株式会社QTnetは、福岡県に本社を置く九電グループの通信事業者だ。2019年に、新しい分野に挑戦する部署として「YOKAプロ」を新設し、eスポーツ事業、AIや無人店舗への試みなど、様々な取り組みを実施している。
一見通信事業と関係なくみえるこれらの取り組みを、QTnetが実施する意味や背景、こらからの展開などについて、株式会社QTnet 経営戦略本部 YOKAプロ AI事業プロジェクト プロジェクトリーダー佐伯和広氏(トップ画左)と、YOKAプロ AI事業プロジェクト 兼 DX推進室 久保田祥平氏(トップ画右)にお話を伺った。(聞き手: IoTNEWS小泉耕二)
幅広い新規事業を立ち上げ、世界へ展開していく
IoTNEWS 小泉耕二(以下、小泉): お2人は2019年に新設されたYOKAプロに所属されていますが、YOKAプロとはどういう意味なのでしょうか。
QTnet 佐伯和広氏(以下、佐伯): 「Yes OK Agree」の頭文字と、「良い」という意味の福岡の方言「よか」を掛け合わせた意味があります。新規事業を考えるにあたり、「失敗してもいいから色々とチャレンジしてみよう」というコンセプトを、名前に反映させています。
小泉: この3年間、YOKAプロで行われたプロジェクトについて教えてください。
佐伯: 様々な取り組みを行っているのですが、今回は4つの取り組みについてご紹介します。
1つ目はe-スポーツ事業です。弊社の子会社である株式会社戦国がプロのe-スポーツチーム「Sengoku Gaming」を運営しています。また昨年度、弊社の新たな施設として、eスポーツ対戦やパブリックビューイングなどができるe-スポーツの総合施設「esports Challenger’s Park(略称:チャレパ)」を天神のロフトビルにオープンさせていただきました。

2つ目が無人店舗です。九州工業大学と連携して、商品認識を画像で行い、キャッシュレスを実現するなど、24時間365日無人で運営できる店舗の実証を行っています。

この無人店舗で活用している画像認識のAI技術に関しては、今特許を出願しているところです。
3つ目が、AutoMLツールとBIツールを活用した社内業務へのAI適用です。
そして4つ目の取り組みは、無人店舗の経験や社内業務へのAI適用を更に活かせないかと、AIやDXに取り組みたいと考えている小売・物流・製造関係の、九州の地場企業に課題などをヒアリングしています。
また、上記以外にも社内では、DX推進室を立ち上げたり、YOKAプロからQTDAというデジタルエージェンシー部門を立ち上げてデジタルマーケティングを行ったりと、様々な取り組みを行っています。
小泉: e-スポーツからAI、デジタルマーケティングと幅広く取り組まれているのですね。基本的には九州での展開を想定されているのでしょうか。
佐伯: プロジェクトによりますが、プロe-スポーツチームのSengoku Gamingは「九州から世界へ」というスローガンを掲げ、世界で戦えるチームを目指した選手の育成にも力を入れています。実際に、世界大会で好成績をおさめるといった結果も生まれはじめています。
会社としても、「九州一ワクワクする会社」を目指しており、そうした想いに共感してくれる仲間や地場の企業の方々と共に、全国や世界に挑戦していくイメージを描いています。
小泉: 社内の新規事業部門は孤立してしまうという課題を抱えている企業も多い中、経営層をはじめ全社的に同じ方向を向いているのは良いことですね。
佐伯: YOKAプロ設立当初は出島という形で、本事業と分かれていたのですが、3年経った今、本事業とのシナジーも考えながら一緒にやっていこうという流れが生まれています。

QTnet 久保田祥平氏(以下、久保田): 私がYOKAプロと兼務しているDX推進室では、全社的にDXを進めていくため、営業や技術、経営戦略部門を含めた人材が在籍しています。
しっかりと戦略を練った上で、新しいことにチャレンジしていこうという精神が根付いています。
インフラ事業の中でデータ分析を行うといったことや、従業員体験や顧客体験を向上するためのデジタル化やデジタイゼーション、デジタライゼーション含めてDXを盛り上げていく仕組みづくりをしようと考えています。
通信事業の強みを活かすコンテンツづくり
小泉: ではまずは、1つ目のe-スポーツ事業について教えてください。
佐伯: e-スポーツ事業では、プロのe-スポーツチームとe-スポーツ総合施設の運営を行っています。
e-スポーツ総合施設「esports Challenger’s Park」は、九州では最大規模のe-スポーツ施設で、福岡の中で交通の便が良い天神から徒歩5分程度の立地となっています。
「Sengoku Gaming」のホームスタジアムにもなっており、パブリックビューイングや大会に向けたイベント、トロフィーの展示やグッズの販売なども行っています。

小泉: e-スポーツの施設とプロチーム、両方を持っているのは珍しいですね。
佐伯: そうですね。両方を運営しているからこそのイベントを開催することができますし、リアルなスポーツ同様スポンサーがついているので、PRゾーンを施設に展開することもできます。

ビルの8階ということで眺望はいいですし、日の光も入る心地よい空間設計がされています。お酒などの飲食物も提供しているので、みんなで観戦したり、交流会をしたりするオフラインの場として、全国から足を運んでいただいています。

「esports Challenger’s Park」はその他にも、ゲーム配信者が配信することができるストリーミングブースや、企業のレクリエーションとしてe-スポーツを楽しんでもらえるスペース、初心者の方向けの体験教室や、テレビ番組の収録スタジオとしても活用されています。
小泉: 実際にe-スポーツを体験することもできるのですね。
佐伯: 企業では、以前はレクリエーションでボーリング大会などを行っていたように、e-スポーツを楽しみながら交流を深めるという文化が生まれ始めています。
また一般の利用者も、最近ではご自宅で家庭用ゲーム機を使ってプレイしているお子さんに、折角ならキーボードでゲームをしてほしいと親子で遊びに来るなど、幅広い層に楽しんでもらっています。
多くの方に利用していただけるよう、e-スポーツ体験会を90分500円というリーズナブルな価格帯で提供しています。

小泉: QTnetがe-スポーツの施設を運営しているということは、通信環境に期待してしまうのですが、どのような環境なのでしょうか。
佐伯: まさにそこがe-スポーツ事業に参入したひとつの理由でもあります。実際に「esports Challenger’s Park」には、弊社の10Gの超高速専用回線を提供しています。オンラインゲームはコンマ1秒を争うようなコンテンツも多く、遅延がないよう高品質な通信環境を整えています。
また、「esports Challenger’s Park」は入場料がかからないということもあり、テレワークで活用されるお客さまもいらっしゃいます。
弊社がe-スポーツの施設を運営しているというメリットを打ち出すため、あえてサーバラックの展示もしています。

回線を活用して何を提供するのかということを考えた結果、e-スポーツというコンテンツに参入しています。
小泉: コンテンツが盛り上がれば、必然的に通信が活用されるということですね。e-スポーツは世界中で開催されていますから、御社の回線やサーバが活用されれば、まさに「九州から世界へ」が実現されますね。
佐伯:はい、同じ部署のeスポーツ事業Gのメンバーが、日々新たなコンテンツの企画に邁進しています。

費用対効果と顧客体験向上を追求した技術開発
小泉: 2つ目の無人店舗についてですが、画像認識技術を活用した無人店舗の実証は他の企業も取り組まれていると思います。QTnet独自の特徴はどのような点なのでしょうか。
久保田: 少ない商品画像数で高い精度をだすためのAIを開発し、キャッシュレス決済に活用しています。
実証を始めた当初、商品によっては画像認識の精度があまり高くないことが分かりました。例えば包装材は色や特徴が似ているケースも多く、移り変わりも激しいうえ、置き方や角度によって形が変わってしまうなど、画像認識しづらい傾向にあります。
そうした画像認識しづらいものでも、手間をかけずに認識精度を上げるための試行錯誤をしました。
小泉: バーコードで認識しようとすると、通常であればカメラに向けて置いてもらったり、360度の映像を撮ったりしなければならないですよね。
久保田: そうですね。弊社の技術では、上部に設置したカメラのみで、無造作に置いたとしても認識できるようにしています。
小泉: こうした発想は、もともとアルゴリズムの原型などがあったのでしょうか。それともアイディアからモデルを構築していったのでしょうか。
久保田: 新たな技術を取り入れつつ、利用者の顧客体験としては手間にならず、導入側はコストがなるべくかからないようにするにはどうすればいいかと考えて、九州工業大学と共に1からモデルを作りました。

小泉: 1から作るとは、チャレンジングな取り組みをされているのですね。
佐伯: そうですね。また、同じ商品でも包装の模様が変わった際に、再学習させる必要があるのですが、簡単に学習データを作れる仕組みを構築して、特許を出願しています。
小泉: この技術は、今後どのように発展させたいとお考えなのでしょうか。
佐伯: 将来的には、魚などの生鮮食品といった、バーコードのない商品や背景が変わらない環境での画像認識にも転用できればと考えています。
小泉: まずはキャッシュレス決済や無人レジの技術を費用対効果も考えながら成熟させ、その延長線上で無人店舗を実現していくという発想は、小売事業者にとっても受け入れやすい形だと感じました。
必要なデータ分析を行うための新たな視点
小泉: 3つ目が、AutoMLツールとBIツールを活用した社内業務へのAI適用ということですが、どのような取り組みを行っているのでしょうか。
佐伯: 1つは主力サービスの解約予測です。どのようなお客さまが解約しやすいのかを予測するためのモデルを構築しようとしています。
2つ目は、お客さまセンターの入電数の予測です。応答率の向上やオペレータの最適化を図れないかと、AIを活用しながら検証しています。
小泉: 解約や入電の予測を行おうとすると、パラメータが多すぎてどのデータで学習すれば良いのか分かりづらいと思うのですが、色々と試しているということでしょうか。
久保田: おっしゃる通り、色々と試してみて相関がありそうなデータを取ることはできたのですが、経験で分かることが結果として出てしまうということがAutoMLではありがちでした。

ですので、お客さまセンターの課題追求をまずは行い、そこをさらに掘り下げる作業が必要だと感じています。
小泉: そもそものパラメータを経験則から決めてしまうと、以前から分かっていた結果の再確認をする、みたいなことが起きてしまいますよね。
久保田: そうですね。効果的なパラメータの属性を見つけるところまではできたのですが、そのパラメータの原因となる因果関係を掴んでいく作業が今後の課題であり、そこを掴むことができれば新たなビジネス展開ができる可能性があると思っています。
データの切り取り方は無数にあるので、新たな切り取り方や、新しいデータを取ってくるなどして、分析していければと考えています。
サプライチェーンの課題解決へ向けて
小泉: 4つ目が九州の地場企業にヒアリングを行なっているということですが、実際にどのようなお話をされているのでしょうか。
佐伯: AIなどを取り入れてDXを実現したいと考えてはいるものの、具体的にどう進めていいのか分からないという、小売・物流・製造関係の地場企業に課題のヒアリングを行っています。
小売事業者は、機会損失の改善を行いたいという企業のお話をよく聞きます。売れる商品は把握しているものの、店舗や卸し事業者に在庫がなかったり、本当は高くても売れる商品を安く提供していたりといった課題があります。
物流事業者では、帰りの空便問題です。行きは荷物を積み込んで運ぶものの、帰りは積載せずに帰ってくるという課題があります。
現状はまだヒアリングの段階ですが、そうしたサプライチェーンの課題解決を行えないか、検討をしています。

例えば弊社はデータセンターを持っていますので、集めてきたデータをAIで分析をして、結果を出力するなど、通信事業者として培ってきたものを活用して貢献していければと考えています。
小泉: 確かに、データセンターをお持ちなので、色々なデータを集めてきて内部にデータレイクを構築し、分析するサービスなども実現出来そうですよね。インフラ事業を今までやられていたからこその発想ですね。
佐伯: そうですね。これまで培ってきたものを活かしながら、今後は、モビリティ事業やメタバース、Web3関連の事業も展開していければと検討しています。
小泉: 今後のご活躍にも注目していきたいと思います。本日は貴重なお話をありがとうございました。
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