「プラットフォーム時代」、私たちの町はどう変わってゆくのか? ―八子知礼 x 小泉耕二【第6回】

IoTNEWS代表の小泉耕二と、株式会社ウフル専務執行役員で、IoTNEWSを運営する株式会社アールジーンの社外取締役でもある八子知礼が、IoTやAIに関わる様々なテーマについて公開ディスカッションを行う連載企画。本稿では、第6回をお届けする。

IoTやAIというと、通信やセンサー、AIエンジンなどのテクノロジーの文脈でしばしば語られる。

しかし、「なかなか進まない」とよく耳にする分野を深堀していくと、理由は技術云々とは別のところにある場合が多い。

代表的な例が、スマートシティだ。街や地域全体をIoTとAIで変革していくその取り組みでは、さまざまな企業やサービスが入り乱れるため、足並みをそろえるのが難しい。そのため、プレイヤーや技術がそろっているのに、取り組みが進んでいかないのだ。

そこで、前回と前々回の放談企画では、スマートシティを進めるために必要なことについて、さまざまな切り口から八子と小泉が議論した。

今回はさらにもう一歩踏み込み、そもそも町はなぜスマート化されていく必要があるのか、世界の潮流である「プラットフォーム化」の背景を振り返りながら議論。スマートシティの本質的な意義について考えていく。

SNS基盤を活用した包括的な町のサービスが始まっている

小泉: 前回と前々回に引き続き、「スマートシティ」についてさらに掘り下げていきたいと思います。

やはりスマートシティは概念的にとらえられがちで、現実味がないと思うことが私は多いです。たとえば、川の氾濫にそなえるというソリューションであれば、確かにそのようなことが起きたら自分も困るのですが、毎日の生活に関わってくる話ではありません。

あるいは、エネルギーの分野です。もちろん二酸化炭素の削減は必要ですし、大切なことなのですが、話が大きすぎて自分の仕事に直結してこないようなところがあります。

そこで今回は、駅前のデジタルサイネージや自転車のシェアリングサービスなど、もうちょっと身近なところの話をできればと考えています。

八子: 最近では、行政の方々とLINEさんのようなIT企業が包括的な契約をして、外国人観光客向けに電子決済のしくみを導入するという動きがあります。

あるいは、釧路市とNECソリューションイノベータさんが包括的な契約をして、観光客に釧路の周辺の街をもっと簡単に巡れるようなしくみを整備しようという取り組みです。

つまり、企業と行政が包括的契約を結んで、スマート化やIT化に取り組む、というトレンドがあります。

小泉: これまでは、そういうことはなかったのでしょうか?

八子: ありましたが、どちらかというとエネルギーマネジメントやインフラ、再開発に近い領域でした。

小泉: LINEの電子決済といえば、「LINE Pay」です。そのような電子マネーを行政が取り入れることで、住民の方にとってのメリットはどのようなことが考えられるのでしょうか?

八子: もちろん、支払いだけでなくコミュニケーションの手段や、ニュースを流すといったLINEのプラットフォームをうまく活用した包括的な取り組みになると思います。

これまでは、住民の方に一つの情報が流れてくる場合、紙で送られてきたり、放送で知ったり、さまざまな手段が使われてきました。

それが、デジタルのコミュニケーション・プラットフォームの上でやりとりされるようになるのです。これは、(LINEのように)広くいきわたったサービスによって住民が享受できるメリットです。

小泉: いままでは、ツールはそろっているけども、あまりやってこようとしなかった、ということなのでしょうか?

八子: 非常時や災害時にそうした通信やコミュニケーションのインフラを活用するということは、東日本大震災をきっかけとして、みなさん強く意識するようになってきています。

加えて、そのインフラ基盤の上で電子決済のしくみなどさまざまなアプリケーションをつくり、少しレイヤーの高いようなサービスを提供できるようになってきているのです。

ヒトの生活から街まで、すべてが”プラットフォーム化”されていく理由 ―八子知礼 x 小泉耕二[Premium]
株式会社アールジーン社外取締役/株式会社ウフル 専務執行役員IoTイノベーションセンター所長兼エグゼクティブコンサルタント 八子知礼

背景は、「プラットフォーム化」と「タイムライン化」による”統合”

小泉: LINEや中国のWeChatのようにチャットアプリの上に決済のしくみが乗っているというのは、当初は不自然な印象を持っていました。

なぜなら、通知はメールでくるものだ、決済はそれ専用のアプリがあるものだ、といった環境の中で日本のデジタル社会は進んできたからです。

たとえば海外だと、割り勘アプリというものがあります。飲みに行ったときにアプリ上で「3,000円」と入力すると、友人の口座に3,000円が支払われるというようなサービスです。

このように、決済のしくみが、(本来は)言葉のやり取りが目的の「チャット」の中で行われていく。つまり、SNSという情報伝達の手段の中に、リアルの生活が溶け込んで、そこでおカネを払うということが自然に結びついている。

結果から見ると自然なのですが、はじめは違和感がありました。

八子: その背景は、「プラットフォーム化」と「タイムライン化」の2つのキーワードから考えることができます。

まず「プラットフォーム化」ですが、これまでは(ITベンダーが提供するような)色々な手段が、街や生活のなかでばらばらに使われていました。

しかし、ある程度一つのプラットフォームの上でさまざまなサービスを使えるようになっていくと、そのプラットフォームを使って享受できることの方がコンシューマ(消費者)としてもメリットになるのです。

もう一つは、「タイムライン化」です。私たちの日々の生活は、朝起きて夜寝るまで、あるいは夜眠っている間、イベントドリブンで物事が次々と進み、時系列で並んでいきます。

その時系列の流れが、ばらばらのアプリケーションではなく、一つのタイムラインの中で見える。さらには、その途中の決済の内容や会議の予定、メールのやりとりまでのすべてが一つのタイムラインの中に統合されてきています。

このようにプラットフォームもタイムラインも、かつてばらばらだったものが、一つに統合されていく。この流れは、不自然なものではないと思います。

なぜ、”統合”されなければならないのか

小泉: どこかの企業が何か一つのタイムラインを独占しようとすると、大体嫌がる人がいて、うまくいかなかったのがこれまでだと思っています。それがいま急速に、集約されつつありますね。

たとえば、Googleのサービスのように、Gmailの基盤の上にあるカレンダーやマップ、フォトサービスなどを一つのアカウントで使えることがとても心地よく、私はずっと使っています。

LINEもそうです。LINEを使って自分のホームページを立ち上げている人や、自分が運営するお店の情報を配信している人もいます。

このように、「ひとつにまとまってていい」という流れがあると思います。このような流れと従来との違いについて、何か考えられることはありますか?

八子: 中国のWeChatやAlipay(アリペイ)がやろうとしていたことは、顧客がIDをひとつ持ち、そのIDにひもづいた口座や決済の手段を持つということでした。

その理由は、物理的・電子的にやりとりされるものを、すべて一つのアカウントIDで統一して利用できるよう集約する、ということに他ならないと思います。

ITのサービスというのは、物理的なサービスとは違って、ある意味無限にさまざまなサービスが生み出されます。

我々はそのたびごとに別のIDやアカウントでログインしなければなりません。もしくは、別の決済手段を利用しなければならない。

それだとそろそろ限界がきているので(サービスの数が多くなっているため)、一つのプラットフォームや一つのタイムラインに統合した方が、ユーザーにとってメリットがある。

そのようなことが、提唱されたというよりは、自然に意識され始めてきました。(スマートシティの議論に立ち返ると)、それが生活だけではなく街の中にもようやくインプリされてきた、というのが現在の状況です。

小泉: なるほど。デジタルサービスそのものは昔からありましたが、それぞれを別々に管理できる数だった。ところが、いまくらい色々なサービスが出てくると、「お願いだから1個にしてくれ」というようなニーズが出てきたわけですね。

そういう実体験の中で、複数のデジタルサービスを使うことがあたりまえになってきているからこそ、起きている現象なのかもしれません。

ヒトの生活から街まで、すべてが”プラットフォーム化”されていく理由 ―八子知礼 x 小泉耕二[Premium]
株式会社アールジーン代表取締役/IoTNEWS代表 小泉耕二

IoTや仮想通貨が、アナログの世界をサービスと結びつける

八子: いま議論したように、ITのサービスが増殖する傾向にあります。その一方で、IoT化にともない、自転車を借りる、建物のどこかの部屋を借りる、といったアナログの空間、モノ、デバイスもサービスと密接にからんでくるようになりました。

そのようなサービスが浸透してきた場合には、どこでどのようなサービスが行われているのかということを、集中的に見れるように、カタログ化する必要があります。

なぜなら、行く先々でアプリをインストールして、「ログインしてください」と言われると、サービスが浸透しにくくなりますから。

ですから、人々が街で暮らすうえでも、それぞれのサービスは一つのプラットフォームや共通化されたインターフェースのなかで扱われることが理想的なのかなと思います。

小泉: なるほど。そう言われるとそうですね。いまから自転車を借りようと思った時に、(アカウントをつくるために)クレジットカードの番号などを登録してくださいと言われたら、自転車借りるのいやになりますよね。

それが、LINE Payを使っている人は、いつでもLINE Payで自転車が借りられます。

八子: 決済のみならず、たとえば家の鍵を開けるなど、少しずつそういったソリューションは増えてきているわけですが、まだまだ我々が街の中で享受するサービスの領域はせまいのではないかなと思います。

小泉: IoT事業をやっている方からすると、おカネを払ってもらわないと事業として成立しないですから、おカネを払ってくれるサービスがITに紐づくことがポイントになるでしょう。

八子: 街や地域のITサービスの普及については、ITベンダーなのか通信キャリアなのか、あるいは行政なのか。誰か主導してくれるヒトを期待してしまっているところがあります。しかし、それではなかなか進みません。

エストニアでは行政が主導です。人口約130万人という小さな国だからという指摘はあるものの、それと同じような行政単位であれば、同じような取り組みが可能です。

たとえば福岡市はエストニアのしくみを取り入れようとしています。もう国に任せるのではなく、それぞれの行政単位の組長が判断していくということも十分考えられると思います。

小泉: いまだと、仮想通貨をローカルにつくることもできるわけですしね。

八子: できますね。ICO(※)が柔軟にできるようになってきてますから、住民もメリットを感じられるのであれば、仮想通貨を発行し、それによって地域経済を回していくようなしくみは十分つくりえると思いますね。

※ICO(イニシャル・コイン・オファリング):企業や自治体がトークンと呼ばれる仮想通貨を発行し、それを購入した個人からおカネを集めるしくみ

小泉: たとえば仮想通貨のしくみがSuicaのようなカードに入っているとします。そこには、住民番号のような(個人を特定する)情報も紐づいているので、誰が何にいくら使ったかなどがトレースできます。

そのような世界になってくれば、たとえば電車を降りて、駅の近くのコンビニに行って何かを買う、さらにそこから自転車を借りてスーパーへ買い物に行き、自転車は返却して家に帰るといったことができます。

このように、情報が集約されることで、住民サービスというのはすごく変わると思います。

まず道路をつくり、建物を建てるといった従来の「箱物行政」の考え方ではなく、ヒトの生活行動のなかにさまざまな建物やサービスがあったりするような、上から見るというよりは、ヒトの目線から見ていくといった行政ができてくれば、さきほどの電子マネーや仮想通貨といったものも実現できてきそうですね。

ヒトの生活から街まで、すべてが”プラットフォーム化”されていく理由 ―八子知礼 x 小泉耕二[Premium]

地域が「本当に困っていること」から、サービスを考えていくべきだ

八子: これまでの日本のスマートシティの議論は、エネルギーやインフラといった分野にフォーカスされすぎていました。

実際に、いまでもディベロッパーさんやゼネコンさんと議論させていただくと、建築費が高騰しているなかでどうやって建築費を削ればいいのか、効率的に建築していくにはどうしていけばいいのか、といった目的でICTやIoTを活用していく方向にあります。

ただ、ビルや街をもっとIoTでフルチューンして、動線形成をしたり、住民サービスとしてシェアリングオフィスをもっと効率的に使ったりといった目的に対しては、なかなか投資のおカネが回ってこない、あるいは発想の中にはあっても、実装になっていない、そういうことは常々感じます。

小泉: 街自体が劣化していくのではなく、アップデートしていく方向が好ましいですよね。いまはどこの先進国へ行っても、街が老朽化しています。ただ、建物の中はリノベーションしておしゃれになっているというようなことがあります。

同じように、最低限のインフラが整っていれば、街のサービスレベル自体はどんどんバージョンアップできるという可能性はあります。

八子: 日本の場合、インフラをつくるというところまではいいのですが、その次にICTのサービスをつくるところが長けていない。

それは、街の中で何に困っているのかを深堀できていない、ということが理由だと思います。

たとえば観光都市バルセロナの場合には、渋滞が多発しているので、駐車場の場所がわかるように誘導してくれるようなサービスを、Wi-Fiのネットワークで使えるような環境をつくっています。

日本の場合には、街で何がいちばん困っているのか、あまりフォーカスされていない。

小泉: 確かに、課題解決型じゃないですよね。”事例型”と言いますか。

八子: 行政が困っていることをサービスにした例が北九州市にあります。

北九州市の小倉駅の北側は、スタジアム(ミクニワールドスタジアム北九州)があるために、たくさんのヒトが集まります。ところが、メインとなる南側の商店街にはヒトが流れてこない。

そこで、その北と南の間にWi-Fi環境をつくり、小倉駅の北側に集まったヒトたちをうまく南側に誘導するためのアプリを提供したのです。

行政やその地域の方たちが本当に困っているサービスをインフラの上にきちっと乗せていくということが必要なのですが、それがまだ十分に取り組まれていない。日本の場合、自らイニシアティブをとる企業が少ないのです。

小泉: なかなか奥深い話ですよね。街全体を組長がどうにかしようというのは、ビジョンがないといけませんから。

企業も当然、ビジョンがいるわけですが、組長さんの場合はとくに住民から理解を得なければなりません。利害関係がうまく折り合わないと、次の選挙のときに影響してくるといったこともあります。なかなか、純粋な気持ちだけでできることでもないでしょう。

ただ、スマートシティという街興しには組長も当然参加していただきたいし、地場の企業さんも当然おカネを出してほしい。誰かだけメリットがあるのではなく、街全体にメリットがある話じゃないといけません。

そのために、まずは街のインフラをうまく整えることが大事ですね。それもただネットワークを引くといったことではなく、課題を解決するためにやること。仮想通貨のような手段も、その地域の課題にうまくはまっていくといいですね。

本日はありがとうございました。

放談企画の第5回までの記事はこちら。

  1. AWS re:Invent2017から、八子氏と共に世界の潮流と今後のIoT/AIを考える ー八子氏はアールジーン社外取締役に就任 [Premium]
  2. 物流網は末端に自律分散される流れへ ―八子知礼 x 小泉耕二[Premium]
  3. 小売業界もプラットフォーム時代へ、「Amazon GO」の先に見えてくること ―八子知礼 x 小泉耕二[Premium]
  4. 日本のスマートシティはなぜ、進まないのか? ―八子知礼 x 小泉耕二[Premium]
  5. コンシューマのIoTとAIは、明るい未来をもたらすのか ―八子知礼 x 小泉耕二[Premium]

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