水中では、生物が生み出す生物音や、風や波などの自然音、船舶や海中工事などの人為音から構成される音風景(以下、水中サウンドスケープ)が形成されている。
これまで、水中サウンドスケープを構成する特定音を詳細に分類する技術は確立されていなかった。また、水中音の観測は、固定式の観測機を用いられることが主流だが、固定式の場合、沿岸域など設置が難しい場所での観測は困難であった。
さらに、水中音はデータ量が比較的大きいため、リアルタイムなデータ送信により観測結果を回収することは困難であった。
そこで、Biologging Solutions株式会社は、主に一般社団法人 全国水産技術協会らと共同で、バイオロギングを用いて水中サウンドスケープをセミリアルタイムに観測するシステムの開発に成功したと発表した。
このシステムでは、生物を自律的移動観測プラットフォームとしてみなすバイオロギング技術を用い、さらに内部で音源分類するエッジAI機能を開発することで、沿岸域も含めて、広範囲かつセミリアルタイムにサウンドスケープを観測するロガー(以下、サウンドスケープロガー)を開発した。
この成果では、ウミガメなどの海面に浮上する海洋生物に、サウンドスケープロガーを取り付けることで、サウンドスケープ観測を行う。
具体的には、ウミガメが水中にいる時に、ウミガメが観測した水中音をエッジAIにて分類し、ウミガメが浮上した際に、その浮上した位置と分類した水中音の結果を、ウミガメの行動データ(深度、温度、加速度、地磁気)とともに、LTE-M通信や衛星通信にて送信する。

エッジAIでは、事前に学習した52音種(※)を分類する深層学習モデルを搭載し、小型・軽量化が求められるバイオロギング装置として実行可能にするために、モデルの軽量化が行われた。
※:生物音41種(甲殻類1種、魚類31種、海棲哺乳類9種)、自然音3種(雨、波、その他)、人工音8種(船舶、海中工事音、ダイバー音)で構成される合計52音種
実証実験は、沖縄県石垣島に棲息するアオウミガメ成熟個体を対象として実施し、ウミガメに取り付けたサウンドスケープロガーを通して、ドクウツボなどの生物音や船舶音を回収することに成功した。

バイオロギングは、直接観察が困難な野生生物の行動や経験環境を、センサを取り付けることで観測する手法として発展してきた。
近年では、ウミガメ、アザラシなどの海面に浮上する生き物にバイオロギング装置を取り付けることで、観測が困難な沿岸域、極域や、生物にとって重要な生息海域においてセミリアルタイムに海洋観測を行うプラットフォーム(水温、塩分、溶存酸素など)としても有効性が示されてきている。
今回の研究は、新たに水中サウンドスケープもバイオロギングによって観測可能であることを示した成果となった。
今後は、この技術を多点展開することで、海中騒音や生物多様性など海洋生態系の可視化に貢献することが期待されており、このシステムにより、水中サウンドスケープの観測を通して、生物多様性の把握、保護区の管理、水中騒音や違法漁業の監視などの手法を提供する計画だ。
さらに、この技術は海洋学、生態学、環境保護の分野における研究と政策策定にも大きな影響を与えることが期待されている。水中音を分類する深層学習モデルは、現場水域や目的に合わせた再学習を行い、サウンドスケープロガーに導入することが可能だ。
現在、携帯電話通信だけではなく、衛星通信に対応したサウンドスケープロガーも同時に開発しており、今後、外洋域も含め、広範囲にサウンドスケープが観測可能になる予定だ。
なお、この研究は、防衛装備庁が実施する「安全保障技術研究推進制度JPJ004596」の支援を受けたものとのことだ。
無料メルマガ会員に登録しませんか?

IoTに関する様々な情報を取材し、皆様にお届けいたします。