DX(デジタルトランスフォーメーション)を進めていく上では、ユーザ企業におけるIT人材の不足が深刻な課題である。会社の中にシステムに精通した人やプロジェクト・マネジメントできる人材が不足している。
その結果、ベンダー企業に経験・知見を含めて頼らざるを得ないというのが現状である。 特に、業務プロセスや周辺システムとの関係を明確にして、将来あるべきシステムのビジョンを描くことが非常に重要である。しかし、このようなことを考えられる人材はユーザ企業には限られているため、ベンダー企業と協調して取り組むことが必要となっている。 加えて、ビジネス上どんな脅威に晒されているかを分析し、それに対して新しいデジタル技術で何ができるのかを企画できる人材も育てなければいけない。
ユーザ企業におけるIT人材不足を補う一案として、ベンダー企業から出向するという方法もある。ベンダー企業としてはユーザ企業のビジョンや業務の詳細を把握する上で有効な手段ともなる。
一方、出向に依存しすぎるとベンダー企業として果たすべき役割や価値は何かが問われることになる。新卒で雇った技術者を教育してユーザ側に預けて、少ないマージンで単価も低いとなるとベンダー企業にとってはサステイナブルではなく、出向とは異なる形態での支援のあり方も模索する必要がある。現状において、ユーザ企業の既存システムの運用・保守にかかる業務が多く、ベンダー企業の人材・資金を目指すべき領域に十分にシフトできないでいる。
このため、新たなデジタル技術を駆使する人材を確保・維持することが困難となっており、早晩、競争力を失っていく危機に直面している。
ベンダー企業においても、近年は技術者の不足感が強まっており、急な人員増やスキルシフトへの対応は困難になりつつある。これは、構造問題であるため、人員確保の短期的な解決は難しい状況である。
困難となる IT エンジニアの教育・確保
ITエンジニアの7割以上がベンダー企業に偏在している我が国では、ユーザ企業としては、ITエンジニアの確保と教育も課題である。IT技術の進化のスピードが速い中で、新たな技術に関する再教育をどうするのか、世の中の変化に伴い新しい人材を如何に確保する か等、全体として人材確保について悩みを抱える企業は多い。
少子高齢化の中で新人の採用が困難な中、IT人材の確保は特に厳しく、人材の問題は喫緊の課題である。
スキルシフトの必要性
DXを推進するためには SoR(顧客接点を高度化するシステム)、SoE(従来からの企業内の業務システム)両方のバランスをとることが求められ、そのための ITエンジニアのスキルシフトが必要とされる。
- 要件変更を前提とした開発への対応ができるアジャイル開発の活用
- システムを小さな機能に分割し、短いサイクルでリリースができる
- API/Web APIベースの疎結合構造によるモジュール化されたサービスの利用による
大規模システムのコストとリスクの大幅な圧縮と変化への適用性の向上など新しい革新的なアプリケーション・アーキテクチャの習得が重要となる。
こうしたスキルシフトを通じて、ベンダー企業は変化の速いデジタル技術にキャッチアップできる人材を活用してユーザに価値を提供することが求められる。これに対し、ユーザ企業は正当な価値評価をすることが必要であり、これにより、ITエンジニアの単価が安価に固定されてしまう現状から脱却する必要がある。
人材の定年とブラックボックス化
また、国内企業では、大規模なシステム開発を行ってきた人材が定年退職の時期を迎え、人材に属していたノウハウが失われ、システムのブラックボックス化が起きている。
多くの国内企業は終身雇用が前提のため、ユーザ企業においては、ITシステムに関するノウハウをドキュメント等に形式知化するインセンティブは弱い。
そのため、ノウハウが特定の人の暗黙知に留まっている。このため、開発当初はドキュメントが正確に記述されていても、特定の技術者が「有識者」として居続ければ、組織としての管理がおざなりになってしまう可能性が高い。
これまでは、有識者が社内に存在していたため、管理上の問題が顕在化することは少なかった。しかし、2007 年問題(団塊の世代の大量退職)に代表されるよ うに、スクラッチ(既存の製品や雛形等を流用せずに、まったく新規にゼロから開発すること)で大規模開発を行ってきた人材は既に現場から消え去る局面を迎えており、既に多くの企業においてブラックボックス化していると考えられる。
汎用パッケージやサービスを活用している場合は、ユーザ企業内からノウハウがなくなったとしても、同様のノウハウを持つ人材は世界中に存在するため、対応は可能である。ただし、我が国の場合、汎用パッケージを導入した場合も自社の業務に合わせた細かいカスタマイズを行う場合が多い。この結果、多くの独自開発が組み込まれることになるため、スクラッチと同様にブラックボックス化する可能性が高い。
既存システムの運用とメンテナンスは年々コストが増大するのみならず、歴史的に積み上げられてきた機能に対して、全貌を知る社員が高齢化したり、退職したりして、更新におけるリスクも高まっている。
老朽化したシステムの運用・保守ができる人材の枯渇
今後、老朽化したシステム全体の仕様を把握している人材がリタイアしていくため、そのメンテナンスのスキルを持つ人材が枯渇していくことから、どのようにメンテナンスしていくかという課題もある。
こうした中で、先端的な技術を学んだ若い人材をメインフレームを含む老朽化したシステムのメンテナンスに充てようとして、高い能力を活用しきれていなかったり、そのような人材にとっては魅力のある業務ではないために離職してしまったりするといった実態もあり、先端的な技術を担う人材の育成と活用が進まない環境にもなっている。
(出典:経済産業省 DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~)
INSIGHT
既に議論する余地もなく、IT人材不足が最低でも2025年まで続く可能性は高く、当面回復する可能性は低い。デジタル化(DX)要員を、外部のベンダに頼ることが出来るのは潤沢な資金を持つ大企業のみだろう。この状況から取れる対策の選択肢は多くなく、主に以下の3つとなる。
選択1:レガシーシステムの保守・運用に張り付いているIT要員をDXへ投入する
レガシーシステムがERPなどのパッケージベースのシステムならば、アウトソーシングすることを推奨する。それが出来なければ、5~10年間塩漬けにする検討をしてレガシーシステムの保守・運用を最小限にする。バックオフィス系システムは、売上や顧客の差別化を生まないシステムなので、企業の成長や競争力を強化するDXにこそIT人材を振り分けるべきだろう。
選択2:事業部門や経営企画部門にDX組織を新設する
レガシーシステムと切り離して、DX専門のIT組織を作る。これまでレガシーシステムの保守・運用を担当していたIT要員をDXの技術者へ育成するのは簡単ではない。事業部門や社外から人材を募ってDX組織を作る方がスピード面からも良いと思われる。
選択3:レガシーシステムを捨て、DX化へ全面的にシフトする
レガシーシステムの保守・運用は、今後さらに重く難しくなりいずれ支えきれなくなると予想される。支えきれなくなる前に、レガシーシステムを捨て、クラウドやパッケージで仕組みを置き換える検討をしておく必要がある。システムの断捨離を決断するのだ。
以上、どの選択肢も厳しい内容だが、もしこの問題を先送りすれば、生き残るチャンスを自ら捨てることになりかねない。
経済産業省がDXレポート「2025年の崖」を出した理由は、システム戦略を誤ることがグローバル競争で日本企業が敗退するリスクの1つだからだ。
(IoTNEWS製造領域エバンジェリスト 鍋野)
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