2023年3月9日〜10日、ものづくりとデジタルを融合させて新たな社会をデザインし、世界に発信する一般社団法人IVI(インダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ)による、最新のシンポジウム「IVI公開シンポジウム2023 -Spring-」が開催された。
本稿ではシンポジウムの中で、「メタバースと生産現場の新たな関係~カーボンニュートラルを目指すアフターコロナのものづくり~」と題したパネルセッションの内容を前編と後編で紹介する。
前編では、パネルディスカッションの5つトピックスのうち、「メタバースは生産現場をどう変えるのか?」「グローバル企業におけるつながる化の新たな課題」の内容から、主にメタバースが与える製造業への影響について紹介する。
パネリストは、トップ画左より、ロボット革命産業IoTイニシアティブ協議会(以下、RRI) 事務局⻑ 堀田多加志氏、錦正工業株式会社 永森久之氏、IVIカーボンニュートラルタスクフォース副主査兼日本電気株式会社 岡田和久氏、IVI幹事兼ブラザー工業株式会社 ⻄村栄昭氏、JICベンチャー・グロース・インベストメンツ株式会社 小宮昌人氏、モデレーターはIVI理事⻑の⻄岡靖之氏が務めた。
働き方やビジネスモデルをトランスフォームする可能性を秘めたメタバース
まず、「メタバースは生産現場をどう変えるのか?」について、JICベンチャー・グロース・インベストメンツの小宮氏より説明があった。
小宮氏曰く、メタバースは、製造業に新たに導入される非連続な技術ではなく、これまで製造業が行ってきた可視化・シミュレーション・最適化を行う「デジタルツイン」の延長線上にあるのだという。
「既にデジタルツインが構築されている生産現場では、デジタルツインとメタバースの融合が大きなコンセプトとなる。デジタルツインは正確さや緻密さ、正解に対していかに近づくかが重要なのに対し、メタバースは人のシミュレーションや反応を仮想空間で見ていくことができる。」(小宮氏)
デジタルツインは、現実空間をセンシングし、仮想空間に再現することでシミュレーションを行うことができるが、設備や製品におけるシミュレーションが主流で、人におけるシミュレーションはあまり行われてこなかったのだという。
そこで、人をセンシングし、アバターとしてメタバース(仮想空間)上にて現実世界と同様に作業を行うことで、生産性をどのように上げるか、無理のない姿勢やオペレーションは何かなどの、人間中心の検証が行えるようになるのだ。
さらに、メタバースを活用することで、自動化のあり方も大きく変わるのだと小宮氏は言う。
「これまでの自動化は、ロボットなどがプログラミングした通りに動ける範囲だった。例えば品出しやトイレ掃除など、細かな人の判断が必要な単純作業は、自動化の対象になっていなかったが、メタバースと半遠隔ロボットを活用することで、自動化の対象となる。」(小宮氏)
これは、ベースはロボットが自動で作業を行なっていくが、ロボットが迷うタイミングだけ、遠隔地にいる人がメタバース空間から介入して支援するというものだ。
これにより、人がロボット1台、もしくはひとつの敷地内のロボットを見るのではなく、複数地にある数十台のロボットを見ながら、必要なタイミングだけ自動化比率を上げるための支援をすることができる。
また、ロボットとメタバースの組み合わせについて、どのように実現しているのかについて西岡氏が小宮氏に伺うと、「これまでは人とロボットが見る視点(インターフェース)が違うため、実現が難しかったが、Unityというゲームエンジンにより共通言語化する取り組みが進んでいる。」と、ゲームエンジンの技術を活用することで可能になっていくのだと述べた。
そしてこうした取り組みが進むことで、今後は人が長期的にリアルな工場にいく必要がなくなるのだという。
小宮氏は、「こうしたロボットを活用した遠隔地からの支援や、人の作業を含めた製造のプロセスを、3D化してソリューションにすることも可能。これまでデジタルクラウド側のプレーヤーに付加価値絵を奪われたために、日本は出遅れてしまったが、今後はオペレーションや優れた技術を持った中小企業を含めた日本企業が競争優位性を持っていく。」と、メタバースにより、これまで培ってきたものづくりのノウハウやオペレーションが競争力となる時代がくると語った。
これに対し西岡氏は、中小企業の立場からの意見を錦正工業の永森氏に求めた。
永森氏は、「製造業の現場は、コロナ禍においてもなかなか現場を離れられない現実がある一方、人手不足から自動化や遠隔化の必要性は感じている」と述べる。
そうした中、これまで人が手作業で行っていた作業に重機を活用したところ、「ガンダムのようで面白い」と、若者から人気の仕事となったのだという。
「仕事は『楽しい』ということも重要なキーワード。これから産業を成長させていく上で、メタバースなどの技術を取り込むことで、ものづくりの世界に若者が集まる産業になることを期待する。」(永森氏)
これに対し西岡氏は、「エンターテイメントとものづくりがつながることで、新しいものづくりの現場感が生まれるかもしれない」と、メタバースが製造業に与える影響について語った。
さらに西岡氏は、大企業からみるメタバースをどのように捉えているのか、ブラザー工業の西村氏にも意見を聞いた。
西村氏は、メタバースを含むデジタル活用は高価だとした上で、「デジタルを活用することで効率化・最適化・標準化といった内部改善だけでなく、デジタルを活用して新たな価値を創出することで、費用対効果を感じて実行に移すことができる」のだと言う。
また、生産技術系の人材がエンドユーザと触れることの重要性に触れ、そのきっかけがメタバースなのではないかとした。
加えて、自社の競争優位性を理解していない企業が、メタバースを通して理解したり、アセット(資産)として価値創出したりすることが重要だと語った。
インサイトを引き出すためのメタバース活用とは
次のトピックは、「グローバル企業におけるつながる化の新たな課題」。ブラザー工業の西村氏が説明した。
ブラザー工業は、愛知県名古屋市で設立された、主にプリンター、ファクシミリ、ミシンなどを製造している電機メーカで、現在では世界40カ国以上に拠点を置き、売り上げおよび生産比率は海外比率が8割以上のグローバル企業だ。
ブラザー工業は、パンデミック以前からIT化やデジタル化に取り組んできたが、システムを、「システムオブレコード(SoR:記録)」「システムオブエンゲージメント(SoE:統合・連携)」「システムオブインサイト(SoI:洞察)」の3つに分けた際、洞察に向けたシステムオブインサイトの構築ができていなかったことに、パンデミックになってから気づいたのだという。
西村氏は、「設備や機械のデータをIoTデバイスにより取得し、BIツールで可視化することで、予知保全は行っていたため、それをインサイトだとごまかしていた。しかし、コロナ禍では、予知保全により部品交換をしていたら、部品を供給していた海外の工場が止まり、設備自体が止まってしまった。予知保全だけでなく、リアリティのあるインサイトが必要だと感じた。」と、有事の際も含めたインサイトの重要性について語った。
そこで、ブラザー工業は、在庫管理におけるSoIの構築を行ったのだという。
これは、リアルな倉庫の部品をSoRによって記録し、SoEにより何を出し、どこにしまうかをスマートフォンなどで示す。そしてSoIにより、どこに何があるのかを把握できるようにしたものだ。
これにより、パンデミックで生産されないために使われない輸入部品が、倉庫に入りきらないタイミングを把握することができ、現地のレンタル倉庫のブッキングを最適なタイミングで行うことができたのだという。
「ロックダウンした工場は中に入らなければ状況が分からない。このシステムがなければ、現地に行き、棚卸しをする必要があったが、システムによるインサイトがあったため適切な対応をするとができた。」(西村氏)
こうしたシステムを構築するには、システムやソリューションの配置を把握する必要があるのだとし、組み立て工程を題材にした以下の図により説明された。
サイバー層には、計画や予定を立てる「デジタルマニュファクチュアリング」と、アクションの実績を集計して分析する「実績システム」が置かれている。フィジカル層には、製造現場を監視するIoTデバイスによりモニタリングを行う。
そしてこれら3つのシステムやソリューションのデータやナレッジの管理を行うシステムにより、インサイトを引き出すという構成だ。
西村氏は、「データを取得するだけでなく、インサイトを引き出すため、この4つのシステム配置をベースに、どこのシステムの改善を行うかを考える必要がある。そして、インサイトを引き出す一つの解決手段がメタバースだと考えている。」と、自社のシステムの現状を把握し、インサイトを引き出すため必要に応じてアップデートする必要性について述べた。
また、属人的なノウハウや品質管理をメタバースにて活用するにあたり、ものづくりのこれまでの流れが以下の図にて説明された。
属人的なノウハウが0次元とし、可視化に関する1次元から3次元まで、管理に関する1次元から3次元までが示されている。そして、IE(可視化)とQC(管理)両軸で活用できる3次元以上のものがメタバースだとして、「実用に向けて努力し、新たな可能性について期待している」のだと西村氏は述べた。
メタバースへの期待と課題
説明を受け、西岡氏は、ITベンダーの立場でメタバースをどう捉えているのかについて岡田氏に聞くと、ITとOTをつなぐ架け橋になるのではないかと述べる。
「ITベンダーの立場として、計画するのが得意なシステムと、実行するためのシステムの両方を提供しているが、OTベンダーは計画するための情報を持っていないという話をよく聞く。ものづくりにおけるシステムは、PLM(製品ライフサイクル管理)やERP(企業資産計画システム)、MES(製造実行システム)、IoT機器や制御機器など、様々なシステムや情報が複雑に関与している。つまり、一人の人間が全てを把握できない領域に来ているため、それらを統合して理解できる形に落とし込んだものがメタバースなのではないかと考えている。」(岡田氏)
このように、メタバースがものづくりに与える様々な影響への期待が膨らむが、実用化されるまでに整備すべき事項は多い。
整備すべき事項のひとつとして、西岡氏は、「メタバースの技術開発は、国際競争として各国が行っていくのか、協調領域があり、標準化やルール化が進むのか」について、RRIの堀田氏に伺った。
堀田氏は、「データでつながるメタバースは、ある程度共通のプラットフォームが必要。その上で、メタバース上で行われる訓練やシミュレーションなどの知識やノウハウは、競争領域となる。」と、メタバースにおける協調領域と競争領域について語った。
さらに西村氏は、メタバースの技術開発をどの方向性にフォーカスして行なっていくのかも考える必要があると提言した。
「以前ブラザー工業でもヘッドマウントディスプレイを開発・販売していたが、新人教育のためのデバイスと、ベテランを支援するデバイスが一緒くたになっていると感じた。新人教育の期間短縮であれば、人が辞めてしまうという問題もある。目的を明確にした上で、使い方やソリューションの方向性を考えていく必要がある。」(西村氏)
西岡氏は、メタバースには大きな可能性がある一方、「なんとなく面白い」で終わらないためにも、何を目標にして、どのように活用するのかを明確にする必要性を改めて語った。
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