メタバース上で「共感」や「熱狂」を生む空間を実現する ― メタカープ インタビュー

広島テレビとビーライズは、広島県が主催する実証実験プロジェクトであるひろしまサンドボックスにて、「遠隔バスケットボール教室」や「バーチャルワールド広島」など、スポーツにおけるデジタル活用を加速させるべく、実証実験事業に以前より取り組んでいる。

そうした中、広島東洋カープが運営する2022年度カープファン倶楽部「やるど。」会員向けに、メタバース空間内でアバターとなり入場したファン同士が、コミュニケーションを取りながら応援することができるアプリ「メタカープ」を共同開発し、2022年3月29日の地元開幕戦より提供を開始している。

メタカープでは、カープ主催試合をメタバース空間内のスクリーンで観戦することができ、アバターによるモーション機能やスタンプ、チャットなどで応援やファン同士のコミュニケーションを行うことができる。また、アバターのカスタマイズやメタバース空間ならではのコンテンツの提供も行われている。

そこで本稿では、具体的なメタカープのサービス内容をはじめ、実装にあたりこだわったポイントや今後の展望などについて、株式会社広島東洋カープ ファンサービス部 課長 金光里絵氏(トップ画左)、広島テレビ株式会社 DX事業推進室 DX事業部 新規事業プロデューサー 佐藤晃司氏(トップ画中央)、株式会社ビーライズ 代表取締役CEO 波多間俊之氏(トップ画右)にお話を伺った。(聞き手: IoTNEWS 小泉耕二)

リアリティと拡張体験を実現する「メタカープ」

IoTNEWS 小泉耕二(以下、小泉): まず、メタカープを提供しようと思われたきっかけがあれば教えてください。

広島東洋カープ 金光里絵氏(以下、金光): これまでカープファン倶楽部では、試合の入場券やグッズの先行販売、会員限定イベントなどを行っていました。

しかしここ2年ほどはコロナ禍で、リアルでの観戦やイベントを開催できない状況が続き、「インターネット上で何かできないか」と考えていた時に、広島県からバーチャル事業の提案をいただき、今回広島テレビおよびビーライズと共に実現することができました。

小泉: リアルでイベントを開催されていた時には、どのようなイベントを行っていたのでしょうか。

金光: 例えば、新幹線を貸し切ってマツダ スタジアムに観戦ご招待をしたり、春季キャンプ見学会を開いて選手と同じ昼食を食べていただいたり、カープ解説者の生解説を聞きながら試合観戦をするなど、様々なイベントを開催しました。

新幹線貸切イベントでは、選手やカープのウグイス嬢が車内アナウンスを担当したり、現在投手コーチの高橋健コーチが車掌になるなどを企画し、抽選で1,200人ほどの全国のカープファンに各停車駅からご乗車いただくということを行いました。

小泉: その時にしか味わえないような、ワクワクする体験を提供されていたのですね。

しかし、オリジナリティ溢れるイベントだからこそ、オンラインで同じような体験を提供することは難しそうですね。

金光: そうですね。春季キャンプ交流会を、リモートで実施したことがありますが、選手とコミュニケーションを十分取ってもらおうと思うと、どうしても参加人数が限られてしまいます。

そうした中メタカープでは、試合を観戦するというだけでなく、ファン同士がコミュニケーションを取りながら楽しんでいただけるため、運営側としても嬉しく思っています。

小泉: ファン同士のコミュニケーションはどのように行われるのでしょうか。

金光: スタンプやチャット機能を活用してコミュニケーションを取ることができます。他にもアバターを動かすことができるモーション機能があるので、ジェスチャーでコミュニケーションを取られている方もいます。

メタバース上で「共感」や「熱狂」を生む空間を実現する ― メタカープ インタビュー
上部:カープファンならではの応援方法など、アバターにジェスチャーさせることができる。 下部:スタンプ機能やチャット機能により、ファン同士がコミュニケーションを取ることができる。

小泉: こうしたモーション機能やチャット機能の反応はいかがでしょうか。

金光: ご好評いただいていると思います。特にモーション機能の「スクワット応援」や「バルーン風船飛ばし」といった、カープファンがリアルで観戦している時に行っているジェスチャーは、メタカープでもよく使っていただいていると感じます。

小泉: 実際にファンの方々が行っている応援のポーズも反映させ、アバターが行えるようになっているのですね。

球場内もマツダ スタジアムを反映させていて、かなりリアリティがありますよね。

金光: 実際にマツダ スタジアム内の鯉が描かれている壁面や、スタジアムに設置されている「記念プレート」や「ふわふわ遊具」などをそのまま実装し、リアリティを高めています。

メタバース上で「共感」や「熱狂」を生む空間を実現する ― メタカープ インタビュー
マツダ スタジアムのコンコースショップ周辺スペース壁面にある鯉の絵
メタバース上で「共感」や「熱狂」を生む空間を実現する ― メタカープ インタビュー
メタカープ内の壁にも、同様の鯉が描かれている。
メタバース上で「共感」や「熱狂」を生む空間を実現する ― メタカープ インタビュー
マツダ スタジアムの外野レフトに設置されている記念プレート
メタバース上で「共感」や「熱狂」を生む空間を実現する ― メタカープ インタビュー
メタカープ内に設置されている記念プレート

金光: また、メタバース空間であることを活かして、グラウンドの上を走る「トロッコ列車」を構築いただき、実際の球場ではできないことも取り入れました。

メタバース上で「共感」や「熱狂」を生む空間を実現する ― メタカープ インタビュー
グラウンドの上を走るトロッコ列車

リアルに観戦されていた時には、試合後にファン同士で飲食店に行って交流をしたり、球場に残って余韻を楽しまれたりしていた方々が、メタカープ内でも試合後にチャット機能などで交流をしたり、球場内を散策したりと、楽しんでいただいています。

小泉: 試合後のファン同士の交流も重要なポイントですよね。そうなると試合後のエンタメコンテンツのニーズもありそうですね。

金光: そうですね。でもまずはメタカープの空間に入っていただきたいので、試合開始前に特別な映像を放映するなどを検討したいと思っています。

メタバースの特性を活かし、ファンのニーズに応える空間を構築する

小泉: 次に、広島テレビの佐藤さんにお伺いします。今回メタバースの総合プロデュースを行われたということですが、どのように進められたのでしょうか。

広島テレビ 佐藤晃司氏(以下、佐藤): 実現したいことはたくさんあったのですが、ユーザが使う端末のスペックや通信量、サーバなどのインフラ面やコストなど、優先順位をつけてバランスを取る必要がありました。

そうした際に、メタバースに向くコンテンツかどうかという点に関しては、以前より取り組んでいたひろしまサンドボックスなどの過去の経験から判断できるのが、弊社の強みだと思っています。

また私自身生まれも育ちも広島で、一人のカープファンでもあるため、ファンの方達が何を望んでいるのかがよく分かります。

そうした技術とニーズを理解したうえで、メタカープの総合プロデュースを行いました。

小泉: 仮想空間の中でファンクラブのイベントをやるという企画が立ち上がった際、過去のご経験の中で、どのようなものが喜ばれるだろうと思われたのですか。

佐藤: ひろしまサンドボックスで発足された、ビーライズも含めた複数の企業から構成される「バーチャルワールド広島コンソーシアム」では、様々な取り組みを行いました。

その中でも、サンフレッチェ広島が主体となっているサッカーチームに所属する小中学生や保護者、指導者を対象にした、サッカー教室を仮想空間の中で実施するというイベントは、特に盛り上がりました。

盛り上がった理由は、コミュニケーションを取ることのできる参加型のイベントだったからだと感じています。

イベントの内容は、サッカーの技術的なことではなくメンタル面、考え方、チームのことなどで悩んでいることや聞いてみたいことを、サンフレッチェ広島の選手に聞くことができるというものだったのですが、参加者の方々は活発な質問やコミュニケーションを行っていました。

反対に、一方的なコンテンツの提供といった受動型のイベントも実施しましたが、人は集まるものの、盛り上がっているという印象はありませんでした。

ですので、技術的な面白さに偏るのではなく、ファン倶楽部会員の方達が何を望んでいるのか、どうしたら喜んでくれるかを突き詰めることが重要だと考えています。

小泉: 「ファンの方が喜びそうなこと」という点での議論はかなりされたのでしょうか。

佐藤: もともと広島東洋カープには、実証実験で既にご協力いただいたこともあり、どのようなコンテンツや空間であれば喜んでくれるか、という点に関しては考え方に相違がありませんでした。

例えばモーション機能の内容であれば、実装できる数に限りがあるモーションの中で、「(スクワット応援のような)この動きや応援は外せない」という意見は合致していました。

一方、チャット機能に関しては、自由なコミュニケーションが取れる反面、誹謗中傷などが発信されてしまう可能性もあるため、少し躊躇しました。

しかし仮想空間の中であっても「共感」や「熱狂」は大切な要素だという判断の上、発信されたチャットは10秒で消えるようにしたり、ログが一覧で残らないようにしたりと、ソフト面での制約を工夫しました。

メタバース上で「共感」や「熱狂」を生む空間を実現する ― メタカープ インタビュー
メタカープ内のチャット機能

実際、球場での観戦の際にも、点が入った時に知らない人同士でも喜び合うのがカープファンとしての醍醐味なので、結果的にチャット機能は搭載して良かったと思っています。

注力するポイントを決め、必要のないものは削ぎ落としていく

小泉: メタカープ内では、中継を流がしながらユーザは操作をすることができ、それがリアルタイムに反映されて共有されるという、ハードルの高い設計をされているという印象を受けました。

こうした設計をする上での技術面に関して、ビーライズの波多間さんにお伺いしたいのですが、苦労したポイントなどはありましたか。

ビーライズ 波多間俊之氏(以下、波多間):  現在100名が入ることのできる部屋を50個用意しており、最大5,000名が同時に入場することができるのですが、滑らかな動きをリアルタイムで配信するために、どこをどの程度削るかといったことや、ユーザ側の端末レベルをどの程度に設定するかの調整が必要でした。

単に入場するだけでなく、アバターをカスタマイズしたり、空間を作成したりというデータがあるので、なるべくユーザ側に負担をかけない設計を心がけました。

現状ユーザ側のスペックは、4G通信でiPhone 8以上であれば、メタカープを利用することができます。今後ユーザ側の端末スペックが上がっていけば、サーバを強化していくことも可能だと考えています。

全体での技術的なトラブルといった意味では、実証実験で既に試行錯誤をしているので、メタカープを設計するにあたっては、はじめから大きな問題はありませんでした。

小泉: 昨今「メタバース」がバズワード的に注目されていて、VR関連のパッケージサービスも多数あると思いますが、今回オリジナル開発にこだわった理由はあるのでしょうか。

佐藤: メタカープを実装するにあたり、私たちが一番重要視したポイントは、「賑わっている空間の中での野球観戦」だったので、マルチユーザによる同時プレイが必須となります。

そうなると、大抵の汎用サービスは多くても25人程度と、私たちが考えている賑わいには人数が少なすぎました。

また、1部屋に参加している100人全てがしっかりと表示されるような仕様にするというこだわりもありました。

周辺の人だけ表示され、遠くは表示がされない仕様などであれば可能かもしれませんが、それでは同じ空間で観戦している感覚が得られないと考えました。

100人が同じ球場内にいて、遠くにいても必ず認識することができ、モーション機能などのアクションも見えるという仕様にこだわっていたため、オリジナルで開発を行いました。

メタバース上で「共感」や「熱狂」を生む空間を実現する ― メタカープ インタビュー
メタカープ内で盛り上がっている様子。他の入場者のアバターの動きなども認識できる設計となっている。

小泉: 球場で観戦しているという雰囲気をいかに実現するかを重要視されたのですね。そうすると確かに、汎用サービスでは必要のない機能もあるため、そうした機能は削ぎ落とし、実現したいポイントに注力できるオリジナル開発である必要があることが分かりました。

参加しやすい体制を整え集客し、次のステップへとつなげる

小泉: それでは最後に、メタカープの今後の展望について教えてください。

金光: 現状メタカープでは5,000人収容できるインフラを整えていますが、実際には毎試合、大体1,500人程度にご利用いただいている状況です。

そこで、毎試合5,000人の方に参加していただくことを目標に、2022年4月22日の試合から抽選入場をやめ、先着入場にします。

現在そもそも抽選をしていることに気づいていない方や、当日参加できるのに応募していなかった方などが、メタカープの利用を断念しているというケースが起きています。

そこで、一度抽選を解除して、5,000人先着で行うことにしました。

メタカープ内のサービスを増やしていく構想は色々とありますが、いくら良いサービスを構築したとしても、人が集まらなければ意味がありません。

最終的には、全会員がいつでも好きな時にメタカープを利用できることが理想ですが、まずは現状の5,000人という定員を毎回満員にすることを目指します。

佐藤: まずは5,000人毎試合入場していただくことを目標として、インフラ状況も確認しながら、さらに人数を増やしたり、機能拡張したりといった展開に発展していければと思っています。

小泉: 着実に入場者を動員し、今後の展開につなげていくのですね。今後の機能拡張も含めて、メタカープに注目していきたいと思います。本日は貴重なお話をありがとうございました。

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