電波が著しく減衰する水中での通信には、古くから音響通信が用いられてきた。音波はクジラやイルカが使うエコーロケーションでも知られるように、水中での利用は測位や通信など多岐にわたる。
しかし、伝搬速度は1秒間に1,500m程度(水温や塩分濃度によって変化)と非常に遅く、伝送できる情報量も数十~数百kbps程度で、外来ノイズの他、海面や海底の反射によるマルチパスの影響を受けやすく、音源から球面状に拡散することから、精密な測位やリアルタイム性、セキュリティーなどの多くの課題がある。
また、使用できる海域や水深、周波数に制約があるため、水中ロボットなどをリアルタイムで制御するための伝送レートを確保することが難しく、音響通信に代わる安定した通信手法として、大容量・低遅延の可視光を使用した無線通信技術を活用する研究が各国で進められてきた。
しかし、光無線通信の特性として、双方の光が見えていることが求められるため、通信距離は約100m程度が限界で、高速通信を実現するには照射角が狭い高出力のレーザー光を活用して光軸を合わせ続ける必要があり、移動体などとの通信には高精度な光トラッキング技術が必須となる。
ソフトバンク株式会社と国立大学法人東京海洋大学は、これらを解決する手法として、高精度な画像処理によるトラッキング技術や光の明滅から信号に変換する技術であるOCC(Optical Camera Communication)による、水中ロボットの遠隔制御技術の開発に取り組んできた。
このほどソフトバンクと東京海洋大学の後藤 慎平助教らの研究チームは、北海道厚岸翔洋高等学校の柴田 耕一郎教頭の協力を得て、Beyond 5Gによる海の産業革命を目指し、画像処理によるトラッキング技術を活用した可視光の無線通信技術によって、水中の狭隘空間を移動する水中ロボットをリアルタイムで遠隔制御する実証実験に成功した。
同実証実験では、地上の通信ネットワークではカバーできない外洋や極域などの海域までカバレッジを拡張するNTN(Non-Terrestrial Network、非地上系ネットワーク)としてThuraya Telecommunications Company(以下、Thuraya)の通信衛星を利用した無線通信を活用し、地上の電波が届かない厚岸湖の水面に分厚い氷が張った水中の狭隘空間で、2台の水中ロボットを約930km離れたソフトバンクの本社(東京都港区)から自在に制御する(潜航、浮上、前進、後進など)検証を行った。
開発した遠隔制御技術は、遠隔地に展開する無人ロボットに対してThurayaの通信衛星を利用した無線通信を経由して制御命令を送信し、OCCの信号に変換して他の無人ロボットなどの制御や観測データの取得を実現することができる。
制御命令は衛星携帯により音声で伝送されると、厚岸湖上に設置した水中ロボットの指令システムに入力されて、OCCの発光信号として親機から子機に伝送される。子機側ではOCCの信号を変換し、内部のコンピューターで制御命令として受信され、水中ロボットを上下・前後・左右方向へ自由に動かすための装置などを制御して、機体を動作させる。
動作が完了すると、子機から親機に向けて動作完了の信号をOCCで伝送し、信号を受けた親機は衛星携帯を介して、遠隔地の操縦者に状況を知らせる仕組みになっている。また、子機に搭載された水温計や深度計のデータについても、制御信号と同様にOCCおよび衛星携帯を使って遠隔地の操縦者に伝送することができた。さらに、音声通信だけでなくデータ通信による制御にも対応しており、地域や海域のサービスの状況に応じて最適な通信を組み合わせることで、水中機器との安定した通信を実現できることを実証した。
同実証実験の結果から、アクセスが困難な地域や海域においても水中ロボットや機器のリアルタイムでの遠隔操作が可能になるとともに、データの収集や観測、機器の監視や保守のための現地調査の低減などの効果が期待できる。また、OCCを活用することで、従来の音響通信による測位が困難な極浅海域でも、安定的かつリアルタイムにロボットとの通信が可能であることから、海氷または湖氷の下などにおける漁業や調査での活用も見込まれる。
さらに、水中は海象・気象の影響を受けにくいことから、OCCなどの水中光無線通信技術による水中灯台などのインフラを構築することで、洋上物流に代わる次世代の物流にも活用できると期待される。今後、さらに実用的かつ確実な技術にするため、南極海などでの実証実験を通して、まずは極地や島しょ地域などでの実用化を目指すとしている。
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