ライオンは、2021年2月に発表した中期経営計画「VISION 2030」の中で、デジタルインフラの構築による新価値創造や、オペレーション変革による効率化・スピードアップ、事業データのリアルタイム化など、DX推進による成長戦略が描かれている。
その中でも、多様化する生活者のニーズに応えるハミガキ製品の開発は複雑化し、開発における経験や知識の蓄積、開発時間の短縮などが求められている。そこでライオンでは、AIやロボットを活用することで、製品開発や製造プロセスの効率化、さらには新たな価値創造を実現しようとしている。
本稿では、ハミガキ開発におけるDX事例の内容について、ライオン株式会社 香料科学研究所 新倉主任研究員、石井研究員及び、プロセス技術研究所 小島研究員、山本主任研究員、渡辺副主席研究員に伺った。(聞き手:IoTNEWS 小泉耕二)
熟達者の知見や原料の特徴データを学習させた「熟達者思考AI」
ハミガキにとって、香りや清涼感は重要な要素である。ライオンでは、専門の熟達者やベテラン研究員により、最終的な香りを決める香料の原料調達や配合が行われている。
ハミガキの香料開発は大きく、企画、基本骨格開発、最適化という流れで行われる。
基本骨格開発では、「トップ」「ミドル」「ボトム」といった香料の3つの構造に対し、熟達者やベテラン研究員が、数百種類の香料原料から、大まかな組み合わせと配合量を設定し、レシピ(処方)を決めている。
香料の組み合わせや配合量による因果関係は、熟達者であれば経験値からある程度予測できるため、調合回数も少なく、短い期間で開発を行うことができる。
そこでライオンは、熟達者やベテラン研究員の知見や過去の香料処方、香料原料の特徴データを学習させた「熟達者思考AI」を開発した。
「熟達者思考AI」に、開発したい香味のイメージを入力することで、香料原料の組み合わせを提示してくれるというものだ。
開発当初は的外れな結果も出てきたそうだが、微調整しアップデートを繰り返すことで、熟達者でも思いつかない面白い組み合わせや、素材の提示をしてくれるようになったと新倉氏は言う。
現在でも、新しい手法やそれに対するフィードバックを「熟達者思考AI」に取り込んでいるため、今後はさらに新たな提案が生まれると期待しているのだという。
ロボットの導入で時間を短縮し、研究の幅を広げる
基本骨格開発にてレシピが決まると、実際に香料原料を混ぜ合わせ、その後ハミガキの組成(成分)に混ぜ合わせてプロトタイプを作成し評価する。
この「混ぜる」という工程では、香料原料0.001g単位で行うため時間と労力がかかっており、これまではレシピを考える時点で検討数を減らしていたのだと石井氏は語る。
そこで、香料の調合を効率化させるべく、「自動調合ロボット」の導入を2022年4月に発表している。「自動調合ロボット」を導入することで、これまで試していなかったレシピも幅広く短時間で作成することができるようになったのだ。

現段階では、インプットしたレシピを「自動調合ロボット」が調合するという工程を踏んでいるが、「熟達者思考AI」と組み合わせることで、人が思いつかないレシピを自動的に調合し、最終的な評価のみを人が行うという構想を描いているという。
製造プロセスの課題を事前に予測する
全体の組成が完成すると、工場で生産をしていくわけだが、大規模なスケールで生産すると、ハミガキの練りの硬さが変わってしまうことがあるのだと渡辺氏は語る。
練りの硬さが変わってしまうと、配管や充てん機における歯磨剤の流れやすさを表す度合いである「移送性」が悪くなり、製造後、個々のチューブに充填されにくくなってしまう。
ハミガキは複雑な物性で、研究段階で移送性を予測することは難しく、工場での生産に向けた製造プロセス開発の時、初めて明らかになることも多いという。
そうなると、研究所での開発の再検討から始めなければならない。
そこで、移送性に問題がないか、ハミガキの物性をAIで予測する。その際、実施プロセスで課題がありそうだという結果が出た場合、目標の物性値を入力することで逆解析し、問題がない物性値を割り出したり、最適な組成を提案したりして、最適化を図ってくれるというものだ。

これを研究開始時点で活用し、検証しながら開発を行うことで、課題の事前予測を行うことができるのだ。
事前予測が行えることで、時間の創出はもちろんのこと、新たな組成の開発にも繋がる可能性を感じていると渡辺氏は述べる。
また、現在このシステムは試運転を行っている段階だというが、今後データが蓄積されていけば、AIの精度も上がっていくことが期待されている。
最終的には、「熟達者思考AI」「自動調合ロボット」「課題事前予測・最適組成の自動提案システム」を、一貫したハミガキ開発フローに落とし込み、開発時間を短縮することで創出された時間を、新たな価値創出のために活用するという循環を目指しているのだと渡辺氏は語った。

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