連携の連鎖で確実なCO₂削減を目指す ―IVI 西岡氏インタビュー

IVI(インダストリアル・バリューチェーン・イニシアチブ)は、ものづくりとデジタルを融合させて新たな社会をデザインし、世界に発信するフォーラムとして、2015年6月に発足された一般社団法人だ。

IVIには製造業に関わる企業230社以上が参加しており、異なる企業のメンバーが現状や課題、目指す姿を議論しながら業務シナリオを設定し、その課題解決へ向けた実証実験を行う「業務シナリオ・ワーキング・グループ」を主な活動として取り組んでいる。

こうした個別のテーマや現場の課題に対応したボトムアップな活動とは別に、より包括的で先進的テーマであり、今後のIVI活動の核となりうる課題については、フレームワークの提案や新たな組織の立ち上げを前提としたタスクフォースを設置し、横断的な活動を展開している。

そうした中、IVIは、2022年3月10日の公開シンポジウムで、「すべての製造業がカーボンニュートラル(温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させること)を基軸に活動を組み立てる」世界を前提としたコンセプトを提言し、これが2022年度の活動の出発点となった。そして、2023年1月25日に、カーボンニュートラルに関する新たなホワイトペーパー「トラストなカーボンチェーン・ネットワークの実現方法」が公開された。

そこで、ホワイトペーパーの内容や公開に至った背景、企業がCO₂削減するための具体的なアクションなどについて、IVI理事長の西岡靖之氏にお話を伺った。(聞き手: IoTNEWS小泉耕二)

自発的な情報開示による積み上げベースのCO₂算出

IoTNEWS 小泉耕二(以下、小泉): まず、今回発表されたホワイトペーパーの内容について教えてください。

IVI 西岡靖之氏(以下、西岡): カーボンニュートラルを実現するには、個人や企業、社会、それぞれが独自に行うCO₂削減の取り組みを相互に連携させることが必要です。

そこで、商品やサービスが素材として採掘された時点から製品になるまでに排出されたCO₂をすべて合算した「カーボンフットプリント」が重要となります。しかし、カーボンフットプリントの算出には、事業者単位でのCO₂排出量ではなく、製品単位の排出量を把握する必要があり、その方法は複雑です。

今回のホワイトペーパーでは、中小企業であっても、簡単に製品単位のCO₂を算出できるモデルや、カーボンフットプリントの正当性を保証しながら実行するために必要な4つの仕掛けなどを説明しています。

小泉: 私自身、既に示されている国内外のカーボンニュートラルへ向けた指標や基準は、理屈は分かるものの、具体的にどうやってCO₂を測るのか、そのデータをどのように受け渡していくのか、実現可能性が高い具体的な方法は明記されていないと感じていました。

特に製造業は個別性が強く、算出方法の共通化やルール化が進んでいないという問題があり、ホワイトペーパーでもその問題に触れられていましたが、この辺りが今回のホワイトペーパーを制作・発表した背景なのでしょうか。

西岡: そうですね。具体的な方法を示すというのは重要なポイントです。

これまでIVIは、現場に入り込み、より具体的な改善をボトムアップで推進してきました。その結果、ものづくりをしている多くの製造業の方々から親近感を持って取り組んでもらえていると感じています。

一方、カーボンニュートラルの話は、企業や事業者全体として、トップダウン型で算出をして、対外的に発表することを目的とした総量ベースの発想が主軸となっています。

そうでなければ、個人宅での節電といった対極の話となり、日本の製造業の多くを占める中小企業の現場には、危機感が全く下りてきていないということに、別の意味で危機感を感じたのです。

とはいえ、特定の大企業や政府などからの数字目標やカーボンオフセットの購入などの費用を伴うプレッシャーによる実行では、事業拡張すればするほど利益がマイナスになるという悪循環に陥る可能性が高く、製造業の成長につながらないという指摘もあります。

そこで、中小企業の現場が理解して納得できる形に翻訳する必要があると考えました。技術的に言うと、トップダウン型の総量ベースの発想ではなく、積み上げベースでCO₂を算出していく発想に、転換をする必要があると理解しています。

積み上げベースでのCO₂排出量の計算は、データの正確性や信ぴょう性という点では評価が高い一方で、計算のためのコストもかかります。したがって、一番重要な鍵であると同時にボトルネックでもあるため、これを解決できなければ、持続可能な未来はないと思っています。

IVIでは、実際の生産現場で実証実験を重ね、企業間のデータ連携を行うための基盤「企業間オープンフレームワーク(CIOF)」を公表しています。

カーボンニュートラルにおいても、IVIが推進する「ゆるやかな標準」というコンセプトに従い、企業を超えてデータを流通させる場合には、CIOFのしくみを利用することで、積み上げベースでCO2排出量を計算することがある程度実現可能だという確証がありました。

逆に言えば、これを実現できるのは世界を見ても我々しかいないだろうという想いのもと、計算式を考えてモデルを作り、試行錯誤の結果、エクセルの式に落とし込むことができました。

一般的な基準や指標では、はじめに数式や公式、チェックを行う機関などが定められているケースが多いのですが、今回はそうしたものは一切ない中での取り組みでした。つまり、何の問題をどう整理して、何をどう計算すれば良いのかといったことを決めるところからのスタートです。

試行錯誤の末、去年の年末にはようやく一般式として比較的理解しやすい形で計算できることが分かり、ある程度の方向性が見えたので、ホワイトペーパーという形で発表しました。

小泉: もともとIVIは現場視点で、現場の動きを可視化するなどして、生産現場を構造化しようと取り組まれてきたと思います。

企業間のデータ流通に関しても、サプライチェーンという大きなまとまりで見るのではなく、「工場」と「仕入れ事業者」のようなゆるやかなネットワークから始まり、やがて全てがつながる構想をCIOFで打ち出していました。

そうした流れの中で、CO₂排出量に関しても、サプライチェーン全体で見ることができるのではないかという確信を得ていたのですね。

西岡: そうですね。確実にやるべきことは、連携の連鎖です。取引先との信頼関係が、その先の取引先間でも広がっていき、強制的にではなく、どちらかといえば自発的に情報開示されていき、サプライチェーン全体につながっていくということです。

国際標準となりつつあるGHGプロトコルのスコープ3では、素材の採掘から廃棄までをサプライチェーン全体で見るという考え方が提示されていますが、「脱炭素に向けた莫大な投資を誰がどうやって負担するか」については、現時点で実現性のあるアイデアはどこにも明言されていません。

ある企業や団体などが補助金を受けてこうした投資を行う可能性はあると思います。しかし、持続可能な形として長く続けていくためには、社会全体で費用を負担することが、あるべき姿であるというスタンスです。

したがって「最終的には、CO₂排出量削減に投資した費用を、価格に転嫁する仕組みを構築すること」が重要だと考えています。

さらに言えば、CO₂排出量を削減しなければサプライチェーンから排除されてしまうというネガティブな発想ではなく、「CO₂排出量を削減することで新たな価値を生み出す」という発想が重要です。

その地盤を作るための第一歩として、このホワイトペーパーを発表しました。

情報の秘匿性を保ちながら正当性を保証する新たな仕組み

小泉: ホワイトペーパーの中で特に感銘を受けたのが、デジタル化されたカーボンフットプリントに関するデータを、秘匿性を保ちながらも、正当性を保証する「トレーサビリティ探索サービス」です。

トレーサビリティというと、ブロックチェーンを想像される方も多いと思いますが、ブロックチェーンだと、結局は中のデータは見ることができてしまいます。

今回の発想は、どのようにして生まれたのでしょうか。

西岡: もともと、企業間のデータ連携や流通を実現するには、データの秘匿性は一番重要な鍵だと思っていました。

そこで、仲介や認証をセットにし、ハッシュやトークンを活用したやり取りがベースとなった「トレーサビリティ探索サービス」のプロトタイプを構築しました。

そもそも目的からバックキャストで考えると、事細かなデータを常に見たいわけではなく、データの信憑性や信頼性を常に担保したいのです。特にタイムスタンプがついているデータは、恣意的(しいてき)な情報を入れると、全ての整合性が崩れてしまうので、大抵の場合改ざんできないのが一般的です。

そこでまず、膨大な意味なしデータ(意味ありデータ:業務データ、意味なしデータ:自動で生成したID)を見たときに、データに信憑性があるのか、カオスな状態なのかが分かるようにしました。これは、情報理論的には難しいことではありません。

問題は、取引先からの要望で、最終的に証明書を提示しなければならない時や、原材料の成分を見たい場合、そもそもサーバに情報がないので情報を見ることができないということです。

そこで、ハッシュ化されたIDと、実際のリアルな意味あり情報のセットは、名称や属性をサーバ上には保存せず、データの提供元が合意のもとで取引先に提供するというしくみであることが、我々のアプローチの特徴です。

連携の連鎖で確実なCO2削減を目指す ―IVI 西岡氏インタビュー
情報の匿名化のしくみ。情報開示が必要な場合は、製品IDを取引先に知らせることで、製品単位のCO₂を照会することができる。

これにより、例えば取引先にデータが必要だと言われた際には、クラウド上のデータベースを介さず、ダイレクトにハッシュテーブルを渡すことで解決できます。ハッシュテーブルには、タグがどの品番のどのIDと結びついているかが書かれており、これはクラウド上には保存されません。

ですから、仮にサイバー攻撃を受けたとしても、データの内容は表示上にも実質的にも数字と文字の羅列のため、被害を最小限に抑えることができます。

小泉: 事業者間でのデータのやり取りを、いかに秘匿化しながら事実関係を明確にし、必要なときには取り出すことができるか、というテーマは、CIOFでもともと実践されていますから、データの中身がCO₂に置き換わっただけとも取れますね。

西岡: そうですね。CIOFの一つのユースケースと位置付けています。

カーボンニュートラルを実現する4種類のサービスを担う仕掛け

西岡: ただ今回のユースケースは、CIOFとは少し違う点もあります。これまでのCIOFでは、第三者を介さない2社間でデータをやりとりするという仕組みだったのですが、今回のケースでは、「カーボンニュートラルの支援サービス」という第三者が仲介し、そこにデータが一旦プールされます。そこにプールされる情報は、中身情報ではなく、意味なしデータであるタグ情報と数値だけです。

つまり、これまでのCIOFと比べると、アプリケーション階層が一つ増えているという点が違います。しかし、「1対Nのデータ取引関係」は、「1対1のデータ取引関係」の組合せで対応することが可能です。データの提供元が認証を与えた相手にのみ、そのIDに対する内訳を照会する仕組みでそれを実現しています。

小泉: ここで言う第三者はどのような企業や団体を想定しているのでしょうか。

西岡: 今回のホワイトペーパーに、「CFP算出支援サービス」「CFP仲介認証サービス」「排出量原単位提供サービス」「トレサビ探索サービス」という4種類のサービスを担う仕掛けが最低でも必要だと記していますが、4種類それぞれに対して様々な事業者やステークホルダーがサービス提供者になっていくと想定しています。

例えば「排出量原単位提供サービス」は、公的なデータベースを活用するものなので、おそらく業界団体などの公的な立ち位置の企業や団体が担っていくものだと予想しています。

「CFP算出支援サービス」は、日々のCO₂排出量を自動で算出するサービスです。一番ボリュームゾーンがあるため、簡単で安価に導入できるサービスが望まれます。業界や業態、地域などのそれぞれに対して、SaaS型アプリや伴走型支援ツールなどが登場するでしょう。

「CFP仲介認証サービス」や「トレサビ探索サービス」は、いわゆるプラットフォーマーが担っていく領域です。農作物の産地や農家を調べるトレーサビリティや有害物質を把握するためのプラットフォームのような実例はありますので、イメージできると思います。

そうしたしっかりとしたネットワーク基盤がある事業者が、CO₂排出量に関しても、同じインフラを使いながら展開していくのもひとつのやり方だと考えています。

小泉: 最後のプラットフォーマーの領域は、かなり重要な立ち位置ですね。慎重に第三者を選定しなければ、サプライチェーンの利権を握られてしまう可能性があるのではないかと危惧してしまいます。

大多数の企業や団体が同じプラットフォームを活用するとなると、そのプラットフォームを活用しなければそこから派生するサービスやシステムも活用できなくなるという、一人勝ち状態になるのではないでしょうか。

西岡: CO₂に関しては、削減すること自体が収益を生むものではないため、検索エンジンのように、マネタイズは別で行うプラットフォーマーが参入してくると思っています。

利用者は秘匿性が守られた上で、利便性が高いプラットフォームを無料で活用することができます。

一方、おっしゃられるように、プラットフォーム自体がデータを握ってしまう可能性がある構造のため、国の根幹となるデータ戦略が必要です。

それはCO₂の問題だけでなく、金融やデジタルにおいても同様の問題が発生します。ですから、カーボンニュートラルを良いきっかけと捉え、隠すところは隠せて、最低限必要なことはデータで共有するという仕組みづくりを、今のうちからしっかりと作っていくことが重要なのです。

誰でもデータを取得できるよう、CO₂算出をシンプルにする

小泉: 今回のホワイトペーパーをみて、具体的に行動したい人は何をすれば良いのでしょうか。

西岡: 実際に、ホワイトペーパーを見て実践されたIVIに参加されている企業の方々から、疑問点などのフィードバックをもらっています。

そうしたフィードバックをもとに、改善を行っている最中でもありますが、すでにかなり簡素化されており、エクセルの表計算ができる人なら実行できる内容になっています。

入力する情報はマスタ情報、原単位情報、エネルギー情報、そして活動情報の4種類です。ただし、毎月入力する必要があるのは、エネルギー情報と活動情報の2種類です。活動情報として生産数などがERPから取得できれば、あとは電気やガスの消費量を入力するだけです。

要するに、電気やガスといったエネルギーの消費量と、排出原単位として単位当たりのCO₂排出量を掛け算すれば、トータルの排出量は計算できます。あとは、どの製品をどれだけ売ったという数量を入力すればいいのです。

このように、事業者全体としてのCO₂排出量の合計値の算出については、比較的容易に理解できると思うのですが、これをひとつの設備やひとつの製品あたりでどれだけのCO₂を排出しているのか、個別の特性に応じて配分するにはロジックが必要となります。

しかしここも、エクセルに式が定義されていれば自動的に変換してくれ、設備や製品ごとのCO₂を算出することができます。

このエクセルはIVIの中ではすでに公開しており、今後外部にも公開していく予定です。

ここで算出された値は、業界ごとのPCR(商品種別算定基準)に則しているわけではないため、正しく認められた基準ではありません。しかし、十分妥当かつ納得のいく数字であれば、その数字をもとに取引先と交渉したり、製造方法を変えたりと、方針を定めることができます。

例えば、設備の効率を上げればCO₂排出量は減りますし、電力の消費量を節約すれば分母が減ります。電力消費を抑えているのにCO₂排出量が減っていなければ、設備のアイドリングや待機電力などが原因で生産効率が落ちていることが分かります。このように、基準となるルールを変えなければ、当事者意識を持ってCO₂排出量と向き合い、改善につなげることができます。

設備ごとにIoTなどを活用して正確な計測データを取得できればいいですが、それができなかったとしても、フロア全体や建物全体のエネルギー使用量を把握し、設備ごとに按分することができる何らかの指標があればいいのです。

ある程度の精度でもデータがあれば、信憑性や正確性を上げていくことができますが、データを取得しないことには何も始まりません。そこで、まずはハードルを下げて、できる範囲で、取得可能な最低限でもよいので、まずはデータの取得からスタートし、全員でその算出結果を共有することが重要なのです。

小泉: ホワイトペーパーを拝見した時は、「厳密な数字でなくてよいのか?」という疑問がありました。しかし、厳密な数字を出せないのであれば何もしないという選択をするよりは、ある程度誤差があったとしても、生産性改善をしながらCO₂排出量も同時に見ていく仕組みを今のうちから構築することが重要だということですね。

生産性改善に関してはこれまでも取り組まれている企業が多いでしょうから、CO₂も同時に見ていく実感を持っておくことで、業界の明確なルールができた場合にも、差分を埋める程度で実行できるイメージが湧きました。

西岡: 大変すぎることは長続きしません。まずは月に一度のペースでも良いのでデータを入力し、それを続けていくことが大切です。

ホワイトペーパーはどちらかというと、国の政策や会社の方針を決める際の参考になるように、専門の方々向けに書きました。今後は、先ほどご説明したエクセルや、IVIではすでに公開しているアプリなどを用いて、具体的な工場の数値例を入力すればすぐ計算できるという説明資料も作成し、今後は一般にも公表していく予定です。

小泉: カーボンニュートラルは、「CO₂排出量を削減する」というシンプルな目標にも関わらず、規模が大きく、様々な基準や数式が登場し、とても複雑になっていると感じていました。

しかし今回西岡先生のお話を聞いて、最終的な理想像と、今目の前で行うべき具体的なアクションが見えてきました。

本日は貴重なお話をありがとうございました。

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