2021年6月より、原則として全ての食品等事業者は、国際規格の食品衛生管理手法「HACCP(ハサップ)」に沿った衛生管理に取り組むことが義務付けられている。
HACCPは、食中毒菌汚染や異物混入などの危害要因(ハザード)を把握した上で、原材料の入荷から製品の出荷に至る工程の中での危害要因を、除去または低減させるための衛生管理手法であり、その工程には、温度の確認や記録も含まれている。
ところで、一般的なHACCP対応といえば、食品管理上の温湿度管理をするソリューションが多いが、例えば、センサやゲートウェイに電源が供給されない時間帯や通信断が発生した場合のデータをどうするか、ワクチンのような厳密な管理が必要なものの管理をどの程度の精度で行うか、は非常に重要な観点と言える。
そうした中、企業や医療機関、教育研究機関などに対するITサービス提供や、格安SIM「Any-Mo」のサービスなどを行う、インフォコム株式会社は、食品の温度管理をIoTで実現する「データウオッチ」というソリューションを提供している。
そこで本稿では、「データウオッチ」の概要や開発背景、今後の展望などについて、(写真左から)インフォコム株式会社 サービスビジネス事業本部 スマートビジネス部 高瀬慎太郎氏、課長 宇都宮健真氏、部長 永田大輔氏、サービスマネジメント室 サービスマネジメント第四チーム 課長 吉野敦則氏にお話を伺った。(聞き手: IoTNEWS小泉耕二)
温度管理IoTサービス「データウオッチ」の概要
IoTNEWS 小泉耕二(以下、小泉): まず、「データウオッチ」のサービス概要について教えてください。
インフォコム 永田大輔氏(以下、永田): 「データウオッチ」は、HACCPに対応した温度センサを活用し、冷蔵庫や冷凍庫などの温度管理が必要な箇所の温度を計測して、クラウドで管理するサービスです。
IoTを活用していない現場では、人が定期的に温度をチェックし、紙に書いて記録しているため、計測忘れや記入漏れがあるといった課題がありました。また、記録した紙は保管しなければならず、管理が大変でした。
そこで「データウオッチ」を活用することで、正確なデータを定期的にクラウドに保存し、必要な時に必要な情報を管理画面で確認することができます。また事前に設定した温度帯の閾値を越えた場合、通報する機能も提供しております。
インフォコム 高瀬慎太郎氏(以下、高瀬): 他にも、フライヤーの油の温度や食品の中心温度を測って記録することもできます。
食中毒は、中心温度が加熱されていないために起こることが多いため、食中毒防止策としてこの機能は重宝されています。
冷蔵・冷凍といった冷たいものの温度だけでなく、加熱する際の温度の測定にも対応しているのが特徴です。
他事業で捉えたニーズを逃さず新たなサービスへとつなげる
小泉: インフォコムは、法人向けのITサービスやSIMの提供など、様々な事業を展開されていますが、「データウオッチ」はどのような経緯で生まれたのでしょうか。
永田: もともと、法人向けの危機管理サービス事業を行っている時に、食品事業者のお客様から、「せめて温度管理だけでも自動化したい」というお声を聞いたことがきっかけです。
2021年からHACCPが義務化され、食品事業者は温度管理をはじめとする衛生管理を行う必要がありますが、店舗数が多い事業者は、正確にチェックが実施されているかを管理するのは難しくなってきます。
現場はそもそも忙しいうえ、HACCP対応もしなければならないとなると、業務の負荷が上がります。そうした中、これまでは人手で行っていたため、どうしても記入漏れやミスが発生するなどの課題があり、それを解決するために開発されました。
さらに、監査のタイミングにおいても、これまでは必要な記録を探すのに、膨大な紙の中から探す必要がありました。これが時系列でデジタル化されていることにより、見たい記録をピンポイントで検索してすぐに見ることができるため、監査をする側の負荷も下げることができます。
高瀬: また、「データウオッチ」をリリースする前から弊社が提供していた、緊急連絡や安否確認のシステムである「エマージェンシーコール」のコンセプトも受け継がれています。
「エマージェンシーコール」は、災害などが発生した時に、スマートフォンやPCに加え、電話やFAXなどでも安否確認や状況連絡などができるシステムです。
災害時には通信規制が発生し、電話やメールがつながりにくくなります。そこで「エマージェンシーコール」では、システムを安定して稼働させるため、データセンタを二拠点同時稼働しており、高い回答率を実現しています。
これにより、BCP(事業継続計画)として、国や企業のインフラ系のシステムや車産業など、サプライヤーを止めることができないようなシーンにおいてもご利用いただいています。
そしてこの、「エマージェンシーコール」の緊急通知を別のシーンでも活用できないかと考え、「データウオッチ」にも活かしています。具体的には、「エマージェンシーコール」のエンジンを活用した緊急通知を、オプションとして「データウオッチ」でも利用できるようにしています。
小泉: どのようなシーンで「データウオッチ」の緊急通知オプションが活用されているのですか。
高瀬: 例えば、ワクチンを保管する冷凍庫の温度に、異常値や機器の故障の可能性を検知した場合、担当者に通知するというシーンで自治体に導入いただいています。
ワクチンは適切な温度管理ができていないと、最悪の場合破棄しなければならないため、確実な緊急通知を求めていました。
確実な通知を行うために、メールだけでなく、電話やFAXなどの端末にも対応しているこのオプションが活用されています。
災害時や通信障害などにも対応したシステム開発
インフォコム 宇都宮健真氏(以下、宇都宮): また、「エマージェンシーコール」の思想を受け継いでいるという意味では、災害時や通信障害などで通信できない状況下においても、計測した温度データを取得できる仕組みにしています。
これにより、これまで停電などが発生した際、冷蔵・冷凍庫内の食材は基本的に提供することができず、破棄せざるをえない状況であったのが、停電していた間の庫内の温度変化も把握することができるため、庫内の食材を提供して良いかどうかの判断を適切にすることができるようになります。
小泉: 具体的に、どのように実現されているのでしょうか。
宇都宮: 通信が途絶えると、クラウドにデータを上げることはできなくなりますが、センサ自体が最大一ヶ月データを貯めておくことができる仕様になっています。
そして、通信が再開した時に、センサに溜まっていたデータを適宜クラウドに上げてデータを保管します。
小泉: センサも御社で開発されているということでしょうか。
インフォコム 吉野敦則氏(以下、吉野): センサを含むハードウェアは汎用品を活用しており、弊社が開発したプログラムによって制御しています。
具体的には、10分に一度上げられる今現在のデータ(現在値データ)に加え、過去30分のデータを上げる制御をしています。その際、現在値データがあがっていない箇所があれば、過去の記録データから補完するという仕組みを構築しています。
また、30分以上通信や電気が途絶えたとしても、1ヶ月はセンサがデータを貯めているので、通信や電気が再開した際にセンサのデータをクラウドに上げ、補完することができます。
小泉: センサは御社が指定するセンサを使うことによって、この機能が使えるということですね。ゲートウェイは指定のゲートウェイでなくても活用することができるということでしょうか。
吉野: ゲートウェイにも、データ通信量を削減するためのプログラムや、通信遮断時に保持していたデータを分散させながら送るプログラムを入れているので、今のところは弊社が指定しているものをご活用いただいています。
「データウオッチ」を利用する際のハードウェアは、弊社が指定しているセンサとセンサの親機、弊社が提供している通信SIMと指定のゲートウェイ、必要があれば中継機という構成です。
ゲートウェイはセンサの親機がつながっており、親機にはセンサ自体(子機)がつながっています。親機はAC電源で駆動しているので、停電などで親機が動いていない時は子機がデータを保持しているという仕組みです。
電源が復旧して親機がゲートウェイとつながると、親機が子機の保持データを取りにいくという仕様になっています。
導入障壁を下げ、アフターケアも考慮した販売形態
小泉: ハードウェアは指定のものということですが、購入形態はどのようになっているのでしょうか。
永田: ハードウェア一式は購入かレンタルを選択することができ、加えてソフトウェアとの契約をしていただくことで活用できます。
レンタルを導入している理由としては、初期投資のハードルを下げるという目的があります。
他店舗展開している事業者が、こうした温度管理のシステムを導入するとなると、莫大な初期費用がかかってしまいます。
そこで、導入障壁を下げるという意味でも、導入規模によっては1センサ数百円から利用することができるレンタルを導入しています。
また、飲食店や食品業界の現場では、センサやゲートウェイが壊れてしまうというケースも多く、動産保険がつけられることもレンタルの採用理由になっています。
IoT構築に欠かせないポイントとは
小泉: 故障の際は保険があるということですが、通信トラブルにはどのように対応しているのでしょうか。冷蔵庫や冷凍庫は、建物の中の部屋のような仕様になっているところも多く、センサが取得したデータが外に出てこないというトラブルをよく聞きます。
何か利用上の制限や、工夫されていることがあれば教えてください。
永田: うまく通信できない理由の多くは、通信機器の設置がうまくできていないということです。そこで、我々は自らが現場にいき、通信機器を設置しています。
この設置のノウハウがIoTを実現する上で重要なポイントだと思っています。
宇都宮: また、設置後の運用ノウハウも蓄積しており、お客様に伝えるようにしています。現場ではセンサが外れてしまったり、冷蔵庫の場所が変わったりといったケースがよくありますが、その際の設置パターンを用意して、お客様でも対応できる体制を整えています。
小泉: 運用ノウハウがあれば、多店舗展開している事業者でも対応ができそうですね。
高瀬: 実際に90店舗に導入いただいている飲食店事業の方も、導入当初は弊社と併走した試行錯誤があったものの、新規店舗の対応はお客様自身で行うことができています。
永田: さらに今後は、センサの設置や保守・管理をサポートする企業とパートナーシップを組みながら、即日対応できるエリアを拡大していく予定です。
「データウオッチ」が目指すHACCP対応から攻めのデータ活用まで
小泉: 今後の話が少し出ましたが、「データウオッチ」の展望について教えてください。
宇都宮: 「データウオッチ」の展開は、大きく3つのステップを想定しています。
現在はステップ1の「温度管理の自動化」を実現しており、今後はステップ2の「HACCPの完全ペーパーレス化」を目指します。
HACCPで義務付けられている衛生管理は温度管理だけではなく、従業員の体調管理や清掃記録などがあり、それらを含めて「データウオッチ」で対応していく予定です。
すでに、「BCPortal for HACCP」という食品事業者向けの衛生管理を行うためのクラウドサービスを提供しており、HACCPに必要な情報をスマートフォンやタブレットから記録・管理することができます。
そして最後のステップでは、「データウオッチ」と「BCPortal for HACCP」のデータを活用し、従業員間のコミュニケーションツールの開発や、部門ごとのタスク管理にまで発展させていきたいと考えています。
吉野: 開発の観点から言うと、温度センサだけでなく、今後は湿度など様々なセンサにも対応していきたいと考えています。
また、現在の「データウオッチ」は、測定値データの保管や、問題がある際に通知をするなど、事業を守るためのサービスですが、取得したデータを組み合わせてお客様の新たな事業に役立てるための「攻めのサービス」に発展できないかと、分析や検証を開始しているところです。
小泉: 本日は貴重なお話をありがとうございました。
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