「大企業の理論」で進める新規事業は失敗する
野内: 考え方はシンプルです。最小限のコストでDXする実体験をまずもっていただくのです。
たとえば、百万円の決裁権しかない事業部長が、1億円の事業を提案することはできません。それなら、百万円でDXの成功体験をまずつくればいいのです。ここで重要なことは、そうした新規事業をやりたいと思っている若手社員は、実はどの企業の中にもたくさんいるということです。そうしてまずは成功モデルをつくりあげるのです。
もちろん、これは簡単なことではありません。ただ、その歯車を回すための仕掛けを私たちはつくりたいのです。かつてデジタルマーケティングの黎明期に、私たちが提案してきた相手は、企業のウェブページを作成していたような部門の方々でした。つまり、デジタルマーケティングの潮流はボトムアップ的に起きたのであり、経営者のトップダウンとは逆の流れです。むしろ、ボトムからのエネルギーが、経営者のマインドを変えたのです。
小泉: 企業(顧客)への提案は具体的にどのように変わっていくのでしょうか。
野内: プロモーション中心の提案ではなくなると思います。プロモーションは基本的に今ある事業をどう伸ばすかという提案ですから。それだけはなく、「こうした事業をした方がいいですよ」というビジネスモデルに直結した提案をしていくことが増えるでしょう。でも、実はそれも従来とあまり変わりません。私たちの目的は、お客様の事業を成長させることであり、マーケティング提案はその一つの手段です。
小泉: 貴社はマーケティング企業ならではのさまざまな強みをお持ちだと思います。その強みは、顧客のデジタルシフトにどのように活かすことができるとお考えですか。
野内: デジタル感度の高い社員が多いことやシステム開発能力、データ分析の技術など強みは色々ありますが、それに加えて、意思決定のスピードが速いということは大きな強みだと思います。イノベーションに対するアレルギーというものがそれほどないのです。もともと、5名のメンバーで創業したベンチャー企業ですからね。
また、私たちはベンチャー投資をずっと行ってきています。ベンチャー企業の多くはデジタルネイティブであり、先進的です。一歩も二歩も先に進んでいて、見えている世界が違います。私たちは、さまざまなベンチャー企業とそうした景色を共有してきました。弊社には、そこで学んだベンチャー経営のノウハウをお客様に伝えていく責務もあると感じています。

小泉: 最近では「オープンイノベーション」という言葉をよく聞くようになりました。でも、結局は大企業とベンチャー企業という、内と外の構図になっていることが多いです。しかし貴社はそうではなく、ベンチャー企業と一緒に歩んでいく、という風土がありますよね。
野内: オープンイノベーションが失敗するモデルが一つだけあります。大企業がベンチャー企業と組むときに、「大企業の理論」で進めてしまうことです。ベンチャー企業からすれば、大企業に求めるのは技術やノウハウではなくて資金と信用力です。一方、大企業はベンチャーの先端技術や発想が必要だから組もうとします。これはあくまで対等の関係のはずです。それなのに、大企業が上でベンチャーが下という構造が普通に起きてしまう。
オープンイノベーションを成功させたいのなら、大企業は「上下ではなく、あくまでも対等の関係である」と考えるべきです。
小泉: なるほど。
野内: このことは、私もここ最近になってようやく気づいてきたことです。オープンイノベーションがうまくいく場合とそうではない場合があるのはなぜだろうと、ずっと考えてきました。見えてきた答えは、やはり大企業の理論なのです。
あるいは、事業に対する向き合い方でも分かれます。ベンチャー企業と一緒に立ち上げた事業そのものが、どうしたらもっと世の中に広がるだろうか、という発想に立っている企業はうまくいきます。ですが、新しい事業そのものの拡大や成長より、それを自社の事業にどう取り込めるかという内向きの視点で考えると失敗します。
過去に私たちも経験していますから、よくわかるのです。これまで、グループ内でさまざまなベンチャー企業をつくってきました。以前はそのベンチャー企業がマーケットに対してどのようにイノベーションをおこせるかということよりも、私たちの本業にどう貢献してくれるか、という視点で見てきました。
でも、それは変えるべきだと気づいたのです。ベンチャー企業の視点に立つことで、イノベーションが自然と沸き起こってくるようになります。そうしたイノベーションのしくみづくりが、これからよりいっそう重要になると考えています。
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技術・科学系ライター。修士(応用化学)。石油メーカー勤務を経て、2017年よりライターとして活動。科学雑誌などにも寄稿している。