次世代ナビゲーションシステムを実現する マクセルの小型「ARヘッドアップディスプレイ」 ー マクセル 光エレクトロニクス事業本部 平田氏インタビュー

マクセルがAR技術を活用し、クルマの安全運転をサポートする製品であるヘッドアップディスプレイ(通称および以下、HUD(ハッド))を開発したというニュースを聞き、マクセル株式会社 光エレクトロニクス事業本部 AIS事業部 事業部長の平田浩二氏にお話を伺った。
(聞き手、IoTNEWS 小泉耕二)

IoTNEWS 小泉(以下 小泉): マクセルにクルマの分野の製品のイメージがなかったのですが、なぜ、マクセルがクルマの分野に参入されたのでしょうか?

マクセル 平田氏(以下 平田氏): マクセルの経営方針で、「自動車、住生活・インフラ、健康・理美容」を「成長3分野」と位置付けています。その中でも自動車分野関係で事業を広げていこうという方針があり、さまざまな製品を開発していました。

今回このHUDを開発した光エレクトロニクス事業本部のAIS事業部は、以前の親会社である日立製作所でテレビの開発を行っていたメンバーが集まっています。また、テレビだけでなくプロジェクターの開発も行っていましたので、映像技術やプロジェクターの技術のベースを持っていたのです。

当社はこれらの技術を活用して、車のビジネス、中でも表示系の分野に参入したいと考えました。光の技術と映像をエンハンスさせる技術を組み合わせて、他社と差別化するという発想で、HUDの開発に取り掛かりました。

HUDは、行き先や速度表示などのナビゲーション情報、対向車や歩行者の検知した際のアラート情報を、フロントガラス越しに運転席から見える実際の風景に重ね合わせることで、ドライバーの視点移動を最小限に抑え、安全運転を支援する機器です。HUDは、ステアリングとフロントガラスの間、という狭いスペースに設置されなくてはいけません。

参入にあたりまず行ったのが、先行他社の製品の調査です。調べてみると、容積が非常に大きくてそのスペースに入らない製品が多い、ということが分かりました。無理にそのスペースに入れようとすると、車のデザイン自体変えなければならない、といったことも起きていたようです。

一方当社は、もともと日立製作所時代にテレビやプロジェクター開発の際に培った光の技術で、「超短投写」という、投写距離が短く、かつ大画面で表示できる光学技術を確立していました。その技術をマクセルに持ち込み、コンパクトにしながらも大画面の映像が得られる、というHUD用映像技術の開発に成功しました。

ただ、当社が開発をスタートした時点では、「FOV(Field of View:視野)」(ドライバーが見えている視界)の縦が1.4度、横が5度〜6度くらいの狭いものでした。

しかしその後、試行錯誤を繰り返しながら開発技術を磨き、4月18日から開催された上海モーターショーに出展しましたが、この時のコンセプトカーに搭載したAR−HUDは、垂直が2.74度で、水平が10度という視野が得られ、かつ一般的なSUVの本体に収納できました。

この技術をベースにOEMメーカーに装置や技術の紹介をして、HUD事業を立ち上げようと取り組んでいます。

左:IoTNEWS代表 小泉耕二、右:マクセル 平田氏

小泉: これは引き合いが多そうですね。

平田氏: お陰様で非常に多くの方に関心を持っていただいています。

当社はなるべく早くこの事業を立ち上げたいと思っています。そして、まずは中国市場をめざしています。

なぜなら、欧州や日本向けのカー・メーカーの車の開発スピードは大体3年に1車種のところ、中国は1年半で立ち上げるメーカーが多いからです。製品リリースのスパンが短いため、事業計画も立てやすいということです。

中国メーカーでは、欧米のメーカーと差別化したいということで、この新しい技術に非常に興味を持っていただいています。すぐに取り組んでいただけるような会社もあり、先行は中国の市場から開拓しようということで進めています。

中国のメーカーとは、実際に商談も進んでいて、2020年〜2021年くらいには形にしたいと考えています。

小泉: 他社と比較した際の、技術的なアドバンテージはどういうところにありますか?

平田氏: 1つ目はやはり、当社のHUD製品は超短投写光学系技術により、非常にコンパクトに製造・設置できるというところです。

2つ目は、当社の製品はLCDディスプレイの導光体技術を応用して、他社比で4倍くらいエネルギーの効率が良いということです。車に設置する場合、クルマ全体のバッテリー容量が決まっているので、低消費電力のものが適しています。当社の製品では、この点をクリアしていることが差別化のひとつで、大きな武器と考えています。

ちなみに、消費電力が小さいと、発熱量も小さくなり、製品信頼性も向上します。

3つ目は、独自の自由曲面光学技術を採用しており、視野角の広い表示で大画面を遠方に高画質で映すことが可能になりました。

マクセルインタビュー
ダッシュボードに設置されたHUD。(画面中央)フロントガラスに投影され、映像を見ることができる

小泉: ダッシュボードだと日光も当たるので耐熱対策も必要ですよね。

平田氏: その点はすごく気を遣っています。また、正面の反射などがドライバーの目に直接入ると運転しづらいので、それをどう解決して行くのかも考慮しています。

例えば、ダッシュボードの上部は通常黒色で、光が乱反射したり、光らないようにしてあります。そこに当社のHUDの映像光が出て行く開口部分があるので、ディスプレイの表面をどうやって光らせないか、などを工夫しています。

運転席から装置を見た様子

太陽光の下でも、情報の信頼性を含めて、きちんとした表示が担保できるか、ということが重要です。さらに、当社はプロジェクターの開発において、光の高効率化により高輝度、低消費電力を実現しています。その知見を活かして開発を進めているのです。

小泉: そういった積み重ねてきた技術の上に成り立っているのですね。試作をする企業は多くあるかもしれないですが、実際に製品化するのは大変なことだと感じました。

平田氏: 先行している日本精機さんやデンソーさんの製品を拝見しましたが、いろいろと知恵を使われていらっしゃいます。そこで当社も、さらにいいものを作ろうと開発に励んでいます。

また、マクセルでは、AR−HUDの基礎技術は数年前に確立し、実際に車に搭載して実使用上の課題を明確にして解決する技術を創り上げている状況です。

マクセルインタビュー
AR-HUDを車に搭載し、実際に公道を走行して実使用上のテストをしている
マクセルインタビュー
実際にフロントガラスに投影したイメージ。速度が下に表示され、人がいることを検知している

小泉: ガラスを通して、さまざまなマークが表示されるわけですが、ガラスは透過するものなので、簡単に映写できない感じがします。ここは、どうやって乗り越えられたのですか。

平田氏: 我々はLDCのパネルを映像源として使っています。LCDは、特定の偏波をコントロールしながら表示に使うことができます。ガラスの表面に光が入った時に、像がフロントシールドで反射して、ドライバーの方に向かってくる光を実際虚像で見ています。

自然光にはP波とS波があり、進行方向がガラス面に対して水平方向と垂直方向とふたつあります。S偏波の方が、反射率が高くなっています。そういったものを選択的に使うというやり方をしています。

小泉: フロントガラスの下から上に投影し、そのガラス面が反射しやすい特定の偏波を使い、自分の目で見るという仕組みなのですね。

マクセルインタビュー
走行を始めると、走行状態が分かる。カーナビとも連動しているので、道路上に走行すべき方向が表示される。

平田氏: はい。虚像ですので、特定の距離に特定の像が表示されます。今日体験していただいたHUDは、20m先に138インチの映像が表示されるものです。ドライバーの目線で見たときの見える範囲に、像そのものが遠くに大きく見えた方が視点の移動が小さくなるため、このような仕様にしています。

小泉: ドライバーの身長やシートの位置で見える位置が変わってくると思うのですが、何か対策はされていますか。

平田氏: クルマの中に「ドライバーモニタリングシステム」というものがあり、目の位置をセンサーで見ながら、映像の位置を上下に自動で変えて行くシステムが入っております。今回お見せするものはHUDだけですが、上海モーターショーではこのシステムも取り入れたデモカーも展示しました。

小泉: 今後の展望をお聞かせください。

平田氏: 今後クルマのサービスが変わっていく中で、ニーズを理解し、クルマにどのような映像を、どうやって出すのか、というところを追求していきたいと思っています。安全運転支援のみならず、エンターテインメントなどにも活用されると考えています。

また、近い将来に実現するMaaSの世界では、移動の概念が変わっていきます。この中で情報を、個人が持つのか、クルマが持つのか、例えばクラウド側の情報で映像を保持する方がいいのか、などを考えると、そこにさまざまなビジネスチャンスが生まれると考えています。

小泉: 本日はありがとうございました。

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