LINEは、「インターネット上のコミュニケーション手段」という特徴を活かし、MaaSやエンターテイメント、医療など、様々なオフライン領域のDXを推進している。
そして今回、小売業のDXを支援するための新たな共同プロジェクトが立ち上がったということで、プロジェクトの具体的な内容をはじめとし、LINEが小売業に進出することで与えるインパクト、今後実現していきたい未来像などについて、LINE株式会社 アカウント事業企画室 ビジネスデザインチーム マネージャー 佐藤将輝氏(トップ画左)、Developer Product室 Technical Evangelismチーム マネージャー 比企宏之氏(トップ画中央)、藤平賢人氏(トップ画右)に、お話を伺った。(聞き手:IoT NEWS代表 小泉耕二)
顧客体験向上を目指す共同プロジェクト
IoTNEWS 小泉耕二(以下、小泉): 今回、小売のDXプロジェクトがスタートということですが、具体的な内容について教えてください。
LINE藤平賢人氏(以下、藤平): 小売のDXを推進していくことを目的として、日本マイクロソフト「Microsoft Azure」のパートナー企業と共に、LINE APIとマイクロソフトのクラウドサービスを掛け合わせて、新規サービスを開発する共同プロジェクトを立ち上げました。
具体的には、LINEを使って、小売における顧客体験をデジタル化することで、顧客はより良いUXを体験できるようになり、小売事業者は、店舗やユーザーのフィードバックを得ることで、DXを進めていける仕組みを作ろうとしています。
LINE 佐藤将輝氏(以下、佐藤): まずは小売事業者に理解をしてもらうためにも、LINEが提供しているLINE公式アカウントやLINEミニアプリ、LINE APIやLIFF(※)といった、サービスが持つ各機能を、どのように、どこまで活用することができるのかを理解してもらう必要があると考えています。
そこで、LINE側で先行してデモを作ったり、サービスの企画や構築のサポートをしたり、という支援を行っています。
そのためにパートナー企業にも我々のインプットを行ってもらったり、デモを実際に見たり使ったりすることで理解を深めたり、我々やパートナー企業同士も交流することで、相互理解を進めています。
※LIFF: LINE Front-end-Frameworkの略。LINEが提供するウェブアプリのプラットフォーム。
3つの「レス」で新たな価値創造を行う
小泉: プロジェクトを立ち上げて、まさにここから小売向けの新しいサービスを構築していく段階ということですね。
今までの小売業界のデジタル化というと、POSやデジタルサイネージなど、各ソリューションが独立して進化を遂げていると感じます。そこをLINEのようなコミュニケーションをメインとしたプラットフォームを活用して、体験を横串でつなぐという取り組みは、新しいと感じます。
LINE 比企宏之氏(以下、比企): まさしく今回のプロジェクトのテーマに「フリクションレス・プライスレス・ボーダレス」という、3つの「レス」を実現することを挙げているのですが、ボーダレスが体験の横串を実現していくと考えています。
例えば「小売×エンタメ」や「小売×移動」といった、事業者や業界を超えて体験価値を作っていく、といったことです。
また、フリクションレスでは、LINEという、ユーザーに浸透しているコミュニケーションツールを活用することで、ユーザーはアプリのダウンロードや操作性といった、入り口の手間が省かれます。
事業者にとっても、1からアプリの開発を行う必要がなく、LINEミニアプリへの遷移や、機能拡張も容易に行えるという利点があります。
最後にプライスレスは、利便性の追及からの脱却を意味しています。これは小売業界に限ったことではないと思いますが、「安い」や「早い」といった価値基準に重きを置きがちです。
そこを、先ほど申し上げたボーダレスな掛け算によって、新たなプライスレスな体験価値を創造していきたいと考えています。
デモをたたき台に基盤のエコシステムを構築する
小泉: 3つの「レス」のひとつひとつの言葉に重みがありますね。具体的には小売の中のどのような体験をつないでいくことが、主軸になるのでしょうか。
比企: まずは、顧客が体験できる価値であるUXを主軸に考え、そこからどのようにそれを実現していくかをパートナー企業と進めていく、という手法で取り組んでいます。
そのためには、小売事業者様やパートナー企業に、実際にどのような体験ができるかを理解してもらう必要があります。これまでの現場では、議論が中心になり、空中戦になって消滅してしまうケースが多くありました。
そこで、イメージしやすくする為に、「LINE API Use Case」サイトのデモを作り、UXを体験できるようにしています。そのデモのシーンに対して、各パートナー企業に機能提供を行なってもらう、という形をとっています。
現在のデモでは、ECで購入していた商品を店舗に受け取りに行ったという設定で、商品受け取りと、特典を受け取ることができる店舗チェックインをLINE上で行うデモや、デジタル会員証やおすすめ商品の通知、ECへの遷移や店舗までのオンデマンドバスの予約などがLINE上でできるという、部分的なデジタル化で終わらない顧客体験を中心にした、OMO型スマートストアデモのLINE公式アカウントを公開しています。
小泉: こうした「LINE API Use Case」サイトのデモは、APIの使い方を示しているのでしょうか。それともこういったものを作ろうという形を示しているのでしょうか。
比企: まずはたたき台として、イメージができるようにデモを作っています。我々が提供しているデモのUXが正しいということではなく、ここから議論していくことができるように、羅針盤として作っています。
そしてある程度現在のパートナー企業と仕組みを構築したら、将来的には様々な業界の企業に参画していただき、機能提案や新たな仕組みを共に構築していけるような、プラットフォームになっていければと思っています。
小泉: 現在のOMO型スマートストアデモでも、オンデマンドバス予約をLINEで行う構想が盛り込まれていますし、将来的にはお買い物にまつわる周辺もつなごうとしているのですね。
比企: まさしく「移動」と連携したり、場合によっては「スポーツ」や「エンターテイメント」と連携して、イベント施設の中だけで入場できる限定ECがあったりと、お買い物の周りにある業態ともつながっていくことを想定しています。
将来的には、不動産・可動産、行政などともつながることで、オフライン全体でLINEを使うことのメリットを打ち出していきたいと考えています。
双方向性のある新たな広告の在り方
小泉: そうなると対象となる店舗は、日常的に出入りする店舗や、すでにユーザーの周辺にあるオフライン領域でのコミュニケーションになると思います。全く新しい店舗や、たまにしか行かない店舗が、デジタル接点によって新たにユーザーに認知させることは難しいのでしょうか。
比企: 新たな認知に関しては、広告の在り方を新しく定義していきたいと考えています。従来の屋外での交通広告やデジタルサイネージといったOOH広告は、過渡期を迎えていると感じています。
例えば、オフラインのサイネージで広告を行おうと思うと、1面だけではなかなかリーチしません。ですから、リーチを取るために全面広告を行おう、となるのですが、そうすると見る側のメリットがない状態で視界に入ってしまう、という可能性もあります。
つまりこうした広告は、無理やり消費者の視界を奪うという発想ですので、見ているかどうかわからないといったことや、広告のゴリ押しにより不快にさせてしまう、という可能性もあります。
ですから、この先の広告は、双方向性が大切になってくると思っています。単なる「広告」という文脈ではなく、LINEを活用した双方向の「One to One」、もしくは「One to Group」のコミュニケーションを実現したいです。
小泉: グループに対する「One to Group」のコミュニケーションというのはどういったものなのでしょうか。
比企: 現在開発しているデモでは、あるLINE公式アカウントと友だちのユーザーが、チケットをそのユーザーの友だちにシェアできる機能を使って、グループを形成するという構想を描いています。
事業者のLINE公式アカウントが、友だちであるユーザーに対してシェアすることで双方にメリットがある、シェアターゲットピッカーというチケットを発行します。
発行されたユーザーは、そのチケットを自分の友だちにシェアします。シェアされた友だちにはLINE公式アカウントの友だち追加画面が表示され、友だち追加すると、チケットを入手することができます。
そして、もともとシェアをしたユーザーも、シェアした友だちがLINE公式アカウントを友だち追加することで、チケットを入手することができる、という仕組みです。
こうした「One to One」から「One to Group」へ、という仕組みをオフラインで行おうと思うとなかなか難しいのですが、LINE上であれば、ユーザーは数クリックするだけで行えるため広がっていくのでは、と考えています。
このデモでは分かりやすくクーポン発行という形を取っていますが、ユーザーのオフラインの行動が、グループ内の他のユーザーにも影響を及ぼすようなグループ機能を構築できないか、と模索しています。
デジタル接点は無理やり作ろうと思うと、ユーザーにとっては心地よくなくなってしまうというリスクがあるので、いかに各ユーザーが能動的になるかが重要なポイントだと思っています。
小泉: 対象となるユーザーの間口が広いと、多くの人に受け入れられるということが大前提になってきますよね。技術目線で考えるとすごく便利だと感じる仕組みでも、誰もが良いと思うかは別だと思います。
そうした意味で、LINEは今までも無理強いをしないコミュニケーションを推進してきたわけですから、うまく活用していこうということなのですね。
ペインを強みに変え、デジタル接点をつくっていく
小泉: また、セルフレジや、お会計は利用者が自分で行うセミセルフレジといった、キャッシュレスレーンはリアルな店舗でもかなり導入されてきた印象があります。
今回のプロジェクトの「LINE API Use Case」サイトでも、スマホレジのデモを作られていましたが、レジをLINEの中で行うことで、どのような価値を生み出そうとしているのでしょうか。
比企: 現状店舗で導入されているセルフレジは、レジの業務をデジタルによって置き換えているだけなので、デジタル接点が生まれているわけではないのが現状だと思います。
そこを、手元のスマホで行うことにより、購買行為がデジタル接点になると考えています。
今はレジ業務にフォーカスを当てていますが、そうした今までペインだった点が、実はデジタル接点になりうる、ということが、まだ発見されていないだけで、もっとあるのではないかと思っています。
小泉: そうですね。例えば行列が出来ているお店で、「順番が来たら連絡するから名前と電話番号を書いてください」ということがよくありますが、お店にとっても作業が増えますし、お客にとっても個人情報を毎回書かなければならないので、ペインですよね。
そうしたところにLINEを活用して、QRコードを読み込んでおけば、順番が近くなったら教えてくれる、という仕組みは今でもすぐに作れると思います。
こうした素朴な場面においても、プライバシーを掘り下げて考えることによって、LINEの使い所はたくさんあるのではないか、と感じます。
比企: おっしゃる通りです。特に個人情報に関しては、取れたとしてもデータ的にはあまり意味がありません。ですから顧客にも店舗にもメリットがあるような、行動に紐ついたデータを、ユーザーの許諾を得た上で活用することが重要です。
今まではペインの解決をするという発想でしたが、ペインを強みに変えることが今後は必要だと思います。
ユーザーや企業を横断的につなげていく
小泉: それでは最後に、今後の展開や展望を教えてください。
佐藤: まずは、今年から来年の頭にかけて、パートナー企業とLINEのそれぞれのソリューションや強みを活かした、事例やデモを発表していく準備をしていきます。
また、LINE単体としては、弊社のサービスであるLINEチラシやLINEミニアプリといったサービスを、ご利用いただきやすい環境を整えていくと同時に、ユーザーがどういったタイミングでどのようにサービスを使うのかということを、企業に伝えていくことで、UXを組み立てるきっかけづくりをしていきます。
今後の展望は、今までPOSレジや会員カードといった、バラバラな方法で収集してきたデータをつなげていくことで、ペルソナを超えた「One to One」を実現していきたいと思っています。
そのために、各企業に対して、データの取扱や、サプライチェーンに対しての適切な取り組みのアドバイスなどを、ユーザー目線でお伝えしていく働きかけをしっかりとやっていきます。
ユーザーが利用してくれることで、利用可能なデータが蓄積され、これらがサプライチェーンなども含めた売り場の改善や、店舗の運営に貢献できると考えています。今重要なのは、改めて顧客中心の体験を描いていくことです。
ユーザーの横断的な体験を起点にし、企業の横断的なサービス展開ができる場の提供を行っていくことが、我々のビジョンであり、3つの「レス」の実現につながると考えています。
小泉: これからの展開も楽しみにしています。本日は貴重なお話をありがとうございました。
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