DXという言葉を聞かない日はないが、実際、DXをして儲けた企業があるのだろうか?という疑問を持つ人は多い。その疑問に応えるべく、特集「デジタル時代のあたらしい儲け方」では、ローランド・ベルガー パートナーの小野塚征志氏とIoTNEWS代表の小泉耕二が対談した。
特集「デジタル時代のあたらしい儲け方」は全八回で、今回は最終回、DXで儲けるための4つの視点の四つ目の視点である、「収益機会を拡張する」がテーマだ。
小野塚氏は、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。日系シンクタンク、システムインテグレーターを経て、現在、ローランド・ベルガーでパートナーを務める。2022年5月19日には「DXビジネスモデル 80事例に学ぶ利益を生み出す攻めの戦略」を上梓した。
ローランド・ベルガーは、戦略系のコンサルティング会社。企業の中期経営計画の策定、企業の買収、リストラなど、企業が経営戦略でな大きな意思決定を行う際のサポートを行っている。
IoTNEWS 小泉耕二(以下、小泉): 4つの視点の最後にあたる「収益機会を拡張する」について聞きます。どのような事例があるのでしょうか?
ローランド・ベルガー 小野塚征志氏(以下、小野塚): これまでの3つの視点は、「新しく場を作る」「今までのやり方の一部を簡略化してしまおう」「空(あ)いているものを活用しよう」という、どちらかというとアイデア勝負で、発想の転換的なものが多かったわけです。
最後の視点もアイデア勝負ですが、どちらかというと大企業であればあるほど収益機会を増やす可能性があるということを言っています。なぜかというと、収益機会というのは、今、提供しているモノやサービス以外でも儲けようというビジネスモデルになるので、もともとモノやサービスを提供している人の方が強いからなのです。
収穫データを売る農機メーカー、JohnDeere
小野塚: 本書の中で挙げている儲け方の面白い例として、「JohnDeere(ジョン・ディア)」というアメリカの農機機械メーカーがあります。
この会社は、IoTデバイスを自社の農業機械(農機)の全てに標準搭載しています。そして、農機を導入した事業者は、JohnDeereが提供するサービス「MyJohnDeere」に登録することで、農機の管理や作業計画の作成などに役立つデータの提供を得られるようになります。
一方、JohnDeereは、そこから得るデータを、製品開発やアフターパーツの供給、買い替え、メンテナンス提案などに役立てています。例えば、JohnDeereの農機がカリフォルニアで1万台が売れたとします。しかし、実はカリフォルニアの事業者が全ての農機をメキシコの事業者に売っていたということもありえます。
JohnDeereの農機にはIoTデバイスが付いており、どこで農機が動いているのかが分かります。どこで稼働しているか分かるので、そうした場合でもメンテナンスやパーツ交換といった、アフターセールスを行うことができるのです。
小泉: 農機は1回新車を買ったら、10年、20年は使うといいますよね。
小野塚: 今の例は、カリフォルニアでアフターセールスの営業をしたら大間違いという話です。しかし、実際は農機が使われている場所を把握できるので、メキシコに営業しにいけばいいわけです。そうなると売り上げも増えます。また、パーツの在庫も今までカリフォルニアで持っていたものをメキシコで持つようにすれば、在庫の置き場も適正になり、物流費を下げることも可能になります。
小泉: JohnDeereは、農機にIoTデバイスを付けて、そのデータによって今どこにいるかを把握している。メンテナンスの会社も持っているので、自分たちが一度、新品で売った農機が今使われているエリアに対して、重点的に保守・メンテナンスの営業をかけることができるわけですね。

小野塚: そうです。車のディーラーのような感じですね。そして、彼らは今、さらにサービスを広げています。
農機には、トラクターや収穫機など様々なものがあり、収穫機をひとつとっても、作物によって機械は違います。そして、MyJohnDeereの作物別の農機にはIoTデバイスが付いているため、何をどこでどのくらい収穫したかを把握できるのです。例えば、今年はメキシコのトウモロコシが不作といったことや、小麦は前年比で増えているということがリアルタイムでわかる。
JohnDeereは、このデータを穀物メジャーに売っています。穀物メジャーからすると、将来の相場を知ることができる、喉から手が出るほど欲しい情報です。元々は、自分たちの農機がどこでどれだけ使われているかを把握し、アフターパーツを売るためのサービスとして商売の延長上にあったデジタル活用でした。それを発展させて、全く違う業界に提供しているのです。

穀物メジャーだけでなく、肥料メーカーなどにもデータを提供しています。肥料は仕込みの期間が長いため、肥料や堆肥の使用量、在庫状況を把握することで、仕込んでおくべき量がわかるからです。このように、従来のサービスから全く違う形でデータビジネスを成立させています。農機を多く保有している企業だからこそできる、収益機会の拡張です。
小泉: もともとデータを集めていたわけですから、大掛かりなことはしていないですよね?
小野塚: そうです。IoTデバイスを付けたというのがまず1つ目のポイントで、2つ目のポイントは、それを自分たち以外に必要としている人を見つけた。この目の付け所が重要なわけです。
小泉: 直接競合にはならなさそうな人たちでありながら、自分たちのビジネスや持っているデータと関係がある人たちを見つけ、実は役立つのではないかと気づく視点が大事ということですね?
小野塚: その通りです。そのときにポイントになるのは、単に農機にIoTデバイスを付け取得していたデータを別の業界に売るという、ビジネスモデル自体は単純な拡張であるということです。
海外に仕組みだけを売るokado
小野塚: 次に紹介するのは、「okado(オカド)」というイギリスのECのネットスーパーの会社です。オンライン特化型のネットスーパーの会社で、店舗は持っていません。
一般に、こうした会社が海外進出しようすると、okadoのECサービスを、そのままヨーロッパや日本、アメリカで展開しようと考えるでしょう。しかし、彼らは、日本ではイオンと提携をして、イオンがどうやったらネットスーパーを効率的に回せるかというソリューションを提供しているのです。

彼らのEC事業では、出荷センターでたくさんロボットが動いています。そして、「こういう人にはこの商品を提供するとよい」という、レコメンデーションシステムも全部自前で持っています。
それをイオンが一から作ろうとすれば結構な労力がかかります。そこで、okadoは「こういうロボットをこういう組み合わせでこのように使うと一番効率的だ」というノウハウを、イオンに提供しました。イオンのECセンター中で動いている仕組みは実は全部、okadoのものです。
小泉: どうしてokadoは自分たちで、日本でネットスーパーを始めないのですか?
小野塚: まず、配送網を作るのが非常に大変ということがあります。また、日本でECを始めようとすれば、日本の卸の会社から食品調達をしなくてはいけない。しかし、彼らは日本の卸会社と付き合いがない。
そして、食品や小売り、流通は、非常にローカライズされています。国によって好みや慣習が全く違うので、そのまま横展開するのは実は難しい領域なのです。そのため、日本に上陸した海外のスーパーの会社で撤退したところも多い。
そこで、okadoはそのままの横展開をあえてせずに、ソリューションだけを提供したのです。ロボットの仕組み自体は世界共通なので問題がない。海外展開するときには、他国でも勝てるビジネスモデルのみ売るという形で変化させたのです。
小泉: 国が変わってしまえば商習慣が違うため、仕組みだけ提供するという形にしているのですね。
仕組みだけを横展開しようとする事業者は多いと思うのですが、自社で事業をしていないから、仕組みだけを売り込むという発想になってしまう。そうすると、結局、顧客の成功事例を自分の事例のように言うしかできない。
しかし、okadoは、自分たちが実際に行っている事業を例に説明ができるし、日々改善もできる。そして、その改善している仕組みを売るから、すごく売り込みやすいですよね?
ノウハウをAIソリューションで提供する老舗食堂
小野塚: その通りです。日本では「EBIRAB(エビラボ)」という会社の例があります。この会社、もともとは伊勢神宮の近くにある創業100年の「ゑびや」という老舗の食堂を経営していました。
しかし、普通に営業しているだけではなかなか立ち行かないということで、AI(人工知能)によるデータ解析を基点とした店舗経営を推進しました。曜日や天気、時間帯に加え、近くの宿泊者の数や、沿道の人通りなどとの相関を検証することで、翌日以降の客数の予測ができるようにしたのです。
そして、この来客予測をもとに食材の仕入れ量を見直すことで、排気ロスを削減しました。そのほかにも、料理を適切なタイミングで準備することにより回転率を高めたり、スタッフのシフトの最適化を図っています。
こうした取り組みで、ゑびやは収益が何倍にも増え、利益率が上がりました。今までは店長が勘で行ってきたことを、AIで判断できるようにしたからです。そして、彼らは、そのAIをソリューションとして、ほかの小売店に売っているのです。
ゑびやが、ほかの地域に出店してもよいのですが、世の中には飲食店がたくさんあり競争にさらされます。しかし、ソリューションの提供であれば、飲食チェーンを広げるわけでもない。そして、別の地域の店であれば、ソリューションを提供しても、ゑびやのビジネスに何の影響も出ません。
okadoの事例はイギリスのECで提供先はイオンとなると遠い話のように聞こえるかもしれません。しかし、日本の老舗の食堂を経営している会社であっても、同じようなことが実現できるのです。
小泉: 既存事業がきちんとあり、デジタルなどを活用して工夫を凝らしている人たちが、今までそういうことをしてこなかった人たちに対して、今までやってきたことで得たデータや仕組み、仕掛けを横展開していくということですね。会社にすれば、定款を変えるほど違うことを始めているわけですが、案外、手間をかけずに始められるところがポイントですね。

小野塚: その通りです。これは「創意工夫を定型化すれば売れるかもしれないということを、実際にやってみませんか」ということです。一から創意工夫するのも大事ですし、実は過去、散々に創意工夫した経験があれば、それを売れるのではないかと探すだけでも、価値があるかも知れないのです。
小泉: そうですね。工夫している会社はぜひ振り返って「これはもしかしたら売れるかもしれない」というものを模索してみるとよいですね。
小野塚: 宝の持ち腐れがあるのではないかと思います。それをデジタルにして売れば、収益拡大することができるのです。
これから新しい儲け方に挑戦する人へ
小泉: 今回は「デジタル時代の新しい儲け方」をテーマに、「場を創造する」「非効率を解消する」「需要を拡大する」「収益機会を拡張する」という4つの項目について、具体的な例を挙げてもらい聞いてきました。最後に、これからDXに取り組む人や、悩んでいる人へ向けて、メッセージをお願いできますか。
小野塚: DXは「手段」です。企業はDXがしたいのではなく、「もっと価値を提供したい」とか、「もっと成長したい」とか、「もっとお客さんに価値を提供することで利益を出したい」ということが目標のはずです。
そうすれば、会社が持続的に社員の給料も増やすことができるし、株主にも還元できる。それが企業としての理想です。これを実現するためには、今まで通りモノを作って売っているだけではダメなのです。
そこで、今回の4つの視点から「この情報は売れるかもしれない」「こういうマッチングをしたら便利になるのではないか」というようなことを発想して、それを提供するビジネスをすれば、儲かるかもしれないと考える。
そうすると、考えたビジネスを実現するために、アプリの開発が必要だったり、店長のノウハウをデジタル化するための簡易的なAIが必要だったりすることが分かってきます。
だから、いきなりAI使いましょう、IoT使いましょう、RFID使いましょうという、何を使うかという発想ではなく、どういう会社になりたいか、どういうビジネスを提供したいのかという理想が先に立つ必要があります。
デジタルトランスフォーメーションは、「こういう会社になりたい」「こういうビジネスを展開したい」「ゆくゆくは社会をこう変えたい」という、理想を実現するための手段だということを、まずは理解してください。
小泉: もっといえば、どう儲けたいかですよね。
小野塚: そうです。儲けるためにどんどんトライをしていく中で、アナログで非効率だからこのツールを使えばいいといったように、デジタルを使い倒してもらいたいですね。
小泉: そして、デジタルは安いですしね。
小野塚: そうです。ビジネスは「千三つ」なので、たくさんやらないことには当たらない。そのためにはデジタルという道具を活用する必要があります。
とにかく儲け方を考えて、デジタルを使ってやってみる。トライをすることで、気がつけば日本からDXの先進企業が現れて、20年後、10年後には世界の企業の時価総額でトップ10のうち半分ぐらいが日本の会社になっていればと願っています。
小泉: そんな未来も来そうな感じがしました。実際、リアルな商売をされている人も非常に多いと思いますし、どうにかしなきゃいけないと思っている人もきっとたくさんいると思います。
デジタルは急速に広がり、高度化しています。そして、すごく安く手に入るようになってきた。この辺が、みなさんが思っている以上にスピードが速いのだと思います。そこについてこられた人が、こんなことがやれるのではと思いついて、今儲けている状態だと私は思っています。
でも、これから先は、元々、商売をやっている人でないと気づかないことや、商売をやっているからこそ集まっているデータを活用するといったことが必要だと感じます。
「ちょっと思いついてやったらできた」というビジネスは大体やりつくされていて、そうではない着眼点を持った人たちが活躍できるフェーズに来たのでないかなと感じています。読者の方も、小野塚さんの話を活用してもらって、儲かる会社を作ってもらいたいと思います。今回は貴重なお話をありがとうございました。(終わり)
この対談の動画はこちら
以下動画の目次 9.視点4: 収益機会を拡大して儲ける(1:08:09〜)より
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