NICT・東京大学・ソニーCRLら、国際宇宙ステーションと地上間での秘密鍵共有と高秘匿通信に成功

近年、量子コンピュータ研究の急速な進展により、従来の暗号技術で守られていたデータが全て解読されてしまう可能性が高まっている。

また、現在は解読できない暗号データでも、一旦保存しておいて、将来高度なコンピュータで全データを解読するタイプの攻撃がされる恐れがある。

このような背景から、国立研究開発法人情報通信研究機構(以下、NICT)、国立大学法人東京大学大学院工学系研究科、ソニーコンピュータサイエンス研究所、次世代宇宙システム技術研究組合及びスカパーJSAT株式会社は、低軌道上の国際宇宙ステーション(以下、ISS)から地上の可搬型光地上局への光通信により、1回の上空通過で100万ビット以上の秘密鍵を共有し、ISSと地上局とでの情報理論的に安全な通信の実証に成功した。

NICT・東京大学・ソニーCRLら、国際宇宙ステーションと地上間での秘密鍵共有と高秘匿通信に成功
ISS-可搬型光地上局間の物理レイヤ暗号通信実験の全体構成図

現在、NICTは、地上光ファイバ網における量子暗号通信の高速化・長距離化に向けた研究開発を進めているが、量子鍵配送をグローバル規模に拡大するには、数千kmにわたる量子暗号通信を行う必要がある。また、地上光ファイバー網では通信路の途中で中継する量子中継技術の発展を待たなければならない。

一方で、地上での中継が不要な、衛星を用いた量子鍵配送の可能性も模索されており、2017年に中国で衛星量子鍵配送の実験が成功している。

これを受けて、世界各国で衛星量子暗号技術の開発が進められているが、共有される鍵の量が限られ、また大型の地上局が必要など、その実用化には課題が残っている。

そこで今回、NICTを始めとした5機関の研究開発チームは、衛星と地上局間の見通し通信路の性質を利用し、より高効率で鍵共有を可能とする物理レイヤ暗号の研究開発を進め、その宇宙実証を行った。

この実験で研究開発チームは、低軌道高秘匿光通信装置「SeCRETS」を開発し、ISSの日本実験棟きぼう船外実験プラットフォームに搭載した。

NICT・東京大学・ソニーCRLら、国際宇宙ステーションと地上間での秘密鍵共有と高秘匿通信に成功
今回開発された「SeCRETS」のフライトモデル外観

この装置から、10GHzクロックで乱数データ(鍵データ)を変調した信号光を地上に向けて発射し、NICT本部に設置した可搬型光地上局の直径35cm反射型望遠鏡で信号光を受信した。

NICT・東京大学・ソニーCRLら、国際宇宙ステーションと地上間での秘密鍵共有と高秘匿通信に成功
今回開発された可搬型光地上局と直径35 cm望遠鏡の外観

そして、信号の盗聴者への情報漏洩量を無限小とするため、この受信した乱数データをISSと地上局の間で鍵蒸留処理をすることで、1回の上空通過で100万ビット以上の安全な暗号鍵の生成に成功した。

さらに、この蒸留処理した暗号鍵を用いて軌道上にある写真データをワンタイムパッド暗号化して、ISSからの電波による通信を通じて地上に送信し、復号することでこの写真データを取得することにも成功した。

今回開発された「SeCRETS」は、そのほとんどの部分が民生部品で構成されているが、低軌道衛星を想定した環境での使用を想定した耐真空環境、耐放射線被曝に関する試験を行い、低軌道のような過酷環境下でも問題なく動作することを確認した。

また、光学系望遠鏡をトラックに搭載することで可搬型の光地上局を構成し、かつ、高速変調した信号の受信のための極めて微細な調整が可能な追尾システムを導入した。

これらの開発により、衛星搭載用暗号装置の低コスト化及び開発期間短縮の可能性を高め、可用性の高い可搬型光地上局を用いた高速光通信を実証した。

この成功により、低軌道衛星からの光通信による高速かつ高い安全性を持つ暗号鍵を、任意の地上局と共有する技術的な見通しが立ったのだという。

この技術が実用化されれば、原理的に地球上のどこでも安全な暗号鍵の共有が可能となり、通信での漏洩を防ぐことができるため、国家安全保障や外交の分野における重要情報の高秘匿通信が可能となる。今後はこの技術の開発をさらに進め、機密情報を扱うユーザ向けの衛星量子暗号システムの社会実装を目指すとしている。

なお、同プロジェクトで行った実証研究では、光送信を行う範囲を、セキュリティの確保された受信局周辺の区域に限る方式(物理レイヤ暗号)を用いた。今後はここで得られた結果の検証を進めることで、暗号装置に組み込む機器等の開発を進め、衛星搭載用の量子鍵配送装置の製作を加速させる計画だ。

また、量子鍵配送実証に好適な電力系や姿勢制御系を備えた衛星バスシステムの開発を視野に入れた研究・開発を加速させ、実用化への足掛かりとする。

さらに、ISS-可搬型光地上局での実験デモを更に進め、日本独自の衛星量子暗号を実現するための基本データ収集を実施する予定だ。

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