世界の製造業では「デジタルツイン」という言葉が注目されている。デジタルツインとは「デジタルの双子」という意味だ。IoTなどを活用し、フィジカル空間(現実空間)とそっくりの世界をデジタル空間(仮想空間)に再現し、シミュレーションを行うことで、フィジカル世界で何が起こるかを予測するテクノロジーのことを表している。
たとえば、デジタルツインでは製品の設計から製造までをあらかじめデジタル空間で行う。そこで、その製品がフィジカル空間でもきちんと製造できることを検証してから、工場でのものづくりを始める。これが実現すれば、生産性の向上や納期の短縮のみならず、「マスカスタマイゼーション」(多品種少量生産)にも対応できる。
しかし、そのような新しいものづくりの方法は本当に可能なのだろうか。具体的には、どのようなことができるのだろうか。3DCADソフトウェアを開発するオートデスク(Autodesk)のソリューションを見れば、その答えのヒントが得られるはずだ。
オートデスクは1982年に2Dの図面作成ソフト「AutoCAD」を発売して以来、36年にわたり、フィジカル空間のモノをサイバー空間に再現し、シミュレーションする技術を開発してきたグローバル企業だ。ソリューションの提供分野は製造から建築、土木インフラ、デジタルゲームなどのCG(コンピュータグラフィクス)/映像と多岐にわたり、そのユーザー数は6億8,000万人を誇る。
オートデスクが目指すデジタルツインの姿とはどのようなものなのか。それに向けて、どのような取り組みを行っているのか。同社技術営業本部テリトリーアカウント エンジニアマネージャーの加藤久喜氏に話を伺った(聞き手:IoTNEWS代表 小泉耕二)。
オートデスクの3D技術にIoTを融合させる
IoTNEWS 小泉耕二(以下、小泉): 「AutoCAD」をはじめ、オートデスクさんのCADソフトはものづくりの世界ではあたりまえのように使われています。最近では、どのような取り組みを行っているのでしょうか。
オートデスク 加藤久喜氏(以下、加藤): 現実空間にあるすべてのカタチあるものを3次元化する。そうした技術を30年以上にわたって私たちは開発し、提供してきました。しかし、それはあくまで「デジタル側」の技術でした。
デジタルツインを実現するには、今度はそこにフィジカル(現実)のデータ、つまりIoTをいかに融合させるかがカギとなってきます。その取り組みの例をいくつかご紹介します。

オートデスクでは、オープンイノベーションを行う「Pier 9」という研究所をアメリカのサンフランシスコに構えています。ここには工作機械や3Dプリンタ、ロボット、AR/VRなどの各種設備が置かれ、私たちの3D技術などとあわせて他社の方々(オートデスクでは、「アーティスト」と呼んでいます)が自由に開発とデモンストレーションを行える環境を用意しています。
たとえば、その中には「Robotics Lab」というラボがあり、実際に6軸ロボットなどを操作しながら、新しいテクノロジーの開発に取り組んでいます。
ロボットの制御においては、動作を覚えさせるティーチングが課題です。設定した通りにはなかなか動いてくれませんし、一つの動作を覚えさせるだけでもすごく時間がかかります。そこで、カメラやセンサーを使ってリアルタイムにロボットの動きをとらえ、フィジカルとデジタルの動きの差異を補正したり、VRを使ってデジタル空間でティーチングを行ったりといった技術の開発に取り組んでいます。

小泉: そのようなラボがあるんですね。
加藤: ええ。私たちの3D技術を使えば、デジタル空間でものづくりを行い、その成果物を予想することができます。しかし、現実空間でモノをつくるとなると、さまざまな要素がからんでくるので、こうした実環境でデモンストレーションを行っていく必要があるのです。
「Pier 9」では、「〇〇のソフトウェアを使ってこういうつくり方をすれば、こんなモノがつくれる」という具体的なところまで実証します。最近では、「Push Button Manufacturing」という言葉がありますが、設計と最新の製造設備を融合させることで、設計の方法を従来から変えていく新しいものづくりが期待されています。この部分のサポートがオートデスクにとって今後、大きなビジネス領域になってくると考えています。
もう一つ、オフィスのIoTを3Dモデルで再現するという事例をご紹介します。弊社のトロントのオフィスを3Dで再現したものですが(下の画像)、各所にセンサーをしかけていて、その位置や取得した実際のデータを3D画面上で確認できます。
オフィスは日照条件によってエネルギーの消費(空調の使い方)が変わります。また、ヒトの人数や動きによって最適なレイアウトのしくみが見えてきます。そうした知見を、3D空間を使って可視化し、シミュレーションすることで、新しいオフィス空間の提案につなげることができます。
実は、このトロントのオフィスの3D形状とセンサーのデータは、「DASHER 360」という弊社のウェブサイト上でオープンに公開されています。
小泉: え、我々も見られるんですか?
加藤: ええ、見られます。ただ、2015年からトラッキングを行っていますが、すべてのデータが見られるわけではありません。一般の方々がこれを見て、どう活用できるのかを体験してもらうためのデモ環境になります(DASHER 360はこちら)。

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技術・科学系ライター。修士(応用化学)。石油メーカー勤務を経て、2017年よりライターとして活動。科学雑誌などにも寄稿している。