近年の目覚ましいテクノロジーの進化や経済のグローバル化が進む一方で、マネー・ローンダリング、不正送金、振り込め詐欺などの金融犯罪手法は以前にも増して複雑化・巧妙化しており、それらの脅威に対する対策は、社会課題の一つとして、より重要性を増している。特に、振り込め詐欺等の特殊詐欺による2019年の全国の被害金額は8年連続で300億円を超え(警察庁発表)、依然として深刻な社会問題となっている。
これら不正送金等の金融犯罪に対して、現状、多くの金融機関はそれぞれが保有する金融取引データに対し、ルールベースのモニタリングツール(※)を用いて人手で不正取引を検出しているが、これには担当者の経験等への依存やコストの課題がある。
そこで、機械学習技術を用いた不正取引の自動検知システム(AIシステム)の導入検討が進んでいるが、単独の金融機関では十分な量の学習データを用意することが難しく、また、個人情報を含む金融取引データを各金融機関外に持ち出すことができないため複数の金融機関で協力して学習することもできず、AIシステムの導入は難航していた。
国立研究開発法人情報通信研究機構(以下、NICT)サイバーセキュリティ研究所セキュリティ基盤研究室と国立大学法人神戸大学、株式会社エルテスは2019年2月より、NICTが開発したプライバシー保護深層学習技術「DeepProtect」を応用して、不正送金の自動検知に向けたデータの利活用とプライバシー保護を両立できるプライバシー保護深層学習技術の研究開発及び実用性検証に取り組んできた。
DeepProtectは、各組織で持つデータを基に深層学習を行う際に、学習中のパラメータ(勾配情報)を暗号化して中央サーバに送り、中央サーバでは暗号化したまま学習モデルのパラメータ(重み)の更新を行うことができる。この更新処理は加算のみで行えるため、暗号化したまま加算が可能な「加法準同型暗号」を使うことで効率的に実現可能となっている。
複数の組織からの学習データを基に更新されたこの学習モデルのパラメータを各組織においてダウンロードすることで、より精度の高い分析が可能になる。各組織から中央サーバにデータそのものを送ることなく、学習中のパラメータのみを暗号化して送信するため、データの外部への漏えいを防ぐことができる。
しかし、個々の銀行で日々発生する不正送金の件数は学習データとしては十分多いとはいえず、より多くの銀行のデータをもとに学習した結果を統合することで、不正送金の検知精度を80%以上に向上させることを目指している。
そこで、不正送金の自動検知の精度向上に向けて既に連携してデータ解析を進めてきた千葉銀行に加え、三菱UFJ銀行、中国銀行、三井住友信託銀行及び伊予銀行が実証実験に参加することとなり、オープンイノベーションによる実施体制を構築した。
現在、NICTと神戸大学は各金融機関との業務委託契約の下、金融取引データ解析の委託を受けて個別の金融機関ごとの個人を特定できないように加工された金融取引データに対し、機械学習技術を用いることで不正取引の検知の実証実験を実施している。
今後NICT、神戸大学及びエルテスは、金融機関との連携の下、2021年度末までにプライバシー保護深層学習技術を活用して各金融機関が持つ顧客データを互いに開示することなくプライバシーの保護を図りつつ、複数機関で連携した機械学習が可能なシステムを構築し、不正送金の高精度自動検知を実現することによって、特殊詐欺の検知精度向上に貢献していく。
※ ルールベースのモニタリングツール:個人口座から1日に一定額(例えば、100万円)以上の高額の送金が行われた場合にその口座を検出するなど、予め決められた条件(ルール)に合致した場合にアラートを出すようなモニタリングツール。
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