氏は、「2018年はAI運用元年だ」と語った。それは、AIがテクノロジーの領域にとどまらず、社会のいたるところで実装されはじめる元年だというメッセージだ。
また、岡田氏は、ABEJAのビジネスは2月22日をもって「フェーズ1」から「フェーズ2」へ移行するとして、AIプラットフォーム「ABEJA Platform」の本格リリースを中心とした、新たな事業戦略を発表した。
- 「ABEJA Platform」の正式版をリリース:
月額60万円(税別)から利用可能。ベータ版にはなかった「学習のサイクル(モデル設計・学習)」を新たに追加 - 業界特化型SaaS「ABEJA Insight」の提供を開始:
従来の小売・流通にくわえ、「製造」・「インフラ」向けサービスを提供 - パートナープログラム「ABEJA Platform Partner Ecosystem」を「AI Professional Partner」および「Marketing Partner」の2タイプに再編
当記事では、これらの詳細についてレポートしていく(同日、SIX 2018に先立って開催されたメディア向け発表会の内容も含む)。
参考:SIX 2018
岡田CEOが振り返るABEJAとAIの6年
AIベンチャーABEJAが設立されたのは2012年。その年は、ディープラーニングのブレークスルーが起きた年でもあった(トロント大学のヒントン教授が、ディープラーニングによる画像認識で10%以上の精度改善に成功した年だ)。
それからこの6年、ABEJAとしても、AIとしても、大きな変化があった。今回、ABEJAが開催したAIカンファレンス「SIX 2018」の名称には、そのような意味が込められているという。
ABEJAは2012年の創業時、社員はわずか3名だった。しかし、2018年2月のいまでは70名まで増え、資本金も当時の100万円から11億円以上まで拡大した。
ABEJAのAIソリューションの特長は、ディープラーニングを活用したAIの技術力だけでなく、それを企業が「実装」し、課題を解決するための包括的なプラットフォームを提供しているところだ。
AIは魔法の箱ではない。企業がAIを実装するためには、「データの取得」から「推論・再学習」までの一連のプロセスを一つ一つこなしていくことが必要だ。
そして、この一連のプロセスには、「多くの闇が存在する」と岡田氏は語る。
たとえば、「再学習」のプロセス。モデルをつくり、デプロイした瞬間の学習モデルの精度は高くても、同じものを使い続けていくと、必ず精度は落ちるという。なぜなら、時間が経ち環境が変化すれば、データも変化するからだ。
そのため、あるタイミングで必ず再学習が必要だというのだ。再学習のためには、あらためてデータを集めなおし、学習モデルをつくり直すなければならない。
また、教師データをつくるには大量なデータが必要だ。さらには、その大量なデータから教師データをつくる工程である「アノテーション」のためのツールや説明書もつくらなければならず、そのための人材も必要だ。
このように、データを取得してから、AIを実装するために企業がすべきことはたくさんある。
「現状、多くのAIベンチャーがこのデータの取得からデプロイまでの検証は行っています。しかし、それを運用するところまではできている企業は多くはありません」と岡田氏は語る。
そこでABEJAは、この「データの取得」から「推論・再学習」までの一連のプロセスを、プラットフォームとして一気通貫で提供する。それが、「ABEJA Platform」だ。
ABEJAはこのプラットフォームを活用し、まずは小売・流通業界向けのSaaS(Software as a Service)「ABEJA Platform for Retail」を2015年10月にリリースした。このサービスは、現在では国内100社以上480店舗で活用されているという。
小売企業は、「ABEJA Platform for Retail」を活用することで、「来店人数カウント」、「年齢性別推定」、「動線分析」などの来店顧客の行動を可視化し、サービスに活かすことができる。なお、データを取得するためのカメラを含め、必要なハードウェア、ソフトウェアはすべて提供される。
さらに、ABEJAはAIの社会実装を加速させるため、「ABEJA Platform」をオープンにすることを発表し、昨年の9月からベータ版として先行リリースしていた。
ABEJA、「フェーズ2」に向けた新たな事業戦略
「ABEJA Platform」を正式リリース
そこで今回、「ABEJA Platform」の正式版がリリースとなった(写真は、メディア向け発表会で使用された資料)。
ベータ版にはなかった学習のサイクル(モデル設計・学習)が新たに追加され、ユーザーはデータさえそろえれば、「データの取得」から「推論・再学習」までの工程を一気通貫で実行することができる。
「ABEJA Platform」には、二つの特長がある。
一つは、アノテーション(大量のデータから教師データを作成する工程)において、ユーザーはデータをプラットフォームにあげるだけで、アノテーションを行うための説明書が自動的に生成される機能が提供される。
もう一つは、クラウドとエッジの「オーケストレーション」(岡田氏)だ。「ABEJA Platform」では、クラウドで学習したモデルを、クリック一つで顧客がもつエッジデバイスにもデプロイできる。さらには、エッジから習得したデータをほぼリアルタイムで推論し、フィードバックすることも可能だという。
「ABEJA Platform」は、ベーシックプランとして月額60万円(税別)で提供される。ただし、前述のアノテーション機能については別プランということだ。
データの保存/転送容量は1TBまで、デプロイは4エンドポイントまで可能(学習モデルを1つデプロイするのに対し、1エンドポイント)。それ以降は、従量的に課金していく二段階モデルとなっている。
また、1組織あたり5ユーザーまで対応。随時、ABEJAのエンジニアのサポートを受ける「利用サポート」も提供されるということだが、モデル開発などの詳細技術サポートはオプションだという。
「ABEJA Platform」を使うことで、AI実装のプロセスを「時間軸で3分の1、コストでは20分の1まで削減することが可能です」と岡田氏は語る。
株式会社リクシルは、「ABEJA Platform」を活用し、実際に成果をあげたという。
同社は、ユーザーがキッチンをどのように使っているかをカメラで映像を撮って分析し、サービスを向上に活かす取り組みを行ってきた。
具体的には、ヒトが映像を撮り、そこからヒトがユーザーの傾向などを分析し、その結果をヒトが紙で起こしていた。非常に手間のかかる作業だったのだ。
しかし、同社は「ABEJA Platform」を活用することで、それまで3か月必要だった分析が、3日でできるようになったという。
岡田氏より紹介をうけ、登壇したリクシルの理事 マーケティング本部 デジタルテクノロジーセンター センター長 安井卓氏は、「ABEJAと協力体制をつくりあげられたことがよかった」と語った。
自社でAIを活用しようとした時は、アノテーションに大きなコストがかかることが問題だったという。そこで、ABEJAのアノテーション機能を活用し、モデルの構築やチューニングなども一緒に行っていくことで、実装までこぎつけたということだ。
また安井氏は、今後のAIの実装に向けて、「現場をしっかり見て、現場の担当者とコミュニケーションをとりながら実装まで持ち込めるAIエンジニアがもっと必要です」と語った。
業界特化型SaaS「ABEJA Insight」の提供を開始
次に、ABEJAは、小売・流通業界向けに提供していた「ABEJA Platform for Retail」の名称を「ABEJA Insight」に変更し、新たに製造業界、インフラ業界向けを対象としたパッケージをラインナップに加えた。
小売・流通業界向けの「ABEJA Insight for Retail」は引き続きの提供となる。カメラ1台あたりで、月額16,000円(税別)からだ。
製造業界向けの「ABEJA Insight for Manifacture」は、具体的には以下のソリューションがある。
- 完成品・中間品・材料の検品
- 操縦機器の危険検知
- 製造機械の故障や異常の予測
- 商品の仕分け
インフラ業界向けの「ABEJA Insight for Infrastructure」のソリューションは、以下の3つだ。
- 異常診断
- 故障予測
- 需要予測
「Manifacture」、「Infrastructure」ともにAPIでの提供となり、ハードウェアは含まれない。月額料金は税別60万円からで、利用するエンドポイントの数、データ量に応じて料金は変動するということだ。
「ABEJA Platform」と「ABEJA Insight」の違いについては、「Platform」では、エンジニアがオリジナルの学習モデルやデプロイ環境をつくっていくことが必要だが、「Insight」はすでに固定化されたモデルが用意されており、顧客はデータの要件さえ満たせば(充分な量、あるいは画像データであれば、解像度など)、すぐに「推論」を実行できるということだ。
パートナープログラム「ABEJA Platform Partner Ecosystem」を再編
ABEJAの岡田CEOは、オープンなプラットフォームを広く提供するだけではなく、パートナー企業とエコシステムをつくり、一緒に新しいビジネスを生み出していくことが重要だとして、従来の「ABEJA Platform Partner Ecosystem」(現在、70社以上が参画)を、「AI Professional Partner」および「Marketing Partner」の二つに再編した。
「Marketing Partner」に提供されるサービスは従来と同じだが、新たに制度として追加されたのは、「AI Professional Partner」だ。
このパートナー制度は、「ABEJA Platform」を活用して独自アプリケーションをつくりたいが、自社にはAIなどのノウハウを持った人材がいないといった企業をサポートし、一緒にアプリケーションをつくりあげていくための仕組みだという。
また、このパートナー制度でできたアプリケーションは、他の企業にもオープンに展開されていくことが想定されている。
会場では、「AI Professional Partner」に参画する6社のうちの1社である武蔵精密工業株式会社が紹介され、同社の代表取締役社長 大塚浩史氏が登壇した。
同社とABEJAは、ディープラーニングを活用したギヤの検品工程の自動化において協業し、その実証実験を完了したと2月19日に発表している。
ABEJAと武蔵精密⼯業が協業、ディープラーニング技術を活⽤した検品の⾃動化に関する実証実験を実施(2018.02.19 リリース)
今回の自動検品の取り組みに関して大塚社長は、「やることははっきりしていました。AIを使って現場を省人化して、現場の作業員を楽にさせたいということです」と語る。
しかし、AIを活用するといっても、人材もない。ノウハウもない。どうしようか考えていた時に、「ABEJA Platform」と出会い、導入後は半年を待たずに結果が出たということだ。
武蔵精密工業は、実証実験で構築した学習モデルを活用し、4月以降、自社工場内で試験的な運用を開始する予定だ。
AIの社会実装に向けた技術的課題とABEJAの研究開発の取り組み
ディープラーニングの活用において、技術的な課題はまだまだ多いという。ABEJAの岡田氏は、同日に開催されたメディア向け発表会にて、次の3つの技術的課題と取り組みについて発表した。
データのトレンド変化を自動検知する仕組みの開発
学習モデルは、当然のことながら、直近のデータから作成することになる。しかし、それを使い続け、時間が経っていくと、環境やトレンドの変化によって学習モデルが陳腐化するということが起こる。
そこで、AIがみずからトレンドの変化を検知し、自動的に人間にフィードバックする仕組みを開発中だという。
アノテーションがいらないフレームワークの開発
もう一つは、これまで何度か述べてきたように、教師データをつくる「アノテーション」の工程がかなりのコストになる。そこで、集まってくるデータに対し、アノテーションをしなくても活用できるようなフレームワークの研究を行っているという。
一度つくったモデルを再活用するフレームワークの開発
作成した学習モデルを別のビジネスの用途に使おうとした場合に、そのデータ傾向が異なるために、結局ははじめからデータを取得し、モデルをつくりなおさなければならないのが現状だという。
そこで、ABEJAはそのデータ傾向をつかみ、モデルを再活用することができるフレームワークの研究を行っているという。
【関連リンク】
・アベジャ(ABEJA)
・リクシル(LIXIL)
・武蔵精密⼯業(MUSASHi)
・「買う理由、買わない理由」を人工知能が解き明かす -ABEJA(アベジャ)CEO岡田氏インタビュー
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技術・科学系ライター。修士(応用化学)。石油メーカー勤務を経て、2017年よりライターとして活動。科学雑誌などにも寄稿している。