現在、人口が減少し、多くの山間地域で過疎化が加速している。
そんな中、過疎地域の物流を維持しようとしても、物流企業側も人手不足できめ細やかなサービスを行うことが難しくなってきている。
そこで、株式会社ゼンリンは、2024年6月3日より埼玉県秩父市、大滝地域と呼ばれる過疎化が進む地域の物流について、ヤマト運輸株式会社、西濃運輸株式会社、福山通運株式会社の荷物を集約し、地元企業が物流企業に代わり、大滝地域に荷物を運ぶ、ということが実現できるプラットフォームを開発・提供しているということだ。
そこで今回、このサービスの概要をはじめ、過疎地域における物流の在り方や今後の展望、物流効率化のために国や自治体に求めることなどについて、株社会社ゼンリン モビリシティ事業本部 スマートシティ推進部 部長 吉村英樹氏(トップ画右)と、事業担当者 上谷守裕氏(トップ画左)にお話を伺った。(聞き手:IoTNEWS代表小泉耕二)
人口・積載数の減少や地理的課題など、過疎地域特有の問題から生まれた「おむす便」
IoTNEWS 小泉耕二(以下、小泉): はじめに、このサービスの運用に至った背景について教えてください。
ゼンリン 上谷守裕氏(以下、上谷): 今回運用が開始されたサービスは、「おむす便」と呼ばれているのですが、秩父市の中で一部過疎地域として設定されている大滝地域での取組みです。
大滝地域は、市街地から車で約50分離れており、かつ広大な土地に配送先が点在している地域のため、物流企業からすれば、配送量が少ない割には、配送時間かかってしまうエリアです。
加えて、近場の小売店は限られてしまうため、宅配サービスが生活インフラの一部となっているにも関わらず、人口減少により積載量が低下しているという課題もあります。
世の中の潮流としても、いわゆる物流2024年問題から、ドライバー不足が問題となっていますが、大滝地域のような過疎地域では、物流を維持することがさらに難しい状況です。
また、こうした物流の課題は、大滝地域だけではなく、全ての過疎地域に当てはまることだと思っています。
そこで、過疎地域における物流課題解決のモデルケースを構築するためにも、共同配送の取り組みをスタートさせたという背景があります。
小泉: なぜ「おむす便」という名前のサービスなのでしょうか?
上谷: 「おむす便」の名前の由来には、「想いを結んで運びます」という想いが込められています。
今回のケースでは、各物流事業者と、もともと秩父市の市街地から大滝地域にお弁当を宅配している企業とが協力することで、共同配送を実現しています。
小泉: 「おむす便」では、どのように共同配送を実現しているのでしょうか。
上谷: まず、ヤマト運輸、西濃運輸、福山通運の各物流事業者が、ヤマト運輸の影森営業所に荷物を持ち寄ります。
そして、このお弁当屋さんが、地域のラストワンマイル事業者となって、影森営業所から大滝地域宛の配送先まで配送してくれています。
小泉: ラストワンマイル事業者は、地域の事業者ということですが、過疎化が進んでいる地域には配送事業者も少ないのではないでしょうか。
上谷: 今回の、お弁当宅配の企業のように、ラストワンマイル事業者が、もともと自社の商品を運ぶ流れの中に「おむす便」の配達も組み込むことで、効率よく収益が上がる仕組みになっています。
今後、「おむす便」で培った共同配送の仕組みを他の過疎地域にも展開したいと考えていますが、ラストワンマイルの事業者は、同様に地域で配達などを行なっている事業者の方に担ってもらえればと考えています。
小泉: 過疎地域では、住民や地域の事業者が助け合いながら生活していかなければならないという現実がありますから、もともとの業務のついでに配送も担うという助け合いの世界観はしっくりきます。
また、過疎地域であっても、商品の配達やケアワーカーの派遣など、地域内を移動している事業者はいるので、別の地域でも実現できるイメージが湧きました。
関係者が使いやすいシンプルなシステム設計
小泉: 今回、共同配送を実現するためのシステムの構築もゼンリンが担ったということですが、システムの概要について教えてください。
上谷: このシステムでは、ラストワンマイル事業者が配送ステータスを入力することで、各物流事業者がそれを確認できるようになっています。
利用の流れとしては、各物流事業者がヤマト運輸の影森営業所に持ち込んだ荷物を、ラストワンマイル事業者が受け取る際、ラストワンマイル事業者が持っている専用の端末を使って、伝票に印字されているバーコードを読み込みます。
バーコードを読み込むと、どの物流事業者の荷物なのかに加え、「積み込み作業中」などの配送ステータスを付与できる仕組みになっています。
その後も、「影森営業所からの持ち出し」「配送先への到着」「配達完了」「不在による持ち帰り」など、様々な配送ステータスをラストワンマイル事業者が端末から付与していきます。
ラストワンマイル事業者が付与した配送ステータスは、クラウド上でリアルタイムに共有されますので、各物流事業者はWebブラウザから確認することができます。
小泉: 端末でバーコードを読み取った後、配送ステータスを付与できることは分かったのですが、荷物の情報はどのように取得しているのでしょうか。各物流事業者のシステムと連携しているということですか。
上谷: 各物流事業者の基幹システムとは連携させていません。
「おむす便」で配達をしている大滝地域の荷物に関しては、今回新たに構築したシステムで管理しています。
つまり、大滝地域に配送される荷物は、各物流事業者の基幹システムからは確認ができない状態だということです。
各物流事業者が大滝地域宛の荷物の状況を確認する場合は、先ほどご説明した管理者側の確認画面を、Webブラウザ上から見てもらうという設計にしています。
小泉: そうなると、各物流事業者が影森営業所に荷物を配送した際に、ラストワンマイル事業者はどのように荷物が届いたことを知るのでしょうか。
上谷: この点については、運用のルールを決めることでカバーしています。
ラストワンマイル事業者は、毎日午前と午後の決まった時間に影森営業所に行くことが決まっています。
そこで、各物流事業者は、それまでに影森営業所に荷物を届けるという体制をとっています。
小泉: つまり、1日2便で捌ききれないほどの荷物が届くことはないということですね。
上谷: そうですね。ただ、稀に事業者宛に大量の荷物や大きな荷物が届くことがありますが、そうした荷物は、現時点ではヤマト運輸に手助けしてもらいながら、運用しています。
小泉: では、システムを構築するにあたって、3社の物流データを標準化しなければならないことはなかったということでしょうか。
上谷: はい。「おむす便」専用のシステムを作ることで、システムに関して標準化する必要はありませんでした。
ただ、オペレーションに関しては、先ほどご説明した「何時までに配送する」「何時に受け取りに来る」というような運用のルールを、その他のシチュエーションにおいても適応させる必要があると感じています。
今回のケースで言うと、冷凍や冷蔵の荷物の取り扱いが物流事業者ごとに異なるため、厳しい基準に合わせて統一させるなどして、対応していこうと思っています。
小泉: ルールの取り決めは、具体的にどのように行なっているのでしょうか。
上谷: 今回の事業は、弊社が秩父市から依頼を受けた代表企業として、各物流事業者やラストワンマイル事業者を採択している形なので、弊社が現場の声をヒアリングしながら、打ち合わせをして都度課題を解決しています。
今後、「おむす便」を他の過疎地域にも展開する際には、今回得た現場の課題感をノウハウとして蓄積していき、よりスムーズに共同配送を実装できる体制を整えたいと思っています。
ビジネスモデルを明確にし、「おむす便」普及につなげる
小泉: ビジネスモデルはどのような形になっているのでしょうか。
「おむす便」は、複数の物流事業者に加え、ラストワンマイル事業者とゼンリンという関係者がいて成り立っているので、利益配分が難しいのではないかと感じたのですが。
上谷: 報酬の流れを簡単に説明すると、各物流事業者がラストワンマイル事業者に配送委託料を支払い、ラストワンマイル事業者が弊社にシステム利用料を支払うという形をとっています。
まず各物流事業者は、業務委託という形で、ラストワンマイル事業者に対して一個当たりの単価を支払っています。
ラストワンマイル事業者は、その月に何個運んだかという実績を報告して、各物流事業者から配送費をもらいます。
そして弊社は、開発したシステムをラストワンマイル事業者に提供し、その利用料をいただいています。
このシステムは、配送の管理だけでなく、配送履歴をCSVデータ化することができ、何個配送したかを物流事業者に報告・請求するための証憑としても活用できますので、システムの利用者はラストワンマイル事業者であるという建て付けです。
小泉: ビジネスモデルもシンプルで良いですね。お金の流れをわかりやすくしたほうが、ラストワンマイル事業者は儲かるかどうかの判断もしやすいですし、「おむす便」が広がっていくイメージが湧きます。
上谷: システムの利用料を物流事業者側からいただくという発想もあるとは思いますが、物流事業者の場合すでに基幹システムを構築しているケースが多く、それぞれのニーズを汲み取っていくと、仕様も料金形態も複雑になっていきがちです。
そこでシステムは、新たな事業として取り組むラストワンマイル事業者向けに構築し、物流事業者は無料でウェブブラウザ上から配送ステータスを見ることができる、というシンプルな設計にしました。
これにより、地域の困りごと解決とともに、物流事業者やラストワンマイル事業者へのメリットの提示もできたと思っています。
全国の過疎地域展開を見据え、機能強化やまちづくりへと発展させていく
小泉: 運用体制からシステム、ビジネスモデルまできちんと整っていて、素晴らしいアイディアだと感じました。
こうした共同配送の仕組みを思いつくことができたきっかけはなんだったのでしょうか。
上谷: システムに関して言うと、以前より、共同配送の実証実験やプレサービスの提供を秩父市と実施していたので、そこから見えてきた課題から生まれたという背景があります。
実際に実証実験やプレサービスで共同配送を実施してみると、物流事業者ごとに基幹システムがあり、それに紐ついている端末もバラバラで、ラストワンマイル事業者がそれに対応するのは難しいということが見えてきました。
そこで、ラストワンマイル事業者が無理なく配送を行うためにも、システムの構築は不可欠であるという結論に至りました。
また、一度システムを構築することができれば、大滝地域だけでなく、全国の過疎地域に展開することができ、弊社としてもメリットの大きいビジネスになるだろうと思っていました。
加えて、もともと弊社は地図情報を活用したサービスを提供する会社ですので、今後は共同配送サービスにも地図情報を活用していきたいと考えています。
例えば、いくつかの荷物の住所情報を読み取ることで、自動で配送ルートを提示してくれるような機能を構想しています。
こうして弊社の地図情報も活用していけば、利用者に対して利便性を提供でき、弊社にとってもメリットがあるという道筋が描けていたというのが、取り組みに踏み出せた大きな理由だと思っています。
小泉: ゼンリンの地図情報もシステムに組み込まれていくとなると、例えばUberのような新たな事業の展開をさらにしやすくなりそうですね。
上谷: おっしゃる通りです。将来的には、今回の共同配送のような新たな仕事を過疎地域にもっと増やすことで、地域外の人も「仕事があるから移住したい」と思えるような、副次的な効果も見込めるのでは、と期待しています。
小泉: 人の分布情報もかけ合わせていけば、どのサービスがどのエリアに有効なのかといった分析や、人の分布に合わせた最適な配送拠点の位置の提案など、ゼンリンだからこそ実現できる将来像があるなと感じました。
ゼンリン 吉村英樹氏(以下、吉村): まさしく弊社では、高精度な道路情報を提供するネットワークデータを構築しており、現実世界に即したソリューションの提供が可能です。
例えば、交通空白地帯を定める際、「半径何メートル以内にバス停や駅がない」などの指標で決めがちなのですが、本来は実際の道路の形や人が歩く経路など、実態を加味して定める必要があります。
つまり、一概に「半径何メートル以内」とは言えないはずなのです。
一方、弊社では、自動車用ネットワークや歩行者用ネットワークなど、移動に必要な様々なネットワークを組み込んだデータベースの提供を行っているので、実態に即したデータをもとに意思決定をすることができます。
そこで、おっしゃるような最適な配送拠点の位置の提案なども、将来的には行なっていきたいと考えています。
また、弊社の立場として、各物流事業者に地図データを活用してもらっているという、中立的な立場である点も、今回のような共同配送が実現できた理由だと思っています。
物流事業者同士のみで共同配送を実現しようとしても、競合関係にある中で、システム連携および構築、ルールの取り決めを行なっていくのは難しいでしょう。
既存ビジネスの課題解決や既存システムの改善をしていこうという発想ではなく、地域の困りごとにフォーカスして、これを解決するためにどのようなシステムや仕組みが必要かを考えた点が、共同配送を実現できたひとつのポイントだと思っています。
物流の課題解決へ向け求められる国や自治体の姿勢
小泉: 今後は、機能の拡充や他の地域への展開を考えられているとのことですが、さらに取り組みを広げようとしたときに、自治体や国に対する要望や想いはありますか。
上谷: 担当者としての意見ですが、「物流」に関する課題を自治体の方に地域課題として捉えていただく事が重要であると感じます。
物流の中でも、例えば「ドローンを活用した無人配送」といった先端技術を活用した取り組みには関心を持ってもらえるのですが、既存の物流手段の「トラックの配送効率の改善」の取り組みとなると、関心の具合はトーンダウンしてしまうように感じることがあります。
しかし、当然ながらトラックは物流手段の一つであり、今や物流は社会インフラの一部となっていますので、支援の手立てが増えてくれればと思っています。
また、過疎地域の課題は物流だけではなく、過疎地域の住民が移動できなくなるといった「交通」など、他の要素にも影響を及ぼすものです。
2024年4月には、国土交通省より、自家用車活用事業が可能となる日本型ライドシェアの制度を策定するなどの対策が打たれており、こうした取り組みをもっと推進してほしいと思っています。
もちろん弊社としても、物流に加え、交通の課題解決にも貢献できるよう、取り組んできたいと考えています。
小泉: たしかに適切な制度や法改正が整ってくれば、実現できることは増えそうですね。例えば、乗客と荷物を同時に乗せる貨客混載に関する規制も徐々に緩和されつつあります。
将来的には、適切なルートを提案してくれるシステムを活用することで、コミュニティバスに乗客と荷物が同時に乗る日が来るかもしれませんね。
吉村: 貨客混載に関しては、すでに実証実験などで挑戦しているテーマですが、人が乗る前提のバスに荷物を乗せることでの費用対効果が合わないといった問題や、ドライバーが荷下ろしまで担うのかなど、課題が出てきている状況です。
しかし、人口減少やドライバーの担い手不足など、根底にある問題は変わらないため、「物流」と「交通」共に解決していく道筋を見つけていく必要があると感じています。
小泉: 本日は貴重なお話をありがとうございました。
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