ハードウェアの構造が同じままでは、いいソフトウェアはつくれない
馬場: 大事なことはハードウェアを毎日「アップデート」できることです。かつての家電は、自動化のためにつくられています。自動化と「ホームエクスペリエンスを毎日よくする」ということでは、あまりにも設計思想が違います。自動化を進めても、ビジネスのイノベーションは起こりません。
Appleは今でこそ、Apple PayやApple Storeなどのサービス売上が4兆円をこえました。iPhoneの販売数が増えるほど、サービスのビジネスが立ち上がっていくモデルです。
しかし、Appleのサービスは最初からすべてうまくいっていたわけではありません。デバイスが大量に普及して一定数になったことで、やっと質のいいサービスを提供できるようになったのです。
ハードウェアとソフトウェアでは企業のDNAが違います。パナソニックの25万人の社員にむかって、「俺たちはサービス事業者になる」と言っても、ぐっとこないですよ。ぐっとこないものの経営改革は失敗します。「え?まだハードウェアとか言ってるの?」とたとえ世間から古くさく感じられても、胸をはって、「ハードウェアで世界ナンバー1を奪還する」と言った方がぐっとくるわけです。
奥田: 「ハードウェアの進化」について、もう少し教えてください。
馬場: まず、つなげる必要があります。でも、それ自体にはあまり私たちは着目していません。既に世の中にある製品については、GoogleやAmazonがつなげばいいと思います。私たちはモノとモノがつながったうえで、「エクスペリエンス」を提供したいのです。

馬場: たとえば、「おいしいコメを食べる」というエクスペリエンス。品種や収穫時期、炊く時の外気温などによってコメの炊きあがりは違います。それらを絶妙に調整して、おいしいコメを炊くノウハウが必要です。
パナソニックはこれまで、各地域の農家を回り、どのように炊いたらおいしいコメができるかを追い求め、再現して、炊飯器のソフトウェアに実装してエンドユーザーに提供してきました。
ところが、もし毎年違うコメの品種が生まれ、天候がころころ変わり、ヒトのニーズも多様化した場合に、顧客に最適なエクスペリエンスを提供しようとすると、どうでしょうか。都度アップデートできるソフトウェアのアルゴリズムが必要になります。パナソニックの炊飯器は50種類のコメの銘柄を炊き分けます。ただ、今年の秋に新米が出たとしても、それに最適なコメの炊き方を今持っている炊飯器でダウンロードすることはできないのです。
できないどころか、新米が出てから製品実装して店頭に並ぶまでに2年かかります。16年に出た新米の炊き方が18年にようやく実装されるのです。
これは、製品ライフサイクルの異なる2つの領域が1つのビジネスプロセスの中に混入しているからです。この問題を解決するには、ハードウェアの内部構造を変えないといけません。
世の中にある「つながるモノ」というのは、多くが中を変えず、「外と外」がつながっています。つながることを前提につくられた中とは何か。中と外の関係はどうすべきか。ここを突き詰めていく必要があるのです。中を変えないことにはいくらつながっても本当の未来は永遠にこないのです。
奥田: お話を伺っていて、「HomeX」がハードウェア企業だからできるアプローチだということがよくわかりました。
馬場: パーソナルコンピュータの父と言われるアラン・ケイ氏が「People who are really serious about software should make their own hardware」と言っています。
「HomeX」の話に置き換えると、ホームエクスペリエンスを毎日よくするというこれまでにないソフトウェアをつくりたいなら、そのソフトウェアを最適に動かすこれまでにないハードウェアをつくる必要があるということです。
従来のモノの内部構造のまま、IT企業がどんなにがんばったところで、イノベーションは起きません。電話やクルマの産業を根本から変えたのはIT企業ではなく、Appleでありテスラでした。もちろん、彼らがアーキテクチャを変えたあとに、それを改良した企業がその後のビジネスの勝者になることはあるかもしれません。それはそれでいいと思います。
ただ、誰かがまずはやるべきなんです。「住空間」では、パナソニックがやりたい。
奥田: 本日はありがとうございました。
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技術・科学系ライター。修士(応用化学)。石油メーカー勤務を経て、2017年よりライターとして活動。科学雑誌などにも寄稿している。