「IT」と「OT」を結ぶスマートシンキング ーIVI 西岡靖之氏に聞く、工場大改革④

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製造業のデジタルトランスフォーメーションは、現場から経営層まで、さまざまなレイヤーで進んでいる。しかし、現実的には、社会全体でいろんな解決しなければいけない問題があり、それにはかなり具体的な施策が重要になる。

そこで、法政大学デザイン工学部システムデザイン学科教授、IVI理事長の西岡靖之氏に、IVIで進めているいろんな取り組みやお考えについてお話を伺った。

第四回目は、「IT」と「OT」を結ぶスマートシンキングについてだ。

西岡靖之氏は、1985年に早稲田大学理工学部機械工学科を卒業。大学卒業後は、国内のソフトウエアベンチャー企業でSEに従事し、1996年に東京大学大学院・博士課程を修了。東京理科大学理工学部経営工学科助手、法政大学工学部経営工学科専任講師、米国マサチューセッツ工科大学客員研究員などを経て、2007年から法政大学デザイン工学部システムデザイン学科教授。

専門分野は、知能工学、経営情報工学、情報マネジメントシステムの標準モデルの研究。一般社団法人IVI(インダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ)理事長も務める。IVIは、モノづくりとITの融合で可能になる「つながるモノづくり」を「ゆるやかな標準」というコンセプトでの実現を目的に設立された製造業を中心としたフォーラム。

図や絵で関係性や順序をチャートで示し情報を共有

IoTNEWS 小泉耕二(以下、小泉): 四つ目のテーマは、「スマートシンキング」についてです。

西岡先生は、「スマートシンキングで進める工場変革 つながる製造業の現場改善とITカイゼン」という著書を、2021年に出版されています。「スマートシンキング」とは何か、そして、なぜこの本を書こうと思ったのかを教えてください。

西岡靖之 法政大学教授(以下、西岡): 日本は、グループワークの中で、現場改善や問題を解決していくというチームの強さがあります。しかし、IT側とOT(オペレーション・テクノロジー、制御・運用技術)側で、うまくコミュニケーションが取れないために、その強みを生かせていないと感じていました。

IT側とOT側は、それぞれに強みや得意分野があります。しかし、会話が成り立たないため、不信感が芽生えているケースが多く、その溝を埋めるためには時間がかかります。それぞれにコミュニケーションを取るためのメソッドは既にありますが、うまくつながっていません。

例えば、IT側はシステムを理解できるようにするために図式で視覚化する「UML(統一モデリング言語)」などのメソッドがあります。一方、OT側は問いかけを繰り返すことで原因究明をする「なぜなぜ分析」や情報やアイデアを整理する「KJ法」などのメソッドがあります。

こうしたメソッドをうまく掛け合わせることで、両者が直感的にコミュニケーションを取れる手法を考えました。そして、IVIのワーキンググループで、ある会社が自社で困っていることを別の会社に起承転結をつけたストーリーにしてイラストで伝えたところ、「as is」と「to be」がしっかりと伝わったのです。

そこで、図や絵での表記方法で、関係性や順序を示すことができるチャートを作っていきました。このチャートの名前を考えていたときに、「組織のシンキングメソッドだ」と思ったのです。

「IT」と「OT」を結ぶスマートシンキング ーIVI 西岡靖之氏に聞く、工場大改革④
法政大学デザイン工学部システムデザイン学科 西岡靖之教授

「デザインシンキング」や「システムシンキング」などは既にありますが、これらは個人の発想法です。だから、組織での発想法や、デジタル化を進めるための考え方ということで「スマートシンキング」と名付けました。

製造業が生き残って、さらに成長するためには、形式値化できないと思われている組織や業界が持っている暗黙知のような知識、経験の中に裏付けられた現場が持っているノウハウなどを共有し蓄積していく必要があります。

そうした知識を事例ごとに、コンテキストに沿ってストーリー仕立てにして、一枚一枚の絵を描いて伝えるということを、IVIで取り組んできました。

小泉: それは、専門用語や方言、ローカルでしか通用しないような言葉は一切使わずに、子供でもわかるような絵を使って説明するということですね。

西岡: 正確にいうと、専門用語や方言を使ってもよいのです。まずは、そのままの言葉で表現した上で、「この言葉はこういうことだ」という翻訳を注意書きするなどの工夫をするのです。

無理やりにでも「標準語にしてください」とすると、何もしゃべれなくなってしまいます。だから、それぞれが使っている言葉は使います。

そうして1年間でコミュニケーションをとっていると、それぞれの担当が「多分これとこれは同じ役割だ」ということに気づきます。そして、共通の名前を付けていくことで、独自の辞書ができていきます。これがスマートシンキングのひとつです。

「IT」と「OT」を結ぶスマートシンキング ーIVI 西岡靖之氏に聞く、工場大改革④
左:IoTNEWS代表 小泉耕二 右:法政大学デザイン工学部システムデザイン学科 西岡靖之教授

管理職の業務を洗い出し部署間の課題を把握

小泉: 同じ会社でも「部署が違えば言葉が違う」という問題が起きていて、理解が進んでいないことはよくあります。最近では、部署同士を横串につなごうという流れがありますが、言葉が違いすぎてコミュニケーションがとれず、挫折してしまうケースが多い。こうした部署同士をつなげる役割を担っている担当の人が、スマートシンキングの考え方を活用するということですか?

西岡: そうです。ただし、全社的な取り組みにする必要はありません。

例えば、部署同士の問題を共有する場合は、ある部署の部門長や担当の管理職の人が、どんな仕事を行っているのか洗い出します。

具体的には、毎日行う仕事と毎週数回行う仕事、毎月1回の仕事など、仕事の量を把握します。そして、仕事内容は、大きく「何かモノを操作しているか」「情報を操作しているか」の2つにわけます。情報の操作とは、パソコンへのデータを入力や、帳票を見て書き込むなどの情報の出し入れになります。

この作業によって、毎日触れる情報や操作する対象が何かを把握できるようになります。

こうして洗い出した情報を、別の部署で洗い出した情報とつなげると、うまくつながるのです。

そして、問題がある箇所の周辺のやり取りを断片的にヒアリングするか、自主的に名乗り出てもらいます。そうすると、全ての業務を分析しなくても、何となくつながって問題を把握することができます。

「IT」と「OT」を結ぶスマートシンキング ーIVI 西岡靖之氏に聞く、工場大改革④
法政大学デザイン工学部システムデザイン学科 西岡靖之教授

小泉: 業務フロー図というと、全ての登場人物を出して、その人たちの関係性を表したくなりますが、効率がよいとはいえません。

そこで、スマートシンキングでは、問題があるといわれる所の周辺だけに集中して、しかもそれに関係がある人だけで構わないから、その人たちがどういう仕事をしているのかを、まずはわかりやすい図で起こしていくわけですね。

そのときに、専門的な言葉を使ってもよいけれど、説明で言葉がわからないと言われたら、理解が進むような言葉に言い換えたり、補足の説明を加えたりする。それを続けていると相互理解が深まり、今まで不合理や非効率だった所が見えてきて、解決策を考えることができる。そういう手法ということですね。

西岡: そうです。こうしたやり取りは、現場担当の人はもちろん知っています。

しかし、部長や中小企業では社長や専務が聞くと「そんなことをやっているのか!?」と、すごく驚かれるケースが多い。現場で行われていることを、詳細には把握していないからです。

現場の方が日々当たり前のようにやっている作業を把握すれば「毎日行っている、この2時間の作業はいらない」など、方向性を正して示すことができます。

これが、スマートシンキングの「情報の共有」です。個々の部分最適が必要なことなのか、ムダなことなのか把握するために、大まかな仕事の内容や量を共有します。

そうすると、情報を渡す側も「私の情報がここで使われている」ということがわかり、受け取った側の不便をなくすように情報を渡すようになります。

逆に情報を受ける側も渡す側に「こういう形で渡してほしい」と要求します。こうした会話がスタートするのが、スマートシンキングのひとつのメリットです。

「IT」と「OT」を結ぶスマートシンキング ーIVI 西岡靖之氏に聞く、工場大改革④
左:IoTNEWS代表 小泉耕二 右:法政大学デザイン工学部システムデザイン学科 西岡靖之教授

小泉: 解像度のある、クローズアップされている近いところからまず始めていき、それをそれぞれが少しずつやっていると、自然につながっていくという思想だと思いました。

これは、例えば、コンサルティングファームでありがちなトップダウンで上から順番に情報を整理し、全体がわかるようにしないとダメだという発想とは真逆ですね。現場感があるところで構わないから、少しずつ整理していけば自然とつながっていく。まるで禅の境地のようです(笑)。

西岡: 私としては、トップダウンの「結果」にフォーカスした発想と、現場での「オペレーション」の両方が大事だと思っています。

KPI(重要業績評価指)などの指標は必要ですが、結果だけを示してオペレーションは現場に丸投げでは、物事がなかなか進みません。原因系である現場のオペレーションと、結果系であるKPIなどの方向性を、いかにうまく絡ませていくかが重要なポイントになります。

小泉: そうなると、西岡先生の本は、社長から現場まで、いろいろな人たちが読む価値のあるものになりますね。相互理解を促す方法が書かれているので、近しい人と壁を感じたり、何かを変えたいと思ったりしたときに、読むといいかもしれない(笑)。

西岡: 現場での困りごとは、業務や気配りなどで解決できることもあります。ただ、最終的にはデジタルツールを使って、データ化することのメリットをどれだけ教示するかが重要なのです。

ある程度、業務が見えて、現状が見えたら、ある一部をデジタルに置き換えてみようという議論は当然必要になります。この段階では、外部のコンサルタントやソリューション系の人たちが入ってくることで、デジタル化するべきポイントとコスト感を把握することができます。

上から順番にでき合いのパッケージを入れるメリットもあります。ただ、逆に合わないところは業務が遅れてしまうので、ピンポイントでどこにどのようなソリューションが必要なのか、ソリューションのコンポーネント的なアプローチでひとつずつやっていく。これまでは現場のニーズを外部のソリューションベンダーが数か月かけてヒアリングをしていたことを、自律的に洗い出しておくわけです。そうすると、それを見ながら確認ができて、うまく下地が作れます。

現場側も、自分たちで「情報」の流れを意識せずに、いきなりITが導入されると、「一気に便利なる」といった過度な要求が出てきてしまう。そうならないためにも、スマートシンキングを活用して、「IT」と「OT」のふたつをうまくつなげてほしいと考えています。

小泉: あり物のソフトウエアが多すぎて、どれを選んだらいいかわからない人や、取りあえず買ってきて入ればよいと思っている人には、ぜひ、この本を読んでほしいと思います(笑)。

西岡: IVIでは「コンポーネントチャート」という仕掛けを用意していて登録してもらうと、業務側でコンポーネントを取りに行くことができます。

ソリューションについても、「どういう困りごとを対象とするのか」「どういうニーズなのか」ということを共通の言葉で書いておくと、セールスのひとつの手段にもなるので、今後トライしていきたいと思っています。(第5回に続く)

この対談の動画はこちら

以下動画の目次 スマートシンキングによる工場変革(51:25〜)より

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