一般社団法人インダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ(IVI)と米国のインダストリアル・インターネット・コンソーシアム(IIC)は、6月1日、東京ビッグサイトで合同ユースケース共有セミナーを開催。本稿では、IVIのワーキンググループの一つである、「誰でも出来る予知保全と品質管理」のユースケースの内容をお届けする。
IVIは、企業が垣根をこえてつながるものづくりを推進するため、2015年6月に設立された製造業を中心としたフォーラム。国内外で250社以上が参加している。
2017年度は、22のワーキンググループ(WG)によって実証実験が進行。今回のセミナーでは、「誰でも出来る予知保全と品質管理」の成果が発表された。発表者は、同ワーキンググループのファシリテータを務める、日本精工(NSK)の村田光範氏(トップ画像)だ。
【チームメンバー】
・日本精工株式会社 村田光範氏
・株式会社ミスズ工業 赤羽隆行氏、吉川浩史氏
・株式会社スギノマシン 賀田昭氏
・パナソニックデバイスSUNX株式会社 小泉秀久氏
・YKK株式会社 野口康博氏
・株式会社ナ・デックス 榊原亮氏
・株式会社日立産業制御ソリューションズ 澤田務氏
・トヨタ車体株式会社 杉浦信幸氏、森島章仁氏
※トップ画像:「誰でも出来る予知保全と品質管理」の目指す姿(出典:IVI)
「1秒以下」の状況把握が求められるものづくりの世界
日本のものづくりの現場では、多種多様な製品が日々つくられている。村田氏によると、その多くが「1秒以下のプロセス」だという。そのため、一つ一つのプロセスで何が起きたか、どこに問題があったかを把握することはとても難しい。
そうした課題を解決するべく、昨今ではIoTやAIの活用が期待されている。
実証実験を行ったのは、日本精工の関連会社である信和精工株式会社と、同ワーキンググループのメンバーの一員であるミスズ工業の2か所だ。
信和精工の工場では、「フォーマー」と呼ばれる巨大なプレス機を用いて、”産業のコメ”と呼ばれる「軸受」のリングを製造している。
鉄製のバー材を仕入れ、高速でプレス成形をしていく。その設備は、色々な機構を多段階的にシンクロさせながら、成形を行う。そのため、ちょっとした「ずれ」が設備の重大なトラブルや品質不良をもたらす。
そうしたトラブルが起こる頻度自体は多くはないが、時には修復のために危険を伴う作業が必要になるという。
ミスズ工業では、「浸炭炉」と呼ばれる設備で、厚さ0.17 mmのきわめて小さな部品を製造している。炉の中は900℃前後のCO2雰囲気。1度に数千個のロットでつくるという。
村田氏によると、「ノウハウを持った現場の担当者が管理をしているものの、少しでも設備の異常を見落とすと、不良品が一度に大量に発生してしまう」という。リスクを常に抱えており、慎重さが求められる現場なのだ。
現場の課題とIoTで目指す姿を明確に
村田氏らは、以上2つの設備にて、IoTとAIを活用した予知保全と品質管理を実現するための実証実験を行った。コンセプトは、”誰でも出来る”ことだ。
製造現場の社員は日々の生産で忙しい。ひとたびトラブルが起きた際には、汗水たらして修復に駆けつけなければならない。匠の技術でそうしたトラブルを防ぐことができる場合もあるが、すべては難しい。
そうした中、外部からはIoTやAIを使えば「予知保全」ができるらしいという情報が入ってくる。しかし、生産現場からすると、「IoT?AI?なんですかそれは?」といった反応が実際だという。
IoTに精通したエンジニアがいれば、解決するかもしれない。「しかし、日本のものづくりの現場ではIoTエンジニア(プラットフォームを提供する側)の数が不足しており、すべての現場では対応するのは難しい」と村田氏は言う。
そこで村田氏らは、現場が主体となり、”誰でも出来る”状態が重要だと考えたのだ。
”現場ノウハウ”を軸に、IoTを活用することが重要
村田氏によると、「最近ではIoTのコンポーネントやプラットフォームと呼ばれるものはたくさんある。しかも使いやすくなってきている」。
とはいえ、どれを使えばいいのか、蓄積したデータをどう活用すればいいのか、といった悩みはつきない。
しかし、方法はどうであれ、「現場の原理原則に立ち返り、現場のノウハウをきちんと使っていけば、突発故障を防ぐことができたり、高度な知見が得られたりするのではないか」と村田氏らは考えたという。
具体的には、「IVIモデラー」というIVI独自のフレームワークを活用して、実証実験の計画を立案。その際には、IVIのシナリオに沿って、課題(「AS-IS」)とあるべき姿(「TO-BE」)を明確にした。
その後、適切なプラットフォームとコンポーネントを選定。得られたデータは、「現場ノウハウ」を用いて読み解いていった。
「エッジコンピューティング」が鍵
村田氏は、「現場の原理原則にもとづき、50種類以上のセンサーを選定した」という。そのセンサーデータに設備の稼働状況のデータも加えて、エッジコンピューティングによりデータを同期収集し、工場内のサーバに蓄積したデータを複合的に分析した。
実証実験において、「大量のデータをリアルタイムで処理していくことが肝だった」と村田氏は語る。
「エッジに入ってくるデータは、刻々と変化していく。しかも、一瞬のデータも取りこぼせない」(村田氏)。
まずは、単一の波形データから分析を進めていくという。しかし、故障の原因をつかもうとするには、それらのデータを複合的に読み解く必要がある。そのため、「データの一元管理が非常に重要」(村田氏)だという。
「匠」とデータサイエンティストの連携により分析を実現
信和精工の「フォーマー」では各センサーから収集した単一の波形データの複合的な分析が重要だったという。
たとえば、設備のトラブルが見つかった場合には、異なる種類のセンサーデータを並べて分析する。あるいは、同じ種類のデータで、1サイクルごとの波形を重ねて分析していくなどすることで、違いが見えてくるという。
しかしいずれにせよ、現場の「匠」だけでは難しい。結果的には、「匠」がデータサイエンティストのアドバイスを受けながら、分析を進めていったという。
ミスズ工業の「浸炭炉」では、ガスを用いる。従来、その流量を制御するためのフロートセンサー(流量計)はあるが、その状態を目視で確認するしかなかった。
そこで、新たにWebカメラをつけ、流量計の状態をデジタル変換し、リアルタイムで把握できるようにした。
一方、設備には流量をコントロールする電子バルブがある。そこに、新たに加速度センサーをつけて振動状態を定量化。傾向分析を行い、予兆保全につなげた。
いざやってみれば、現場の意識は変わる
実証実験を行った結果、「現場主体で、ノウハウを活かしながら進めることで、設備改善や品質向上、保全業務の削減が実現できることがわかった」(村田氏)という。
村田氏は、「センサーを設置してデータを集めるプロセスは、現場主体でもできる。しかし、やはり分析が難しい。とくに難しいのが、同期収集だ」と話す。
データの「同期収集」とは、一つの設備に対し、複数のセンサーやカメラを同期させてデータを収集することだ。これができなければデータの複合的な分析や状態把握ができないが、実際にはかなり難しいという。
こうした同期収集やデータの種類が多くなった場合には、データサイエンティストの協力が必要なようだ。
実証実験を通して、「生産現場の働き方や社員の意識が少しずつ変わっていった」と村田氏は述べる。
生産現場の人は、実験を始める前は「IoTとAIって何?」という状態だが、「自分で使える」、「自分の作業が楽になる」といったことがわかると、どんどん積極的になり、「自分からこうしたい」と前向きに取り組むようになるという。
設備の担当者は、誰よりもその設備のノウハウを持っている。活動を進める中で、「ノウハウを持った担当者が、知恵を貸してくれるようになる。これは、鬼に金棒だ」と村田氏は語る。
最後に村田氏は、「製造業にも色々なタイプと文化があり、つくっているものによっても異なる。ただ、IVIで進めているこのような日本流、ボトムアップの手法は、日本の製造業に非常にマッチしていると考えている」と語った。
【関連リンク】
・IVI(Industrial Valuechain Initiative)
・日本の”ものづくり”を世界へ発信、IVIがかかげる「ゆるやかな標準」
・日本精工(NSK)
・ミスズ工業(Misuzu Industries)
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技術・科学系ライター。修士(応用化学)。石油メーカー勤務を経て、2017年よりライターとして活動。科学雑誌などにも寄稿している。